第13話
頭を抱える瑞貴をスルーして、狐面の人物は指を一本立ててみせる。
「さて、では問題です。貴方は、その剣がとても欲しいとする。果たして、今日この場で持ち帰る事ができるでしょうか?」
もう一度、瑞貴は剣を触ってみる。
冷たい金属の感触、確かな重さ。
自分自身がワープしているのなら、持って帰る事も可能なのだろう。
でも、意識だけが移動しているのなら。
「不可能……ですよね」
「イエス。貴方の場合は意識の移動ですからね。ただし、貴方がこっちに存在を移して剣を手に取り、向こうへと再度存在を移すという手段をとるなら、話は変わってくるわけです」
瑞貴は剣をロッカーに片付けて、考える。
そういえば、茜は向こうからダストワールドに帰る時に「最初から居なかったことになる」と言っていた。
なら、瑞貴は。
存在をダストワールドに移すと、向こうの瑞貴はどういう扱いになるのだろう。
最初から居なかった事になるのだろうか?
そんな事を瑞貴が考えていると、狐面の人物が口を開く。
「心配そうな顔してますね。でもまあ、存在をこっちに移しちゃう人っていうのは珍しい事例じゃないですよ」
狐面の人物は、気軽な口調でそう瑞貴に教えてくれる。
「神隠しっていうでしょう? 感情を制御しきれなくて、自分ごとダストワールドに捨てちゃう人間って、結構いるんですよ?」
それはつまり。
原因不明の行方不明ということだ。
その事実に。
そして、それを気軽に言う狐面の人物に、瑞貴はぞっとする。
この人にとって、人間なんていうのは、そのくらいの重みしかないんじゃないだろうか。
そんな考えが瑞貴の頭の中に浮かぶ。
「おやおや、なんて顔するんですか。これでもボクは人間は結構好きな方なんですよ?」
冗談交じりの口調で言う狐面の人物。
そこで、瑞貴は気付く。
狐面の人物は、どことなく胡散臭い雰囲気が漂っている。
気をつけないと、取り返しのつかない事になりそうな……そんな予感がする。
そもそも、この狐面の人物は何者なのか。
今更そんな事に気が付いて、瑞貴は思わず一歩後ろに下がる。
どうして今まで、そんな事に考えが及ばなかったのか、と瑞貴は戦慄する。
この狐面の人物が誰なのかは分からないが。
きっと、瑞貴は絡めとられる寸前だったのだ。
「あの……色々と、ありがとうございます」
「いや、気にしないでください。それに、ボクも貴方に聞きたい事があるんです」
ようやく瑞貴が搾り出した言葉に答えると、狐面の人物は瑞貴にお面の奥の視線を向ける。
「貴方と、この教室からは赤マントの匂いがします。それも相当濃い。そんなに深く赤マントと関わってるクセに、どうして君は生きてるんですか?」
射抜くような視線を瑞貴は感じる。
どう答えるべきなんだろう。誤魔化すべきなんだろうか、と瑞貴は考える。
けれど、答える前に狐面の人物が口を開く。
「想像はつきます。この部屋に居たのは赤マントです。貴方と何らかのつながりを作って、向こうの世界に存在を……完全に移行したんでしょう?」
「は、はい。でも」
瑞貴の言葉を遮ると、狐面の人物は教室の壁を拳でガン、と叩く。
「ボクは正直、驚いてます。赤マントに、人をたぶらかそうなんていう考えが浮かぶなんてね。でも、それ以上に貴方に驚いてます。貴方は赤マントと知って、そいつを受け入れたのですか?」
瑞貴は、茜の言葉を思い出す。
赤マントは、普通は人を殺す。
きっとそれは、こちらでも常識なのだろう。
だから、この人はこんなに怒っている。さっきは胡散臭い人だと思ったけれど、人間を心配してくれているのかもしれない……と、そう瑞貴は考える。
だからこそ、瑞貴は正直に答える事にする。
「はい。僕は茜を……赤マントを、そうだと知って受け入れてます。最初は、ちょっと行違いもありましたし、まだほとんどお互いの事を知らないけど……でも、それでも僕は。茜は人を、殺さないと信じてます」
狐面の人物は、しばらく無言のままだった。
「それは、本気で言ってるんですか?」
「はい。信じられません、か?」
瑞貴自身、それは仕方の無い事だと思った。
だが、狐面の人物は瑞貴の言葉を否定しなかった。
「信じるも信じないもありませんよ。今貴方が嘘をつけば、ボクには全部分かりますからね」
そのまま、天井を見上げて。
