第24話

 放課後になって、瑞貴の家に琴葉が訪ねてきた。

 学校で特訓するのは危ない、というのが2人の意見らしいのだが……そういう意味では、両親不在の遠竹家はうってつけなのだろう。


「でも、耕太がうるさかったんじゃないですか?」


 玄関口で琴葉を出迎えた瑞貴は、そんな懸念を口にする。


「大丈夫です。こっちに来ないし邪魔もしないって約束させましたし」


 琴葉から手土産にと渡された紙袋を受け取りながら、瑞貴は心配そうな顔をする。

 シスコンぶりを全開で発揮しつつある耕太に、そんな約束が通じるかどうかが瑞貴には疑問だった。


「大丈夫ですってば。ボクと約束した以上、破ることなんてできませんから。あ、これ。つまらないものですけど」

「え、わざわざすみません」


 琴葉から瑞貴が受け取った紙袋の中には、高そうな煎餅の箱が入っていた。

 瑞貴はまだ気付いていないが、琴葉の好物である探究心は煎餅の形をとる。

 似たような食感と似たような味を持つ普通の煎餅もまた、琴葉にとっては代替品として嗜好に合うもの……つまりは、好物なのだ。

 それを持ってくるという事は、琴葉なりの親愛の表れでもある。


「あ、どうぞ上がってください」


 瑞貴がそう言ってリビングに案内しようとすると、琴葉は玄関に立ったまま瑞貴を見つめている。

 まるで呆れたかのような顔に、瑞貴は思わずたじろぐ。


「遠竹君にとって、ボクへの疑問は煎餅で飛ぶ程度のものなんですか?」

「え? す、すみません」

「なってませんね、遠竹君は。今のはボクの発言に違和感を感じてツッコむべきでしょう? 探究心を失ってしまったら人間おしまいですよ?」


 頬をぎゅう、とつねられる瑞貴。

 琴葉としては、探究心をあおりそうな謎を持ち掛けたつもりだったのに、とんだ期待外れだったのだが……色々とありすぎていっぱいいっぱいな瑞貴には荷が重かったようだ。

 瑞貴達の声を聞きつけたのか、リビングのドアがギィと開いて……そこから不機嫌そうな茜が顔を出す。

 琴葉を見つけると、あからさまに嫌そうな顔をしてみせる。


「ミズキ。こっくりさんとした約束は絶対の契約になる。だから約束した以上、耕太がこっちに来る事は無いの。ミズキもそいつと会話する時は気をつけなきゃダメ」


 その言葉に、瑞貴はなるほど、と思う。

 それはつまり、こっくりさんとは約束をうっかり出来ないということであり……それは、なんというか寂しいような気が瑞貴にはした。

 気軽な話も、何もかもが緊張感に包まれてしまう空間。

 それは、とても居心地の悪い空間に他ならない。

 そんな力があるというだけでそうなってしまうなら、それは持ってしまった本人が一番不幸だ。


「……それ、僕に教えるつもりだったんですよね。でも僕が知らないままのほうが良かったんじゃないですか?」


 そう言うと、琴葉は優しげに瑞貴に笑いかける。


「遠竹君。ボクは君の事を信じてますから。遠竹君は、ボクを嫌いになったりなんかしないでしょう?」

「あ、はい。それは勿論ですけど」

「なら、問題ないじゃないですか。お邪魔しますね」


 琴葉は靴を脱いで、階段をトントンと上がっていく。


「あの、琴葉さん。そっちは」

「遠竹君のお部屋ってここですよね、匂いがしますもの。どれどれ?」


 ガチャリ、とドアを開ける音。

 何やらゴソゴソと家探しをする音が聞こえてきて、茜が慌てて階段を上がって瑞貴の部屋に突っ込んでいくのが分かる。

 何故なら、上でドタンバタンやってる音が聞こえてくるのだ。

 そんな好き勝手されているというのに瑞貴は、そんな琴葉を嫌いになれない。  

 ひょっとして、さっきの言葉を契約で縛られたのだろうか、と瑞貴は自分の胸に手を当ててみる。

 そんな事をしたって、事実は琴葉にしか分からないのだが。

 苦笑しながらも、瑞貴は煎餅を台所に置いて階段を上っていく。

 そうして二階に上がった瑞貴が自分の部屋で最初に見たものは、とっておきのドラゴン柄のパンツを引っ張る二人と……尋常じゃない力のせめぎ合いで真ん中から引き裂かれる、瑞貴のパンツだった。


「あ……ごめんなさい、遠竹君」

「ごめん、ミズキ」


「いいよ。僕のパンツ一つで、争いが終わるなら。きっとパンツも本望だよ」


 引き裂かれたパンツをゴミ箱に入れて、瑞貴は溜息をつく。


「では、遠竹君も気持ち良く許してくれたところで。特訓始めましょうか」

 パン、と手を叩く琴葉。釈然としない気持ちを抱えながら、瑞貴は溜息をつく。 

 すると琴葉は机の前の椅子に、そして茜はベッドに腰掛けて隣をポンポン、と叩く。

 どうやら、座れということらしいと瑞貴は気付く。

 再度苛立たしげにベッドを叩く音が聞こえて、瑞貴は慌てて茜の隣に座る。

 その途端、機嫌のよくなった茜が身体を預けるように瑞貴によりかかってくる。


「さて。遠竹君の使える力については、前に説明しましたね」


 世界を混ぜて、引き寄せる。

 そして弾くことも可能かもしれない力、ということだった。

 だが結局何を引き寄せればいいのか、瑞貴は思いついていない。


「世界が混ざる時は、遠竹君が中心点となります。つまり、遠竹君の回りに対して、何らかの働きかけができる……ということですね。これは距離的には大したことは無いと考えられます。遠竹君、ちょっと立ち上がって貰えますか」


 瑞貴がベッドから立ち上がると、琴葉も立ち上がって瑞貴の前に立つ。


「遠竹君、両手を前に伸ばしてみてください」

「え、でも」

「いいから」


 恐る恐る手を伸ばすと、瑞貴の手は琴葉の体に触れる。

 それが気にいらないのか、瑞貴の背後で茜が足をバタバタさせているのが分かる。


「この距離。遠竹君が両手を伸ばして届く範囲が、干渉できる範囲です」

「随分狭いですね」

「ミズキ。他の世界に干渉する反則技だよ? 使える事自体が奇跡と思わなきゃ」


 確かに、茜の言う通りではある。

 しかし、この距離だと、あまり色々な事はできないかもしれないと瑞貴は思う。 弾くにしても、相手の懐に飛び込まないといけないということになる。


「では、まずは引き寄せてみましょうか。遠竹君。ボクや茜さんを呼んだ時のことは?」

「あ、はい。覚えてます」


 瑞貴がやったことは、茜や琴葉がいる風景を想像したことだけだ。

 その他には、特にやってない。


「え……っと。茜の時は、茜が教室で皆と話してる光景を想像して。琴葉さんの時も、似たような感じです」

「では、次は想像の仕方を、こう変えてみてください。頭の中の光景に描くのではなく、今見ている場所に重ね合わせるように想像を描いてください」

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