第28話

 我ながら、すごく頭の悪い質問だとは思い瑞貴は苦笑する。

 女性はキョトン、とした顔をすると次の瞬間、ぱあっと顔を輝かせる。


「そうだよ! 思い出してくれたんだな、遠竹!」

「いや、思い出したっていうか。ほんとに呪いの剣さんだったんですか?」

「ああ、ああ! お前に会いに来たんだよ、遠竹!」


 そう言うと呪いの剣の人は、瑞貴に抱きついて……頬に、思い切りキスをする。

 突然の出来事に、茜が止めようとしたポーズのまま固まってしまう。


「あら、まあ。遠竹君てば、朝早くから情熱的ですねえ」


 そして、やってきた琴葉が面白い玩具を見つけた顔で瑞貴を見ていた。


「違うんですってば……」


 とりあえず呪いの剣の人を引き剥がすと、呪いの剣は不満そうな顔で瑞貴を見る。


「えーと、とりあえず。リビングへどうぞ」

「はい、お邪魔しますね」


 琴葉と呪いの剣の人は、連れ立って家へと入っていく。

 ふと瑞貴が辺りを見回すと、茜が居ない。

 そして台所のほうから、何やらお湯を沸かす音が聞こえてくる。

 お茶でも入れてくれるのかな、と納得して瑞貴は訪問者二人の姿を探す。


「珍しいですね。あのまま引きこもって出てこないかと思いましたけど」


 すると、そんな琴葉の声が階段を上がる音と共に聞こえてくる。

 瑞貴は全力ダッシュで琴葉を追いかける。

 だが、時すでに遅し。

 琴葉と呪いの剣の人が、瑞貴の部屋のドアを開ける音が聞こえてくる。


「ちょっと、琴葉さん! まさかまた!」

「はい?」


 琴葉は昨日と同じように、椅子に座っている。


「遠竹は下着のセンスもいいんだな、イカすぜ」


 そして呪いの剣の人が、瑞貴の部屋のタンスを漁っていた。

 瑞貴のお気に入りのパンツ達は、一枚ずつ床に並べられて万国旗のような雰囲気をも醸し出している。


「ねえ、何故ですか。ダストワールドでは、初めて入った人の部屋のパンツをどうにかしないといけない法律でもあるんでしょうか。それとも僕のパンツって、そんなに罪深いですか?」


 崩れ落ちる瑞貴の肩を、慈愛の表情でポンと叩く琴葉。

 そんな顔したって、昨日琴葉さんが僕のパンツ破いた事は忘れてませんからね、という想いを込めて瑞貴は琴葉をキッと睨み返す。


「ミズキ」


 そんな声と共に茜が、洗面器を持って部屋に入ってくる。

 何やら湯気がたっている所を見ると、さっき沸かしていたお湯が入っているのだろう。

 端にタオルがのせてあるのも分かる。


「顔、出して」


 言われるままに瑞貴が顔を出すと、茜は瑞貴の頬をゴシゴシと濡れタオルで拭き始める。

 お湯を存分に吸い込んだタオルは暖かくて気持ちいいけれど、突然の茜の行動の真意が瑞貴には分からない。


「あ、茜。どうしたの?」

「消毒」


 ああ、さっきのキスの事か、と瑞貴は思い至る。

 やきもちを焼いてくれたのかな、と思うと何だか嬉しくて顔がにやけてくるのが分かる。

 そんな様子を、呪いの剣の人はパンツを持ったまま見つめていて。


「いいなあ……」


 そんな事を、口にする。呪いの剣として疎まれていた身としては、同じ嫌われ者のはずの赤マントが他人と自然にコミュニケーションやスキンシップをしているのが、純粋に羨ましかったのだ。


