計略 002


 エルネの部屋に突入し、最悪のケースを想像した瞬間。

 窓から強烈な蒼い光が差し、直後にけたたましい轟音が響く。


「あれは……マスター?」


 その光を見たナイラは急いで踵を返した。

 僕も後に続き、一緒にラウンジへと戻る。


「マスター! どうされたんですか!」


 ナイラは一早くアウレアを見つけ、彼女の元へ駆けよった。


「……ナイラか。ウィグはいるか?」

「はい、向こうに。それより、一体どうなさったんですか?」

「……二人に話がある。場所を移すぞ」


 普段の調子と違い、淡々と言葉を紡ぐアウレア。

 まるで、今にも噴き出しそうな間欠泉を無理矢理塞いでいるようだ。


「早くついてこい。時間が惜しい」


 言外の圧力を感じながら、僕らはアウレアについていく。

 一階にあるアウレアの部屋へ入ると、突然空気が震え、肌がビリビリとひりつき出した。

 見れば、アウレアの身体から蒼色の電気が溢れている。

 抑え込んでいた怒りが、漏れ出すかの如く。


「あのクソガキが、やりおったわ」


 静かに淡々と、アウレアは話し始めた。


「ガウスめ、ここまで姑息で卑劣で下種な男とは思っておらなんだ……完全に予想外じゃ。本当なら奴の脳天に鉄槌を下してやりたいところじゃが、今は時間が惜しい」


 ギリッと、アウレアの歯が軋む。

 その様相を見たら、察しの悪い僕でも察せざるを得ない……彼女がこれから、何を言おうとしているのか。


「状況を端的に伝える……エルネが『明星の鷹』に攫われた」


 嫌な予感や胸騒ぎ。

 人間の直感というのは、意外と馬鹿にできないものなのだ。


「奴らの要求は一つ、対抗戦でウィグが負けることじゃ。そうすれば、エルネを無事に解放すると言っておる」

「そんな……あいつらに従うのですか、マスター」

「エルネの居場所がわからん以上、下手なことはできん。ウィグには指示に従ってもらうしかあるまい」

「ですが……」

「聞け、ナイラよ」


 反論しようとするナイラを牽制し、アウレアは続ける。


「もちろん、ただ要求を飲むつもりはない。卑劣な相手に屈するなど『流星団』の名折れじゃからな……ウィグが倒れる前に、ナイラ、お主がエルネを助けるのじゃ」

「私が……」

「そうじゃ。儂は不測の事態に備えて会場でガウスと『明星の鷹』を見張らなければならん。自由に動けるお主がエルネを救い出すんじゃ」

「……わかりました。必ずエルネを助けます」


 言うが早いか、ナイラは部屋を飛び出していった。

 あれほど頼もしい味方もいない……ナイラなら、きっとエルネを見つけてくれるはずだ。


「……ふう」


 ようやく懸念の一つが片付き、深く息をつくアウレア。

 同時に、身体から溢れていた電気が弱まる。


「……すまない、ウィグよ。儂が不甲斐ないばかりに、お主に辛い役目を負わせることになる。奴らは必ず、お主を必要以上に痛めつけにくるじゃろう。公認ギルドのメンツを保つための見せしめとしての」

「マスターが謝ることじゃありませんよ。それにほら、僕ってこう見えて打たれ強いですから」


 前夜祭での一件と、個人的な因縁……さぞかしご丁寧な仕打ちが待っているに違いない。

 けれど別に、怖くなどなかった。

 だって。

 今一番恐怖に怯えているのは――エルネだから。


「ナイラがエルネを探し出すまで時間を稼ぐ……簡単な仕事ですよ」

「……もしこれ以上耐えられないとなれば、すぐに降参するんじゃぞ。ギルドの体面より、お主の身体の方が大事じゃ。それに、家族が再起不能になるまで痛めつけられるのを、儂は見ておれん」

「そうですね、考えておきます」


 全国から注目される対抗戦での降参……それは即ち、ギルドの衰退を意味する。

 ならば、絶対に自分から負けを認めるわけにはいかない。

 僕にとってこのギルドは。

 すでに――居場所になっているのだから。


「今はとにかく、ナイラを信じましょう……対抗戦の開始まで少しは時間がありますし、案外その間にエルネを見つけてくれるかもしれませんしね」

「……そうじゃな。儂らは儂らにできることをするしかない」


 僕にできること。

 それは、ナイラとエルネを信じることだ。


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