第27話

 次の日の朝。

 目覚めると、瑞貴は布団を被っていた。

 というよりも、ベッドの中で寝ていた。

 あれ、いつの間に……という疑問を口にする余裕すらない。


「おはよ、ミズキ」


 隣から聞こえる声は、聞き間違いようもない。

 それは茜の声だ。

 瑞貴は、いつの間にかベッドの中にいて……それはつまり、茜と一緒に寝ていたということだ。

 振り返ると、そこには茜の顔があるのが分かる。

 一体どういう事なのか。

 一気に上がった体温が、瑞貴の思考をとことんまで鈍くさせる。


「あ、あのさ、茜」

「何?」

「僕、確か床で」


 どもる瑞貴を、ニヤニヤとした顔で見る茜。

 布団の中から伸ばされた茜の細くて白い指が、瑞貴の頬をなぞる。

 その感触に、瑞貴は思わず身体を震わせる。


「寝ぼけて、潜り込んできたんだよ」

「そ、そうなんだ」

「うん、そうだよ」


 茜はもそもそと起き上がると、瑞貴の上を乗り越えてベッドを下りる。


「ほら、ミズキも早く起きないと。ぼんやりしてると、狐が来る時間になっちゃうよ」


 そう言って、茜はカーテンを開ける。

 瑞貴は茜の横顔を、ぼーっと見ていたが……その表情が、突然真剣なものに切り替わるのを見る。


「どうしたの?」

「ミズキ、気をつけて」


 茜は、窓の下を見つめながらそう言う。

 その表情は真剣そのもので……瑞貴は、最悪の事態を予感する。


「窓の下。こっち見てる奴がいる」


 瑞貴もベッドを下りて、窓の方へと移動する。

 窓から下を見下ろすと、そこには革ジャンとジーパンを着こなした、ボブカットの女の人が2階を見上げているのが分かる。

 黒髪で、黒い目。

 日本人っぽいものの、何処となく不健康そうな顔色をした人物だ。


「……うん、知らない人だね」


 瑞貴は、茜にそう答える。

 知り合いだったら嬉しいが、瑞貴にはあんな知り合いは居ない。

 茜は瑞貴の言葉には答えず、ずっと窓の下を見下ろしている。

 しばらくたつと、茜は溜息と共に表情を緩めた。


「少なくとも、赤マントじゃないと思う」

「分かるの?」

「同族限定でなら、ね」


 茜はそう言うと身を翻して、部屋のドアを開ける。


「確かめてみるよ。赤マントじゃなくても、敵ってことはあるから」

「ま、待ってよ茜。僕も行く!」


 瑞貴は慌てて茜の後を追いかける。

 茜がここまで警戒するということは、あの人は普通の人間じゃないのだろうと瑞貴は思う。

 茜の後を追うように瑞貴も階段を下りて、玄関へ。

 チェーンロックと悪戦苦闘している茜の代わりに、チェーンを外して玄関を開ける。

 すると、門の外にいた女性が瑞貴達の方へと向くのが見える。


「あの、何か……」


 警戒する茜が瑞貴の前に立ち塞がるが、女性は門の影にさっと隠れてしまう。

 そのまま、しばらく待っても女性は門の影から出てこない。

 いや、顔を半分だけ出している。

 しかも、目つきは鋭く……スナイパーか何かのように瑞貴を睨みつけている。


「あのぅ……」

「ミズキ。ああやって油断を誘うつもりなのかも。気をつけて」

「う、うん」


 言われて、瑞貴は気を引き締め直す。

 そう、油断はしてはいけない。

 それから、しばらくたってようやく、女性が門の影から体半分を出す。その様子は何処と無く自信無さげで、瑞貴の表情を伺っているようにも見えた。

 まあ、目つきは相変わらずスナイパーのようだが。


「あの、さ」

「は、はい」


 なんとなく緊張すらした様子の女性は少しずつ門の影から出てきて、瑞貴の前に立つ。

 こうして見ると、すごくカッコいい印象の人だ、と瑞貴は思う。

 だが、何の用かはサッパリだった。


「と……と、と……遠竹、久しぶり」


 瑞貴と茜は、顔を見合わせる。

 まるで知り合いのような台詞だと思う。


「あの、貴方は?」

「わ、忘れたのかよ! こっちは忘れた事なんてなかったのに!」

「え、ごめんなさい。でも、あれ?」


 とりあえず謝ってみたものの、瑞貴は本当に目の前の女性が誰か分からない。

 自慢ではないが、瑞貴は女性の知り合いは極端に少ない。

 ちなみに耕太も以下同文である。

 そんな悲しい思い出を浮かべる瑞貴とは逆に、茜と謎の女性は不穏なオーラを漂わせる。


「ミズキ、どういうこと」

「そうだよ、どういう事だよ! 優しく触れてくれたかと思ったら、突然突き放してみたり! かと思えば優しく扱ってくれるし……あんな扱いされたの初めてで、すっごく嬉しかったってのによぉ!」


 茜の突き刺さるような視線を瑞貴は感じる。

 しかし、知らないものは本当に知らない。

 こんな美人の女性にそんな事をする甲斐性は、瑞貴には一切無い。

 具体的にどういう事かは、絶対に口に出せないが。


「あの、本当に貴方の事が分からないんですけど。何方かとお間違えでは」

「ロッカーって言えば分かるだろ! 忘れたなんて絶対言わせねえぞ!?」


 ツカツカと歩いてきて、瑞貴の胸ぐらを掴んで揺さぶる女性。

 確かにロッカーのような格好の人だが瑞貴は楽器など弾けないし、そういう場所にも行った事もない。

 悩む瑞貴の頭の中に、何かが引っかかる。


「ミズキ。ミズキが女の敵だったなんて、すごく悲しい」

「いや、待って、待って茜! 今思い出しそうだから!」

「罪を?」

「違うから!」

「必要な罰を?」

「それも違う! お願い、ちょっと待って!」


 冷めていく茜の視線を受け止めながら、瑞貴は必死で記憶の糸を手繰る。

 ロッカーで連想するもの。

 最近、ロッカーと名のつくもので何かがあったはずだ、と考える。


「あの、お姉さん」

「何だよ!」

「お姉さんって、ひょっとして剣とかだったりします?」

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