第18話

「ですが、もう一つ覚悟してください。遠竹君が生き抜く事を望むならば、そこには必ず茜さんの力が必要になります。そしてそれは、茜さんの中の赤マントとしての衝動の引き金となる可能性がある事を、常に意識に置いてください」


 瑞貴はその言葉に、静かに頷く。


「そして、遠竹君1人で全てを抱え込まない事。本当に守りたいと思うのなら、すぐに他の力を借りる事です。自分1人で解決する事が出来る事なんて無いという事を、理解してください」

「分かりました」

「よろしい」


 琴葉はそう言うと、瑞貴に十円玉を握らせる。


「あの……これは?」

「ボクはこちらに人間として存在してはいますが、本質はこっくりさんのままです。意味は、理解できますね」


 こっくりさん。

 十円玉を使ってこっくりさんを呼び出し質問に答えて貰う儀式。

 それと本質が同じということは、つまり。


「琴葉さんを呼べるもの……ってことですか?」

「理解が早くて助かります。それに触れて念じれば、ボクに届きます。それにしても遠竹君は優秀ですね。ゲーム脳なんですか?」

「なんか今、褒められると同時に酷い事を言われた気がするんですが」


 便利な召喚アイテムって感じだ……と瑞貴が思ったその瞬間、瑞貴の脳天にゲンコツが振り下ろされる。


「今、何か失礼な事を考えたでしょう」


 瑞貴が殴られた頭を抱えて唸っていると、琴葉は咳払いをする。


「では教えましょう、貴方の武器を。今の貴方にしか使えない、貴方が生き残る為の武器を」

「はい……よろしくお願いします!」


 瑞貴が頭を下げると、琴葉は優しく微笑む。


「あの……僕の武器って、一体?」

「遠竹君。ボクを呼んだ時の事は、覚えてますか?」

「はい」

「では、その時にやっていた事。感じた事は?」

「えっと……琴葉さんが教室にいる姿を、想像しました。そしたら、視界が……」

 

 そう、あの時に瑞貴の視界は歪んだ。

 遠くなるような、近くなるような。

 混ざり合うような、あの不思議な感覚。

 だが……それをどう説明したら良いのか。

 悩む瑞貴の顔を見て、琴葉は溜息をつく。


「やっぱり無自覚に呼んでましたね。妙な呼び方だとは思いましたけど」

「妙……ですか?」


 頷くと琴葉は座椅子を寄せて、瑞貴の至近距離に座り直す。

 ジャージ姿とは不釣合いなくらいに綺麗な顔が、瑞貴の顔に近づいてくる。


「こ、琴葉さん?」

「遠竹君。今ボクと貴方は、すぐ近くに居ます。互いの息も触れ合う距離ではありますが、決して触れてはいない」

「は、はい」

「これが、こちらとあちらの距離感です。言うなれば銀幕を隔てた距離、といったところでしょうか。すぐそこにありながら、通常であれば届く事はありません」


 銀幕。

 瑞貴はその言葉を、つい最近聞いたばかりだ。

 銀幕は、もう僕と世界を隔てない。

 茜が、瑞貴にそう言っていた。


「この世界とあちらの世界……ダストワールドを行き来するには、銀幕を飛び越える必要がありますが……何らかの偶然によって、その境界線を飛び越えてしまう者が出てきます」

「神隠し……ですか?」

「イエス。今日教えてあげた事、覚えてたんですね」

「つまり、それがこっちと向こうを行き来する手段……ってことですか?」

「ノー。結論を急ぎ過ぎですね。こちらから向こうに行くだけなら、それで充分です。でも、向こうからこちらに来るには不充分です」


 琴葉はそう言うと、テレビの画面を指差す。


「この世界は言うなれば、銀幕の向こう側です。出演者は決まっていて、そこに飛び入りが来るなんて事は有り得ない。だからこそ、偶然の乱入者はすぐダストワールドへと揺り戻されます。対するダストワールドは、銀幕のこちら側。出演者がこちらに来ても、観客が1人増えた程度の扱いです」


 つまり。

 偶然でなければ、ダストワールドからこちらに、揺り戻されずに来ることができる……ということなのだろう。

 例えば、茜や琴葉のように。


「行き来に関しては、演劇に例えると分かりやすいかもしれませんね。突然の闖入者はつまみ出されるでしょう?」


 頷く瑞貴に琴葉は満足そうに微笑み、言葉を続ける。


「さて、では。こちらとあちらを揺り戻されないように行き来するには、どうしたらいいか……その正解が、これです」


 琴葉は、突然瑞貴の腕に自分の腕を絡める。

 伝わる体温と柔らかさに、心臓の鼓動が一気に早くなる。


「隣り合う二つの世界が繋がる時。その時に、境界線を突破することです。こっちにいる大体の人達は、そういう手段で来ています」


 そう言うと、琴葉は瑞貴の腕をパッと離す。


「ですが、これは世界の隙をついた強行突破です。この手段で来た者は世界に認められず、ただの異物として存在することになります。まあ、それで困ったという話は聞いたことありませんけどね」


 例えば影法師もまた、その手段でこちらの世界へとやってきている。

 元より存在が希薄な彼等は人々に気付かれることも無く、世界からも半ば放置に近い黙認をされた存在なのだと琴葉は説明する。


「でも、なんでそこまでして来るんですか? ダストワールドに居ると、問題が?」

「ふむ。確かに向こうに居ても、こちらの世界を見るだけなら出来ます。こちらから流れてくる諸々を、食料とすることも可能です」


 でも、と。

 琴葉は寂しそうな顔をする。


「遠竹君は、それで満足ですか?」

「……え?」

「銀幕の向こうに行ってみたいと思ったことは? 自分の世界に無いものに触れてみたいと思ったことは? もっと刺激的な何かに、触れてみたいと思ったことは?」


 勿論、ある。

 瑞貴はいつも、そういう世界に行きたくて。

 その他では無い何かになりたくて。


「ダストワールドは、何もありません。こちらの世界から流れてくるモノでのみ成り立ち、何も産み出さない世界。だからこそ誰もが焦がれ、こちらを目指します」


 そう、瑞貴は……あの無音の世界を知っている。

 寂しい、あの世界を。


「……すみません」

「謝ることではありませんよ。さあ、話を戻しましょうか」


 そう言うと、琴葉は表情を笑顔に切り替える。


「さて、もう一つ。強行突破ではない方法があります。これは遠竹君は、もう2度実践していますね」

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