第8話

「そういえば、気になったんだけど」


 適当に作ったチャーハンをつつきながら、瑞貴は茜に声をかける。

 茜はどこから取り出したのか、またクリームパンをかじっている。



「あの影法師、罪悪感を食べてるって……」

「ああ、うん。そりゃ食事だってするよ」

「いや、そうじゃなくて」


 茜が食べてるのはクリームパンだ。

 見ているとほっとする光景だが赤マント、という言葉から連想するイメージとは程遠いのも事実だろう。

 瑞貴がどう説明したものか迷っていると、茜はなるほど、と手を叩く。


「あー、そっか。あんな影法師なんて訳分かんないもんがそれっぽいもの食べてるのに、赤マントがクリームパンなんか食べてていいのか、と。ミズキはそう言いたいわけだね」

「んー……いや、なんか。イメージ違うなあって」

「そっか」


 そう言うと、茜はまたクリームパンにかじりつく。


「実はこれがそういう類のものだって言ったら、信じる?」


 言われて、瑞貴は茜の手の中のクリームパンを見る。

 どう見ても、普通のクリームパンだ。


「うーん……」


 悩む瑞貴に、茜はニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「私が食べるのは、瞬間的な殺意ってやつ。ドロドロしたのじゃなくて、フッと通り過ぎるようなやつが私の好みなんだ」


 ドロドロしたやつはジャムになっちゃうんだよねー、と言いながら茜は手についたクリームをなめる。

 その仕草が妙に色っぽく感じて、瑞貴のチャーハンをつつく手が止まる。


「特に好きなのは、レモン味の混ざったやつ。まだ1個しか食べたことないんだけどね」


 茜はそう言うと、チラリと瑞貴を見る。

 何となく自分のよこしまな気持ちを読まれた気がして、瑞貴は思わず目を背ける。


「つついてはみたけど、出来たのは普通のクリームパンだったし。もう食べられないんだろうなー、あれ」


 何のことかは分からないけど。レモン味ってのは、どんな風に出来るんだろう。

「んー、恋の自覚……みたいな? レモン単体でなら結構転がってるらしいけど。そっちには興味ないんだよねえ……」


 残念だなー、と言いながらソファーに転がる茜。

 瞬間的な殺意はクリーム味。

 それを聞いて瑞貴は、人の不幸は蜜の味っていうなあ……なんてことを思い出していた。


 そして、いつもより少しだけ騒がしい食事の時間はあっという間に過ぎていく。

 食事は二人だが、食器は一人分。

 そういえば茜は普通の食事は食べるんだろうか、などと考えながら食器を流し台に持っていく。

 ソファーに転がったままの茜はテレビのリモコンを適当に弄ったあげく、飽きたのか床にポイと放り投げる。

 最終的に通販番組になったようだが、特に問題ないようだ。


「あのさ、茜」

「何?」


 テレビを気だるげに見ていた茜はソファーから起き上がって、瑞貴のほうへと向ける。

 ちなみに瑞貴は、お皿を洗っている。

 一人分だから早いし、もう慣れたものだ。


「その携帯のストラップなんだけど」

「うん」


 最初に会った時、吐いてたよね、と言いかけて止める。

 ここまで非現実的なものを見ても尚、ストラップが吐く……と非現実的な言葉を口にするのが瑞貴にはためらわれたのだ。


「ここでは喋らないし吐かないよ。大丈夫」

「そうじゃなくて。何? それ」


 やっぱり吐いてたのか、と瑞貴は安堵する。

 今となっても、ダストワールドで体験した事が遠い夢か何かのように瑞貴には感じられる。

 それが現実であった事に対する安堵でもあったのだが、瑞貴はそれには気付かない。


 あー、と言うと、茜は机の上に置いてあった携帯を指でつつく。


「これ、メリーさんだけど」


 瑞貴の手から、洗っている途中の皿がずり落ちそうになる。

 メリーさんとは確か、比較的有名な都市伝説だ。

 電話をかけながら、少しずつ相手に近づいてくる何者かという都市伝説。

 正体には諸説あるが、ストラップというのは瑞貴にとって初耳だった。


「ストラップっていうか、電話自体がそうだよ。ちょっと前に賭けに勝ってさ。携帯やってもらってんの」

「携帯じゃなくてスマホなんだ?」

「聞くとこそこなの?」

「なんか理解が追いつかなくて……」


 メリーさんが携帯電話。それ自体がなんだかもう意味が分からないが、分からな過ぎてそれしか疑問が浮かばなかったのだ。


「スマホは構造が難しいんだってさ。でもまあ、確実にメリーさんだから安心していいよ?」


 聞かなくていい事を聞いてしまった気がして瑞貴は心の底から後悔する。

 それがメリーさんということは、瑞貴の携帯にメリーさんの電話番号が入っているのと同じ事だ。

 電話と関係の深い都市伝説の張本人の番号が入っているなど、悪い冗談であるかのように瑞貴には思えた。


「今は私の番号だよ?」

「……そういう問題じゃない気がする」


 げんなりした顔の瑞貴を見て、茜はニヤニヤ笑いを浮かべる。


「それに、これは近づいても大丈夫なメリーさんだから」


 それを聞いて瑞貴は、茜が赤マントは固有名じゃないと言ってた事を思い出す。


「赤マントも、やっぱり色々なの?」

「色々って?」


 幾分か、真剣さを増した茜の顔。

 その目は、誤魔化さずにきちんと言え、と瑞貴に無言の圧力をかけている。


「その……人を殺したりとか。そういうのも、いるのかなって」


 怪人赤マントといえば、そういうイメージがつきまとう。

 茜はそういう事をしないという確信が瑞貴にはあるが、赤マントが茜だけではないのなら、もしかすると……とも考えてしまう。


「ミズキはさ。赤マントが人を殺したってニュース、聞いたことある?」

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