第22話
「で、なんで2人ともそんなに眠そうにしてんの?」
「色々あってな」
「色々あったんだよ……」
朝の教室。
机に突っ伏している耕太と瑞貴を、綾香が変なモノを見るような顔で見る。
結局。
こうして瑞貴と綾香が顔をあわせてみると驚く程にいつも通りだった。
まあ、考えてみれば綾香から直接聞いたわけでもないのだし、瑞貴が意識しなければいいだけの話だ。
その辺りはまさに、狐に化かされたといったところだろうか。
「色々ねえ……また2人でバカやってたの?」
綾香はやれやれ、と溜息をつく。
いつもバカやってるのは耕太1人なのに心外だ、と瑞貴は内心で毒づく。
「やってねえ。バカなのは瑞貴1人だぜ?」
「そうですね。耕太は優しすぎるだけですものね」
「あ、おはよう琴葉。何か知ってるの?」
少し瑞貴達に遅れてやってきた琴葉は、機嫌の良い様子で教室に現れる。
「ええ、昨日は耕太がボクを寝かせてくれなくて」
「ふーん。耕太は相変わらずなのね」
昨日は夜も遅かったし、質問攻めにしていたのだろうな、などと瑞貴は考える。
激昂する耕太と、のらりくらりとかわす琴葉の姿が目に浮かぶようだった。
綾香も瑞貴と同じ構図が浮かんだのか、呆れきった顔をしていて。
一方の琴葉は、当てが外れたような不満気な顔をしている。
「どうしたんですか? 琴葉さん」
「いえ、いいんですよ。どうせ汚れてるのはボク1人だけですから」
何を言ってるのかは瑞貴には分からないが、瑞貴の机に座ってる茜が、やけに上機嫌なニヤニヤ笑いを浮かべている。
「人のネタスベリを笑うのはどうかと思いますよ、茜さん」
「元々私はこんな顔だよ」
2人が、そんな会話をしてるのが瑞貴には気になった。
ひょっとすると、何か面白い話だったのかもしれない。
瑞貴が体を起こして耕太の方を見ると、もう爆睡を始めていて。
結局、いつも通りの日常の始まりを感じていた。
「あ、そろそろホームルームですね」
「そうね。ほら耕太、起きなさいよ!」
「んがっ」
耕太を引っ叩くと、琴葉と綾香は席に戻っていく。
「ミズキ。油断しちゃダメだからね」
茜もそう言って、席に戻っていく。
しっかりと釘をさされた事に、瑞貴は苦笑する。
そう、今日こそはダストワールドに行かないように気をつけないといけない。
やがてチャイムが鳴ると同時に、担任が急ぎ足で入ってくる。
「皆さん、おはようございます」
いつも通りの挨拶。
その後に告げられたのは……いつも通り、とは程遠い言葉だった。
「昨日の夜から、このクラスの古沢さんが自宅に帰ってないとの連絡がありました」
ざわめく教室。
そのざわめきを制すると、担任は一方的に告げて話を打ち切る。
「もし古沢さんを見た人や今何処にいるか知っている人がいれば、職員室に知らせてください」
ホームルームが終わって授業の時間になっても、ざわめきは収まる気配を見せず……休み時間になると、教室中で彼女の噂が飛び交っていた。
「古沢がねえ……家出するような奴にも見えねえしな」
「……心配だね」
「事件に巻き込まれてなければいいんだけど」
綾香はそれなりに付き合いがあるが、それ程仲がいい、というわけではない。
瑞貴と耕太もただのクラスメイトよりは仲がいい……そのくらいの付き合いだ。
だが、クラスメイトが行方不明だという事実はショッキングで。
何処にいるかも分からないクラスメイトの無事を、誰もが祈る。
ふと、瑞貴が茜の席を見ると……茜は、琴葉と何やら話し込んでいた。
何を話しているのかは瑞貴には分からないが、深刻そうで。
気付いた茜に、あっち向いてろというジェスチャーをされる。
瑞貴には聞かせられない話なのかもしれないが……少し、寂しい気分だった。
次の休み時間も、その次の休み時間も茜は琴葉と話し込んでいて。
「ミズキ」
昼休みが始まると、ようやく茜が瑞貴の席にやってきた。
「な、何? 茜」
「……ミズキ、その顔やめて」
「……え。そんなに変な顔になってるかな」
「変じゃ、ないけど。なんか話し辛い」
茜にそれだけ言われるということは、相当な顔だったのだろうと瑞貴は思う。
軽く落ち込む瑞貴の腕を、茜が引っ張る。
「2人で話があるから。屋上行こう」
「え? あ……うん」
いつもなら絡んでくるはずの耕太が出てこないのに気付いて、瑞貴は教室を見回す。
綾香が先に食堂に行くのはいつものことだが、耕太が居ないのは珍しい。
「耕太なら、狐が確保して食堂に連れてった」
怪しまれてないみたいだからいいが、茜は学校でも狐呼ばわりをやめないようだ。
「でも、屋上で……話?」
「そう。大事な話」
大事な話。
耕太を遠ざけてまで、今したい話。
その意味を、瑞貴は想像する。
「急ぎの話……ってことだよね」
「そう。だから早く行こう」
茜に引っ張られるようにして、瑞貴は屋上に向かう。
昼時でざわつく校内を抜けて、階段を上る。
「……うん、誰も居ないね」
「そうだね」
屋上には、誰も居ない。
今日は少し風が強いせいもあるのだろうか。
「それで、話って?」
瑞貴が促すと、茜は真剣な表情をする。
こんな顔をする茜は、初めて見るかもしれない。
そう気付いて、瑞貴は少し緩んだ顔を引き締めなおす。
「落ち着いて聞いて」
「うん」
「これは今すぐどうこうっていう話じゃないし、どうにかできる話でもないから」
「……うん」
嫌な予感を抑えながら、瑞貴は黙って茜の言葉の続きを待つ。
しばらくの無言の後、茜は瑞貴に告げる。
「赤マントが、現れた」
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