計略 001
「……ウィグ・レンスリー、起床しました」
一人誰に向けるでもなく呟き、ベッドから起き上がる。
テライアで拠点にしていた宿に比べ、数倍は値が張るであろうホテルの一室……質素な山小屋暮らしが板についていた身としては、一週間そこそこで落ち着ける空間ではない。
「……」
寝間着を脱ぎ、上半身を露出する。
特殊な性癖というわけでは断じてなく、単に効率と快適さを優先した格好だ。
壁に立てかけていた剣を引き抜き、素振りを始める。
「ふっ……ふっ……」
モーニングルーティーンと呼ぶには些か無骨だけれど、一日の始まりはこれにつきる……何百万何千万と繰り返してきた動作が、眠っていた身体を覚醒させていく。
エフォートと、アウレアは言っていたっけ。
「……」
今更自分の力に名前がついたところで、特に思うところはない……ただ、ある程度実力をつけてからその存在を知ったのは喜ぶべきことだろう。
もし仮に、剣を極めた先にエフォートという能力があると知っていたら。
僕はきっと、途中であきらめていただろうから。
この先に得られるものはないと思っていたからこそ、ひたすらに剣を振り続けられた。
いつしかそれが習慣になり。
心の拠り所となった。
「ふう……」
満足いくまで素振りをし、丁寧に剣を仕舞う。
今まで幾度となくモンスターや人間を斬ってきたが、今日が
適度に気負いつつ、いつも通り。
僕らの努力を、見せつけてやろう。
「おはよう、ウィグ」
一通りの支度を終えてラウンジに向かうと、コーヒー片手にソファでくつろぐナイラがいた。
「おはよ……まだ集合時間前なのに、随分早いね」
「優雅に精神統一をしていたところだ。やはり朝はブラックに限る……お前もどうだ?」
「僕は遠慮しておくよ。黒い物は苦手なんだ」
「ふうん?」
意味の分からない返しをしてナイラを困らせたところで(楽しい)、僕も対面に腰かける。
「……いよいよだな。『流星団』の代表として頑張ってくれ」
「そう前面に期待を押し出されても困るけどね。いつも通りやるだけさ」
「気合を入れ直して損はないぞ……前夜祭の一件でランダル市民の目は完全に私たちに向いてしまったからな。しばらくここに座っていただけでも、ちらちら話が耳に入ってくるくらいだ」
「にしては声かけられないんだね」
「私から溢れるオーラが強過ぎるのかもしれん」
ポジティブな考えだが、多分怖くて近寄り難いだけだろう。
「マスターは? まだ部屋で寝てるの?」
「いや……一足先にコロシアムに向かわれたそうだ。なんでも、ガウスに呼び出されたらしくてな」
「あ、そ……」
大方、昨日の落とし前云々の話だろうけど……あれが「明星の鷹」から吹っ掛けられた喧嘩なのは周知の事実だし、どう取り繕っても評判を落とすのは必至だ。
敗戦処理か、はたまた因縁付けか、あの人の考えることなんてわからない。
「そう言えば、あの穴はどうなったのかな。ほら、昨日君が空けたやつ」
「嫌味な言い方をするな、しっかり謝っただろうが……あれに関しては、軍が徹夜で修復したらしい」
「急なアクシデントで徹夜か……お国も大変だね」
「金の亡者を慮る必要などない。お前は自分のことだけに集中しろ」
ナイラの眼光が鋭くなる。
本気で運営の心配などしていないが、ナイラの前で王国の名前を出すと空気が悪くなるのだ……反省。
「……それよりも、ウィグ」
「なに?」
「エルネは一緒じゃないのか?」
「あー……そう言えば、今朝は部屋に来なかったよ。彼女だって毎日毎朝僕のとこにくるほど暇じゃないんでしょ」
僕の返答を聞き、露骨に眉をひそめるナイラ。
「それもそうだが、今日だぞ? 公認ギルド対抗戦当日の朝に、エルネがお前の部屋を訪ねないのは不自然な気もするが」
「……」
言われてみればそうなのかな?
いや、別に彼女は僕のモーニングコール係というわけでもないし(そもそも僕の方が早起きだ)、部屋に来なかった程度で不審がるのはどうかとも思うけど……ううん。
「まあ、ここで待ってればそのうち来るんじゃない?」
「……嫌な胸騒ぎがする。一応部屋を見てくる」
ナイラは険しい表情を浮かべたまま立ち上がり、スタスタと階段を目指した。
「……」
数秒逡巡し、僕も後を追う。
嫌な胸騒ぎ。
嫌な予感。
そういうものは、大抵。
当たってしまうものだから――
「エルネ、入るぞ」
ノックの返事を待たず、ナイラがエルネの部屋に突入する。
が。
そこには誰もいなかった。
確認できるのは、乱れたベッドシーツと散らかった調度品。
「これは……でも……」
考えられる可能性を精査する。
昨日酔っぱらってホテルに戻ったエルネが部屋を荒らし、そのままどこかへ出掛けたというのが現実的か?
……いや。
もっとあるだろ。
ナイラが感じた嫌な胸騒ぎ――それが実際に起こったのだとしたら?
エルネは、もしかして。
「……連れ去られた」
どちらともなく、最悪の予想が呟かれた。
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