「なあ、遠竹。そいつ、赤マントだろ?」

「え? あ、はい。でも茜はそういうのとは違うんです」

「いや、そうじゃなくてよ」


 誤解を解こうとした瑞貴の言葉を、呪いの剣の人は遮る。

 そして、ずいっと瑞貴の目の前までやってくる。


「名前。遠竹がつけたんだろ?」

「あ、はい」

「そっちのこっくりさんもそうだよな。遠竹が名前つけてたの、見てたぜ」


 瑞貴が頷くと、呪いの剣の人は、更に瑞貴の正面に出てくる。

 すると不機嫌そうな顔の茜が、瑞貴と呪いの剣の人の間に入り込む。


「ミズキに近づくな、鉄屑」

「なんだよ、どけよ赤マント。誰もがお前等にビビってると思うなよ?」


 険悪な雰囲気が、じわじわと広がっていくのが瑞貴にも分かる。

 睨み合う二人は立ち上がって距離をとる。

 茜が、右手を上に……呪いの剣の人が、右手を胸元にもっていく。

 このまま放置すれば、とんでもない事になると瑞貴は焦る。

 茜が槍を出す気なのは明らかだし、呪いの剣の人も何かしらの攻撃態勢に入っている。


「ちょっと、二人とも。ここで暴れたら遠竹君に嫌われますよ。ボクの顔に免じて、ケンカはお終いという事で如何ですか?」

「うっ」

「ぐっ」


 琴葉の一声で、二人は手を下に下ろす。

 この辺りは、流石だと瑞貴は感心する。


「では、同意ということで。今の約束、確かに頂きましたよ」


 パン、と手を叩く琴葉。

 確かこっくりさんは、約束を守らせる事が出来たんだっけ、と瑞貴は思い出す。 こういう時は、琴葉は頼りになる存在だった。

 渋々と座り直す呪いの剣の人と、瑞貴の膝に座る茜。

 睨みあいをしているが、先程のようなケンカになる寸前で踏みとどまっている。 茜に膝に座られた瑞貴は顔が真っ赤になっているのだが、茜はどく気はないようだ。


「あの、呪いの剣さん」

「それだよ、遠竹」


 それって、なんだろうと考えて瑞貴は、それに思い至る。

 その瑞貴の様子が分かったか、呪いの剣の人は嬉しそうに笑う。


「名前。貰いに来たんだ」

「その為に、わざわざ?」


 こっちに来る為には、境界線を突破する必要がある。

 名前を貰う為だけに呪いの剣がダストワールドからこっちに来たという事実が、瑞貴にはまだ信じられなかった。


「あの、それって自分でつけるわけにはいかないんですか?」

「遠竹君。万物は、他者に観測される事で名前を得ます。その論理から逃れうるものは無く、観測無き名前には意味も縁も生まれません」


 優しい口調で瑞貴に説明する琴葉。

 つまり、他人からつけられた名前だからこそ意味があるって事だろうか、と瑞貴は考える。

 瑞貴が呪いの剣の人を見ると、期待を込めた目で見ているのが分かる。


「僕なんかで、いいんですか?」

「遠竹だからいいんだ」


 瑞貴の問いに、呪いの剣の人は自信に満ちた目で即答する。


「嫌われ者のアタシを、呪いの剣だって分かっても触ってくれたのは遠竹が初めてだったんだ」


 けれど、と瑞貴は思う。

 瑞貴は、呪いの剣だと聞かされた時に一度飛びのいてしまった。

 その後ロッカーに片付けたのも、特に何かを意識したわけじゃない。

 そう、瑞貴は呪いの剣の人が思う程良い人間ではない。


「……ミズキ。つけてあげればいいじゃない」


 瑞貴の膝に座ったまま背中を預けていた茜が、そんな事を言う。


「こういうのは、本人の気持ち次第だから。望んでるんなら、つけてあげればいいと思う」

 

そういうものなのだろうか、と悩む瑞貴が呪いの剣の人を見ると、茜に同意するように強く頷く。


「えっと、それなら」

「うん、うん」

「ロッカさん……とか」


 茜が瑞貴の膝から、ずるずると滑り落ちる。

 琴葉が、白けた顔で瑞貴を見ている。

 呪いの剣の人だけが、興味津々だ。


「出会いがロッカーでしたし、格好もロッカーみたいですし。だから、ほら」


 瑞貴はスマホを取り出して六花、と表示して見せる。


「うん、いいじゃん。ろっか……六花、か。なあ、苗字は?」

「えっと……」


 確か呪いの剣だったはずだから、と瑞貴は考える。


「剣谷……っていうのはどうですか?」

「つるぎや、ろっか……かあ」


 呪いの剣の人は、満足そうに頷く。

 何度も何度も、その言葉を繰り返す。


「うん、気にいったぜ遠竹。今日からアタシは剣谷六花だ!」


 嬉しそうに宣言する呪いの剣の人改め、剣谷六花。


「よかったね、鉄板」

「お前とはいつか決着つけるかんな、赤マント」

「そう。用事済んだなら帰れ、鉄板」


 先程と同じに見えるが、よく聞くと茜の六花に対する呼称が、鉄屑から鉄板になっているのが分かる。

 少しは歩み寄ったって事……なのかな、と瑞貴は思う。

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