仲間と呼びたい



 案の定と言うか何と言うか、前夜祭は中止になった。

 ナイラによって会場は破壊され、主催者側であるユウリも敗北し、とてもじゃないが続行できる状況ではなかったのである。

 司会進行を任されていたレジーナさんが一生懸命に場を取り持ってくれたお陰で(さすがプロだ)、思った以上の混乱なく僕らは会場を後にできた。

 不幸中の幸いか、僕と因縁のある長男のエドや三男のジュラはあの場に来ていなかったらしい……特にエドがいたらもう一悶着あったのは確実なので、ほっと胸を撫で下ろす。


「ナイラさん、格好良過ぎでしたよー! まさに『流星団』の顔です!」


 ぐでんぐでんに酔っぱらったエルネが(いつの間に)、ご機嫌な表情で先を歩く。


「あまり褒めるな。当然のことをしたまでだ」

「あのまま『明星の鷹』なんてぶっ潰してやればよかったんですよ! ナイラさんとウィグさんがいれば余裕です! ヒック」

「飲み過ぎたようだな、エルネ。しっかり水分を摂るんだぞ」

「ぜーんぜん酔ってません! 『流星団』サイコー!」

「ほら、危ないぞ」


 ふらふらと千鳥足になるエルネの腰を、ナイラが支える。

 ナイラの背中には飲み過ぎと興奮で潰れたアウレアがいるので、同時に二人の酔っ払いを介護していることになる。

 大変そうだ。


「何をぼさっと見ているんだ、ウィグ。エルネはお前が支えてやれ」

「そうですよーウィグさん。私を支えて運んで抱えて持ってってー」

「そこら辺の植え込みに捨てていいなら、まあいいよ」

「いいわけないでしょー! ちゃんとお姫様抱っこしてください!」

「やだよ、面倒くさい」

「とか何とか言ってー。ほんとは恥ずかしいんですよねー?」


 ニヤニヤと笑うエルネ。

 可愛いよりムカつきが勝つ顔である。


「はあ……わかったよ、ほら」

「最初から素直にそうしてればいいんです……って、ちょっと待ってウィグさん⁉ これ違う違う違う! 降ろして降ろして降ろしてー!」


 山賊よろしく右肩に担ぎ上げたのだが(への字に折る形だ)、ご期待には沿えなかったようだ。

 あまりにもエルネが暴れるので、おんぶの姿勢に落ち着く。


「ふー……これはこれで良いですね。ウィグさん、おんぶの才能がありますよ」

「さいですか」

「さ、このままホテルまでレッツゴ……ぐー」


 爆速で寝やがった。

 ドレスの装飾を傷つけないようにエルネの位置を整え(無駄にふりふりがついている、邪魔だ)、しっかり背中に固定する。


「お互い大変だな」

「君の方は小さくて持ち運びやすそうじゃないか」


 ナイラと二人、おんぶコンビの誕生だ。

 どんな仲良しグループだよと突っ込んでおこう。


「……まあその、お疲れ様」

「お前までどうした、らしくもない。私は自分の役割を果たしただけだ」

「……」

「……何か他に言いたいことがあるんじゃないのか?」


 こちらに目を合わさないまま、ナイラが尋ねてきた。

 言いたいこと……ありはするけれど、しかし口に出す必要があるのか悩ましい。

 悩ましいというか、これこそ。

 恥ずかしいのだろうけれど。


「……初めてナイラに会った日、『翡翠の涙』の縄使いに襲われただろ?」

「ああ……ヘッジだったか。それがどうかしたのか?」

「あの時、下手に動いたら君を殺すって脅されたじゃない?」

「まあ当然だろうな。ヘッジにしてみれば、私は人質だったのだから」

「……それでも、僕は動いた。剣を抜いてあいつを殺した。ナイラが死んでも構わないって、そう思ったからなんだ」


 もちろん、死んでほしくはなかったけれど。

 もし殺されたなら。

 それはそれで。

 仕方のないことだと。

 そう思った。


「そんな奴が今更仲間ヅラするなんて、ちゃんちゃらおかしいじゃないか……それなのに、君は僕のためにユウリと戦ってくれた。信じろと言ってくれた。僕には、君のことを信じる資格なんてないのに」


 同じギルドの一員にはなれたが、しかし。

 僕は、ナイラのことを仲間と呼べない。

 呼んではいけないし。

 呼ぶ資格がない。


「……気休めを言うわけではないが、もし目の前に人質がいたとしても、助ける力があるなら動いて然るべきだと私は思うぞ。何もせずに後悔はしたくないからな」

「……自分のせいで人質が死んでも?」

「互いが信頼し合う仲間なら問題あるまい。元より、命は預けてある」

「それは……強い意見だね」


 本当に信頼で結ばれた仲間同士なら、その理屈も通用するのだろうか?

 でも、あの時の僕とナイラは仲間ではなかったし。

 今だって、どうかわからない。


「……お前が『翡翠の涙』のマスターを倒してくれた後、二人で話したのを覚えているか?」


 しばらく黙っていたナイラが、ゆっくりと口を開く。


「『お前にもいつか、私を仲間と思ってもらえるように努力する』……そう言ったのを、覚えているか?」

「えっと……微かに」

「別にいいんだ。お前は人の話をよく聞いていないからな」


 既に呆れられていたが、これに関しては僕しか悪くない。


「元を正せば、最初に拒絶したのは私だ。人を殺したウィグに酷いことを言って、仲間になれないと遠ざけた。命を救ってもらったのにも関わらず、だ……我ながら頭が固い」

「それは、でも、ナイラの心情的にしょうがないよ」

「そう、問題なのは心だ。想いだ。私は、『流星団』と私を守ってくれたウィグのことを仲間と呼びたい。そしていつの日か、お前から仲間と呼んでもらいたい……お前の命を預かりたい」

「……」

「ウィグが私に負い目を感じるというのなら、それを払拭できるように努力しよう。命を賭してお前を守ろう。仲間と呼んでもらえるその日までな」


 そんなことを考えてくれていたなんて、正直思ってもみなかった。

 自分の信念に例外を作ってまで僕なんかを気に掛けて……ああクソ。

 僕は一体、何を迷っているんだ。

 アウレアと話したあの日に、結論は出ていたというのに。


「……僕も」

「ん?」

「僕も……ナイラのことを、仲間って思ってもいいのかな?」


 互いに助け合い。

 守り合い。

 必要とし合う。

 そんな存在だと――思っていいのだろうか。


「……愚問だな。私たちは仲間で家族だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 結局最後まで目を合わせることなく、ナイラは歩みを速める。

 これで、僕も一応、「流星団」の仲間になれたのだろう。


「……」

「……すう、すう……」


 背中から僅かに伝わる体温と息遣いが、妙に心地いい。

 思えば、僕がこうしているのはエルネのお陰だった。

 彼女が僕を連れ出し、変えてくれた。

 孤独に生きていた僕の、友達になってくれた。

 そして今は、同じギルドの仲間として。

 僕の傍に――いてくれている。


「……ありがとう、エルネ」


 エルネが眠っていることを確認し、ボソッと呟く。

 さて、グズグズしてはいられない……明日の対抗戦で全力を出すためにも、早く宿に戻って眠らなければ。

 僕はエルネをおぶり直し、早足で進む。

 背中の温もりを、噛みしめながら。


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