余興 002



「急遽決まったエキシビジョンマッチ! 前夜祭の予定を変更し、一対一の試合を執り行います! 裏で準備してたみなさんはごめ~んね!」


 流れるように時は進み、ナイラとユウリの対決が始まろうとしていた。

 特設ステージは解体され、コロシアムの中央に大きなスペースが出現する……安全に配慮するならパーティー会場ごと撤去するべきだが、余興の一環という性質上、この対応が限界なのだろう。


「本気で暴れるには少し手狭だね。周りにはランダル市民の方々がいるし、どうにも戦い難そうだ」

「今から負けた時の言い訳か? 課せられた状況で最善の戦いをするのが強者だろう」

「これは手痛い指摘だことで……あんまり生意気言ってると、ついうっかり殺しちゃうかもよ?」

「冗談でも笑えんな」

「冗談なんかじゃないさ。ウィグへの仕置きがお預けになってイライラしてるんだ……君で発散させてもらうから、精々壊れないでよね」

「同じセリフを返そう」


 ユウリの挑発を端的に受け流したナイラは、ゴキッと首を鳴らす。


「随分と余裕そうじゃないか、『豪傑のナイラ』……俺はね、君のことも気に食わないんだよ。十五歳の時に二つ名をもらったそうだけど、本当にそんな実力があるのかな? 君のとこのマスターが裏で手を回したんじゃない?」

「好きに勘ぐっていろ。私はお前を倒す、それだけだ」

「格好いいねー。そうやってクールぶってないと、中身が伴っていないのがバレちゃうのかな? ただの小娘だって思われたら困るもんね」

「……やけに突っかかるな。初対面のはずだが?」

「気に食わねえって言ったろ、クソガキが!」


 人当たりの良い笑顔を崩し、吠えるユウリ。


「若き天才だか何だか知らないが、どうして君みたいなガキが二つ名を持っていて俺が持っていない! Aランククエストをこなし、S級冒険者になった俺がどうして二つ名を得られない! どう考えても『魔女のアウレア』が何か仕組んだに決まっている! 君みたいに若くて綺麗な女の子を持ち上げれば、それだけギルドの注目度も上がるからね! そんな理不尽は許されないんだよ! 俺こそ二つ名持ちに相応しい!」

「……くだらん承認欲求に塗れた男だ。お前の弟であるウィグは心底目立つことを嫌っているというのに、バランスの悪い兄弟だな」

「ははっ。あの『無才』がどうやって目立つっていうのさ……また卑怯な手で明日の対抗戦を戦うつもりだろうけど、大観衆の前で通じるかな? それに、あんな無能を代表に据える時点で『流星団』のお株も知れるよ」

「私のことはいくら嫌ってもいいが……それ以上、仲間とギルドを馬鹿にするなよ」


 言って、ナイラは右の拳を握る。


「ウィグは無能などではない。あいつは流星団の代表に相応しい男だ……お前のような性根の腐った輩と違ってな」

「あの『無才』に何を期待してるのか知らないけど、あんまり調子に乗らない方がいい。所詮君たちは非公認のギルド、俺たち公認ギルドに歯向かおうってのがそもそもおかしいのさ」

