第19話

 2度。

 それはつまり、茜と琴葉がこっちに来た時のことだろうかと瑞貴は考える。


「この方法は、先程のものよりも条件が限定されます。簡単にいえば二つの世界を絡め、混ぜて。一時的に一つの世界のような状態にします。その隙にこちら側に存在を移し替える事で、元からこちらに居たかのように世界に誤認させることができます」

「世界は矛盾を許さないから……最初からあったかのように組み込むってことですよね」

「イエス、よく御存じですね」

「あ、はい。茜がそんな事を言ってたのを思い出しました」


 琴葉はそれを聞いて頷き……しかし、真面目な顔で指を一本立ててみせる。


「ですがこれには問題があります」

「問題……ですか?」

「イエス。何故なら、世界が混ざり合うなんて事は有り得ないからです」


 その言葉に、瑞貴は混乱する。

 世界が混ざらないという前提があるなら、世界を混ぜるという過程は発生しない。

 なのに、それが発生して茜と琴葉は、こっちに来たということになってしまう。 それは、瑞貴の知っている事実とは矛盾する。


「ただし、普通であれば……という前提がつきます」


 ニヤリと笑う琴葉。

 瑞貴から感じる、少しでも真実に近づこうという強い探究心。

 それを琴葉は後ろ手で煎餅に変えると、気付かれないように煎餅皿に混ぜる。


「要は、二つの世界に同時に存在するものを作ればいいんです。そうすれば、それを中心に世界は絡み合い、混ざり合います」


 それって、つまり僕の事なんだろうか、と瑞貴は思い至る。


「気付きましたか? 遠竹君は、あちらで茜さんやボクと縁を結んでいます。それによって遠竹君の一部は、ダストワールドに固定されている状態となっています。それが、貴方の肉体が両方に存在する理由なんですね。そんな事した人間なんて居ませんでしたから、ボクも初めて見ましたけどね」

「それが……僕の力になるってことですか?」

「イエス。つまり遠竹君は、自分の意志で世界を意図的に混ぜようと働きかけることができると考えられます。引き寄せる事に関しては、もうイメージさえすれば出来るはずです。あとは……予想になりますが、弾き飛ばす事も可能ではないかと思います」

「引き寄せる事と……弾き飛ばす事、ですか」

「イエス、その通りです。まあ、使いこなせば大概の状況は逃げ切れるくらいにはなると思いますよ」


 便利なような、不便なような力だと瑞貴は思う。

 弾き飛ばしてもこっちにまた来ることが出来るなら決着にはならないが……しかし、確かに逃げるくらいにはなるのだろうか?

 それに引き寄せるといっても、一体何を引き寄せればいいのか瑞貴には分からない。


「さて。では、特訓を始める前に。まずは携帯を貸していただけますか?」

「あ、はい。スマホですけど」

「スマートフォン……でしたっけ。どうして電話にそんな複雑怪奇な機能を仕込む必要が……」

「そんなこと言われても……」


 琴葉さんの電話番号でも入れるのかな、と思った瑞貴がスマホを渡すと……琴葉はメモリーを探して何処かへと電話をかけ始める。


「あ、こんばんは。ボクです、琴葉です」


 その行動に、瑞貴は慌てて腰を浮かせる。


「ええ、ええ。遠竹君と一緒にいますよ。ああ、大丈夫ですよ。ボクから手は出してません。それでですね、ちょっと茜さんにもお話がありますので。これからそちらに……え?」


