第12話

「おや、ボクに興味があるのですか?」


 含み笑いをするような音が聞こえてくる。

 姿は見えないけれど、瑞貴と同じくらいの年代の声に聞こえる。


「実を言うと、ボクも貴方に興味があります。よかったら話をしませんか?」


 その提案は、とても魅力的なものに聞こえた。

 一体どんな場所なのか、まるで分からないこの世界。

 瑞貴が知っているのは、この教室だけだ。

 茜のいた、この世界。

 それをあのドアの向こうの人は、もっと知っているのだろうか。


「僕も、色々知りたいと思っていたんです。教えてくれますか?」

「イエス、いいですとも。では、呼んでいただけますか?」


 別に呼ばなくても入ってくればいいのに……律儀な人なんだなあ、と瑞貴は苦笑する。


「あ、はい。どうぞお入りください」

「ありがとう」


 お礼の言葉と共に、ドアが開く。

 そこにいたのは、瑞貴と同じ男子の制服を着込んだ人だった。

 顔の部分を狐のお面で覆っているせいで、表情は分からない。

 その人が後ろで縛った長い金色の髪からは、何処となく女性のような印象もある。

 一言で言うなら、正体不明。

 何となく好奇心をそそられるような……不思議な印象の人だった。

 同い年に見えるが……何故か、敬語を使わなきゃいけないような圧力がある。

 狐面の人物のピシッと伸ばした背筋を見て、瑞貴も慌てて姿勢を正してみせる。


「申し訳ありませんね、ボクは色々と手順を重視しなきゃいけないタイプなんです」

「あの……僕を此処に呼んだのは僕だって言ってましたけど」

「イエス、言葉通りです。正確には意識の移動ってところでしょうか」


 意識の移動。

 そういえば茜は揺り戻しって言っていたな……と瑞貴は思い出す。

「それより、座ったらどうですか? ボクも座りたいですしね」


 狐面の人物は、立ったままの瑞貴にそう促して。

 瑞貴がいつもの自分の席に座ると、狐面の人物は瑞貴の正面の席に座った。


「貴方の存在はこちらと向こうの両方に同時に存在していて、恐らく意識はその二つの間を振り子のように揺れ動いているんだと思います。貴方の意識がどちらに移動するかで、主となる肉体が確定する……というと分かりますか?」


 何となく、分かる気がする。

 そうなると、遠竹瑞貴という個人の意識はあっちにはないということで。


「意識の無い方の肉体は、どうなるんですか? 何か、問題が出るんでしょうか」

「ノー、その可能性はほとんと無いはずです。ボクはそういう状態になったことはないですが……貴方の場合、あっちの体に問題は出ないんじゃないでしょうか。影は薄くなるでしょうけど、基本的に貴方の行動パターンに準じた動きをしてるはずですよ」

「こっちの体には問題が出るってこと……ですよね」


 今の論調だと、そういう意味に瑞貴には聞こえる。


「イエス、その通りです。こっちの貴方は、ほとんど存在してないに等しい。ボクだって、貴方がこっちに来るまで気付かなかったくらいです。具体的に言えば、貴方の意識が離れた瞬間に極限近くまで存在感が薄まると思われますし……たぶん、此処に在るだけっていうのに近くなるんだと思います。けどまあ、貴方が望むなら。こっちの世界に比重を移す事も可能ではあるでしょうね」


 こっちの世界に比重を移す。

 それはつまり、向こうの瑞貴がほとんど存在しない、幽霊みたいな状態になるということなのだろうか。

 そんな瑞貴の考えを読んだかのように、狐面の人物は肩をすくめてみせる。


「まあ、貴方の想像してる通りだと思いますよ。なんなら、そのままこっちに存在を完全に移すことだってできますよ」

「そういえば此処って……ダストワールドっていう名前だって聞きましたけど」


 瑞貴の言葉に狐面の人物は、軽く頷いてみせる。


「言葉通りですよ。此処は貴方の居た世界で溢れる感情が、行き場を無くして捨てられる場所。それが形を成したのがこの世界であり、ボク達であると言われていますからね。ボク自身は成り立ちにこだわりはありませんけど、気にする奴はそうやって皮肉るんですよ」


 捨てられた感情で出来た世界。

 茜のクリームパンも今考えると、そういう事だったのだろうか。

 そう気付き考え込む瑞貴をよそに、狐面の人物は立ち上がり教室の後ろの掃除ロッカーまで歩いて行く。

 そのロッカーの前で振り返って、瑞貴にこいこい、というジェスチャーをする。


 なんだろう、と思いつつ瑞貴が掃除ロッカーの前まで行くと、狐面の人物はロッカーをガチャリと開けて見せる。

 その中に入っていたのはホウキやモップではなくて、不気味な柄の剣だった。


「なんで掃除用具入れにこんなものが……」

「ある意味掃除の道具ですけどね」


 とんでもない事言う人だ、と思いつつも瑞貴は剣を手に取ってみる。

 ズシリとした金属の重さは、それが玩具ではない事を瑞貴に知らせてくる。

 とてもではないけど、瑞貴には使えそうにはない。

 まあ、使う機会なんて無いだろうが。


「で、これが何か?」

「何って、呪いの剣ですけど」

「うひゃぅばっ!」


 瑞貴は思わず、剣を離して飛びのいてしまう。

 なんてもの触らせるんだ、という抗議の視線を狐面の人物へと向ける。


「こらこら、避けちゃダメですよ。呪いの剣だってだけで誰も触ってくれなくて、自己嫌悪で行方不明になってたんですから。やっと見つかったんですよ?」

「……どうしよう。どこからツッコミいれたらいいのか分からない」

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