「さっきからよく吠える……王国に尻尾を振る信念なき犬が。『流星団』は自由を掲げるギルドだ、何物にも屈しない」


 静かに左の拳を握るナイラ。

 両方の手に、力がこもる。


「両者やる気満々のようです! それではエキシビジョンマッチ、スタートー!」


 レジーナさんの合図を皮切りに。

 ユウリが、飛んだ。


「【竜巻ハーピー】!」


 風を自在に操るスキル、【竜巻】。

 風で全身を包んで宙を舞うことも、突風を起こして岩を砕くこともできるスキル……四年前に見た時よりも、数段洗練されている。


「消し飛べ! 《竜の羽ばたきテンペスト》!」


 コロシアム上空へと飛び去ったユウリが、地上に向け風を放つ。

 撃ち出された暴風は鋭く渦を巻き、ピンポイントにナイラ目掛けて落ちてきた。


「【怪力無双アギト】――《玄武甲殻ゲンブノカラ》」


 対するナイラは銀のオーラを纏って防御姿勢を取り、竜巻を受け止める。

 ナイラ自身にダメージはなさそうだが、上からの圧力で地面が罅割れ、足場が崩れていく。


「へー、正面から受け切るんだ……じゃあこれはどうかな? 《渦巻く波動タイフーン》!」


 両腕を真っすぐ上に掲げるユウリ。

 その動きに呼応して、ナイラの周囲に風の渦が発生する。

 数秒後、渦は崩れた地面ごと


「くっ……⁉」

「いくらオーラで守っていても衝撃がゼロになるわけじゃないんだろ? さあ、どれくらいの高さから落としたら死ぬのかな?」


 みるみるうちに上空へと連れ去れていくナイラ。

 あっという間に米粒ほどの大きさになってしまう。


「ちょ、ちょっとウィグさん⁉ あれまずくないですか⁉ いくらナイラさんでも、あんなに高いところから落ちたらただではすまないんじゃ……」


 怯えるように見上げながら、エルネは口元に手を当てる。

 あれがユウリの真骨頂……敵を空へ巻き上げ、ただ落下させるというシンプルな技。

 が、シンプル故に対策が難しい。


「落ちろ‼」


 ユウリが風を止める。

 同時に、ナイラの身体が自由落下を始めた。


「ウィグさん、ウィグさんってば!」

「ナイラを信じるんだろ? なら、黙って見てよう」


 エルネが焦るのも無理はない……普通の人間なら、スキルを使おうとも即死することは想像に難くない。

 だが、ナイラは普通の人間ではないのだ。

 国家戦力に数えられる二つ名を与えられた、「流星団」のエースである。


「すまんなウィグ! 《銀獅子齧咬シシノアギト》!」


 高速で落ちてくるナイラが、僕に一言謝りながらスキルを発動した。

 両腕のオーラが伸び、破壊音を響かせ地面を砕く。


「うわああああああ⁉」

「きゃああああああ‼」


 あまりの衝撃と粉塵に、観客たちが悲鳴を上げた。

 地が割れ、コロシアムが揺れる。


「……残念だったな。この程度では私は死なんぞ」


 土煙の晴れた先に、すり鉢状に穿たれた大穴が出現し。

 その中心で、銀髪の少女が微笑んでいた。


「改めてすまんな、ウィグ。ここまで地形を破壊してしまっては、明日の対抗戦までに修復するのは無理かもしれん」

「……別にいいよ」


 コロシアムの中央が甚大な被害を受けているが、まあ、なんとかなるだろう。


「落下の衝撃をスキルで相殺したのか……一歩間違えればオーラを放っている両腕が負荷に負けて消し飛ぶだろうに。器用にスキルを使えるらしいね」


 ユウリが上空からナイラを見下ろす。


「けど、そんなに器用なスキル操作が何度もできるかな? スキルの発動タイミングや力加減を少しでも間違えれば、君の身体だけでなく観客のみなさんまで危険に晒すことになる……対して俺は、何の苦労もなく君を空へ運べる。降参するなら今のうちだよ」


 ユウリの言う通り、先ほどのナイラの対処法は危険極まりない。

 上手くいってこれだけの大穴被害を生むのだ、二度目はないだろう。

 自身の安全と周囲への影響を鑑みれば、降参という選択をするのが妥当だ。


「どんなに強力なスキルを持ってようが、空中に放り出せば関係ない。浮遊系のスキルを持たない君は、どう足掻いたって俺には勝てないんだよ。わかったらさっさと降参することだね。『小娘が生意気言ってすみません、二つ名は荷が重すぎました。非公認ギルドの分際で調子に乗ってごめんなさい』って謝ったら、許してあげてもいいよ」


 遥か高みから嘲笑うユウリ。

 昔からああして人を見下すのが好きな兄だった……相手が弱者だと見るや、嘲り誹る人だった。

 だが。


「ふむ……嫌だな、断る」


 ナイラは、強い。

 二つ名を持っているとか、スキルが強力とか、そういう次元の話ではなく……仲間を想う彼女の心が、強いのだ。

 僕にも、ようやくそれがわかってきた。


「この勝負には必ず勝つ……『流星団』を馬鹿にし、ウィグを無能となじるお前の鼻を明かさねば、私の気が済まない」


 銀色のオーラがナイラを包む。

 その瞳は真っすぐユウリを捉えていた。


「戦闘続行ってことかな……俺はちゃんと警告したからね? 死んでも化けて出ないでくれよ」

「安心しろ。負けるのはお前だ」

「……あー、あったまきた。もう絶対殺す。殺さないと気が済まない。だって俺、君の死に顔を見ないと眠れそうにないよ」

「……簡単に殺すなどと口にしない方がいい」

「今更ビビっても遅いんだよ! 《渦巻く波動》!」


 ナイラの周囲に再び風が吹き始める。

 あの渦に捕まれば、為す術なく上空へと飛ばされて……


「《銀狼獣脚ギンロウノアシ》」


 突然、ナイラの姿が消える。

 オーラが両脚に集約し、駆け出す瞬間だけは辛うじて視認できた……つまり、消えたのではなく移動した?

 僕の予想を確かなものにするかのように、激しい土煙が舞う。

 その粉塵は一直線に大穴を登っていき――跳躍。

 数回の瞬きのうちに、ナイラは遥か上空へと跳んで見せたのだった。


「なっ⁉」

「私はな、軽々に人を殺そうとする人間が大嫌いなんだ」


 ユウリの背後を取ったナイラは、右の拳を固く握り込み。

 力一杯、殴りつける。


「性根を叩き直せ、ユウリ・レンスリー‼」

「ぐあああああああああああああああああああああああ⁉」


 ナイラの想いを乗せた拳が、対抗戦の狼煙を上げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る