腕を組み、時折瑞貴の方を見る事を繰り返して。
「……その茜って名前は貴方が?」
「いえ、2人で決めました」
無言の後、ようやく紡がれた言葉に瑞貴はそう返す。
紅林茜。
この教室で2人で決めた、瑞貴と茜をつなぐもの。
狐面の人物は組んでいた腕を解くと、長い……とても長い溜息を、ついた。
「ボクが何か、知ってますか?」
「いえ……」
正直、サッパリ分からなかった。
だから正直にそう答えると、狐面の人物は再び溜息をつく。
「貴方は、すぐ殺されるタイプですね」
「はは……茜にも似たような事言われてます」
狐面の人物は納得するように頷くと、自分の正体を告げる。
「こっくりさんですよ、ボクは」
「あ、それで質問にイエス、ノーで答えてたんですか?」
「イエス。まあ、クセみたいなものですね」
そう言って、苦笑するように笑い声をもらすこっくりさん。
だが、イエスかノーかの2択っていうのは、分かりやすくていいと瑞貴は思う。 茜はイエスとノーの中間くらいしか無さそうだし、綾香は言葉より先に拳が出る。
理知的っていうのは、きっとこういう人の事をいうんだろう、と瑞貴は1人で納得して頷く。
「ふう……貴方が考えなしに赤マントを引きこむバカ野郎だったら、この場で引き裂いてやろうと思ってたんですけどね」
前言撤回。その本気な言葉に、瑞貴は笑うしか出来ない。
「ああ、ちなみに嘘ついても切り刻むつもりでしたよ。ボクは、嘘つきが大嫌いなんです」
「そ、そうですか……」
「まあ、ここに入った時点では7割くらい引き裂いたら許してあげようかなぁ、とは思ってましたけどね」
上機嫌に言うこっくりさんに、瑞貴はようやく本質を理解する。
この人も、相当危ない人だ。自覚が無さそうな分、茜より怖いかも。どうしよう、早く帰りたい。そう考えて、自然と椅子から腰が浮きそうになる。
「でもまあ、貴方の事は気にいったかもしれません」
マズイ、と瑞貴は思う。
こういう時は、ロクなことにならない。
気にいったから引き裂くとか言われても困る。
しかし、どうやってここから逃げればいいのか。
オロオロする瑞貴を、こっくりさんはキョトンとした顔で見ている。
「どうしたんですか? トイレなら気にせず行ってきて構いませんよ?」
違います。帰りたいんです、とは言えずに瑞貴はぐっと黙り込む。
しかし、いつもどうやって帰っていたかが分からない。
「あ、あのぅ」
「うん?」
瑞貴は観念して、こっくりさんに帰り方を聞くことにする。
うん、きっと大丈夫。帰りたいって言ったくらいで引き裂くなんて言わないはず……と自分を納得させる。
「そろそろ帰りたいなあ、って思うんですけど。そのう。帰り方が……」
「イエス、いいですとも。問われれば答えるのがボクですから。教えてあげますよ」
よかった。やっぱり基本はいい人だ……と瑞貴は安堵する。
「でも、その代わり。ボクのお願いを一つ、聞いてくれませんか?」
「あ、はい。僕に出来ることなら」
「うん、簡単な事ですよ」
こっくりさんが、狐のお面を頭の上の方へとずらす。
現れた顔は……瑞貴が想像していたよりも、ずっと綺麗だった。
金色の髪と、金色の目。
その金色を引き立てるような、白い肌。
モデルか何かだと言っても通用しそうだ、と瑞貴は思う。
「ボクにも、名前をくれませんか?」
「あの」
「何ですか?」
男ですか、女ですか、と聞くのは凄く失礼な気がして瑞貴は黙り込む。
初めて見たこっくりさんの素顔は、とても女性的だ。
たぶん女性だろうが……間違えた時の事を考えると、確かめた方がいいようにも思える。
たぶんイエスかノーで答えてくれるだろう。
そう考えて、瑞貴は質問を口にする。
「あの、性別伺ってもいいですか?」
「女だよね、っていう確認の意味なら許してあげますよ」
どうやら、してはいけない類の質問だったようだ。
「いや、だってほら。男子の制服着てますし。間違えたら失礼かな、と」
右頬にビンタ一発、返す手のひらで左頬にも一発。
引き裂かれなかった分、瑞貴は運がよかったのだろうか。
そして瑞貴とこっくりさんは、名前について話し合って。
狐嶋琴葉。
結局、それがこっくりさんの名前になった。
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