 まさか、と瑞貴は思う。

 烈火の如く怒る茜の姿が、瑞貴の脳裏に浮かぶ。


「遠竹君に代われ、だそうです」


 震える手で、瑞貴は琴葉からスマホを受け取る。


「あの」

「ミズキ。どういうこと」


 どういうこと、はこっちの台詞だ……と、瑞貴は琴葉を恨みがましい目で見つめる。


「違うんだ。僕は耕太に会うつもりで」

「これから迎えに行くから」


 ブツン、と電話が切られる。

 早速訪れた危機に、瑞貴は冷や汗を流す。


「あの、琴葉さん」


 瑞貴の抗議の声を遮ると、琴葉は優しい顔のまま瑞貴に告げる。


「特訓を始めれば、どうせ茜さんにはバレますから。あらかじめ許可を取った方が問題ないでしょう?」

「その許可って」

「遠竹君がとるんですよ、勿論。このくらいの舵取りもできずにどうします?」


 なんて酷い人だ、と瑞貴は思う。

 しかし確かに、後からバレるよりは今バレた方がいいのも事実ではある。


「大丈夫ですよ、ボクもフォローしますから」


 全く信用できない。

 そんな瑞貴の視線を、琴葉は涼しい顔で受け流す。


 そして……それからすぐにピンポンピンポン、と玄関のチャイムが連打される音が聞こえてくる。

 まだ電話から1分もたっていないが……余程急いで来たようだ。

 急いで瑞貴が玄関の扉を開けると、あの銀色の槍を取り出した茜が、今まさに鍵を破壊しようとしている瞬間だった。

 茜はジト目で瑞貴を睨むと、槍をどこかへと消し去ってズカズカと入ってくる。


「帰ろう、ミズキ。こんな狐の巣にいたらダメ」


 瑞貴の背後でクスクスと笑っている琴葉を視線で威嚇しながら、瑞貴の手を掴む。


「ダメ」


 それからすぐに玄関までやってきた茜は、瑞貴が何かを言う前に一言で切り捨てる。


「余計な事吹きこむな、って言ったよね」

「ノー、吹き込んでませんよ。遠竹君が自分で言ったんですよ?」

「確かに言ったけど。フォローはどうしたんですか、琴葉さん……」


 ガックリと肩を落とす瑞貴は、気を取り直して茜へと向き直る。


「あの、茜」

「ダメ」

「いや、僕まだ何も言ってないよね?」

「ミズキが何言いだすかなんて分かってる。絶対ダメ。帰るよ」


 瑞貴の手をぐいぐいと引っ張る茜。

 でも、きっと……ここで引いちゃいけないんだ、と瑞貴は思う。

 だから瑞貴は、自分を引っ張る茜の手を強く握る。


「な、何? ミズキ」

「茜、話を聞いて」

「聞かない。ダメ」

「それでも、聞いてほしいんだ」


 瑞貴は、もう片方の手で反対側の茜の手を掴んで引き寄せる。

 見つめ合う形になった瑞貴は、茜の目をしっかりと見据える。


「茜」


 目を逸らそうとする茜の肩を掴んで。

 瑞貴は、茜を更に強く引き寄せる。


「茜、僕は。茜を守れる僕でありたい。例えそれが叶わないとしても……せめて、茜の力になれる僕になりたいんだ」


 宣言する事で……瑞貴は、自分の気持ちを強く自覚する。

 自分の中にあったものが、堰を切ったように溢れだす。

 そして、思い浮かべる。

 茜に初めて出会った、あの時を。

 思えば。

 あの時からずっと遠竹瑞貴は、茜に惹かれていた。

 いや、もしかすると。

 会う前から、ずっと……瑞貴は、茜を探していたのかもしれない。


「……不思議だったことがあるんだ」

「不思議だった、こと?」


 茜は、もう視線をそらそうとはしない。

 瑞貴も、茜を見つめて。


「僕と茜の縁。茜が茜になる前は、僕と茜の間にあった縁って、何だったんだろう、って」

「それは、私がミズキを知ってたから」

「だとしても。僕は、茜を知らなかった」


 そう、茜が瑞貴を知っていても。

 瑞貴が茜を知らなかったから。

 そこには、縁は繋がっていなかったはずだ。

 でも、それでも。

 瑞貴と茜を繋げたものがあるとするならば。


「きっと僕も、茜を探していたんだ。茜、僕はあの時……茜が、僕の望んだ現実だと。そう思ったんだ」


 茜を探す瑞貴と、瑞貴を見つけた茜。

 だからこそ、2人の縁は繋がったのだ。

 だから。だからこそ。


「僕は、茜の力になりたい。僕は、茜が」

「ミズキ!」


 瑞貴の言葉を。振り絞るような茜の声が遮る。


「……ミズキ。ありがとう。でも、まだそれを言っちゃダメ」

「茜……?」

「私はまだ、ミズキに隠してる事がある」


 隠してること。

 茜が言うソレが何なのか分からず、瑞貴は戸惑うような表情を見せる。


「……帰ろう。全部、話すから」


 茜はそう言うと、瑞貴の手をはがして……再び玄関のドアに手をかける。


「話したら、ミズキは私の事。嫌いになるかもしれない。だから、まだ。言っちゃダメ」


 そう言って玄関を出ていく茜。

 それを見て……瑞貴は、琴葉の方を振り返る。


「……すみません、琴葉さん。あとでご連絡しますから」

「一緒に来るといいよ、狐」


 意外な茜の言葉に、瑞貴と琴葉は顔を見合わせる。


「興味があるんでしょ、私に。盗み聞きしようとするくらいなら、来ればいい」

「……しようとしてたんですか?」

「イエス。勘がいいですねえ、彼女」


 降参、と言いたげに手を上げる琴葉を、瑞貴はジト目で睨みつける。

 全部話すと、茜は言った。

 それは、瑞貴と茜の始まりの……それ以前の事なのだろう。

 そんな事を……瑞貴は、考えていた。

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