対抗戦 001



「さーついにこの日がやってまいりました! 公認ギルド対抗戦、その皮切りとなる記念すべき第一戦目! みなさん、盛り上がる準備はできてますかー!」


 選手控室に聞こえてくる小気味良い実況。

 会場の熱気とは裏腹に、僕の頭は酷く冷静だった。


「前夜祭に引き続き司会進行兼実況はこの私、プリティーキュートに愛される、うさ耳バニーのレジーナがお送りいたしまーす!」


 やけに聞き覚えがあると思ったら、昨日と同じくレジーナさんが担当らしい……他人事ながら災難な人だ。

 これから行われる対決は、実に実況のし甲斐がないものになるだろうから。


「なお、対抗戦の模様は映像水晶によって国中に配信されまーす! この水晶はもちろん、王国軍第二師団副師団長、セナ・ローバさんからのご提供です! いやー、いつ見ても非常に便利なスキルですね! ローバさん、グッジョブ!」


 控室に浮いている水晶……王国お抱えのスキル、【写し世ミラーリング】によって作り出された映像水晶だ。

 親機が捉えた映像を、無数に存在する子機へ映し出すことができる便利なスキルである。


「さてさて、ここで本日の対戦カードを改めてご紹介しましょう! まずはみなさんご存じ『明星の鷹』! 言わずと知れた公認ギルド序列四位! 破竹の勢いで力をつける大注目ギルドです! 対するは、対抗戦史上初となる非公認ギルドからの参戦! 二つ名持ちを二名有する破天荒ギルド、『流星団』! 両ギルドの代表者による一対一のバトルです!」


 コロシアムが沸き、歓声が地鳴りのように響き渡る。

 どうやらそろそろ出番らしい……ベンチから立ち上がり、剣を定位置へ。


「この熱気は普通じゃないぞ、ランダル市民! それもそのはず、実はとんでもない下剋上が起きたのです! 昨日非公式に行われた前哨戦、『明星の鷹』ユウリ・レンスリー対『流星団』ナイラ・セザールの戦い……勝利したのは、なななんと『流星団』だったのです! さすがは二つ名持ち『豪傑のナイラ』! しかしなんと! 今日の代表は彼女ではないのだー!」


 控室を出て、誘導灯に従って競技場へと向かう。

 仄暗い通路を進むと、前方に眩い光が見えてきた。

 あそこをくぐれば。

 もう――後には引けない。


「聞いて驚いてください見て驚嘆してください! 今から登場するのは、『明星の鷹』を支えるレンスリー兄弟、その幻の四男坊! 彼の目が見据えるのは敵か味方か……父と兄に立ち向かい、見事勝利を手にすることはできるのか! ご紹介しましょう! 『流星団』代表、ウィグ・レンスリー!」


 光をくぐる。

 一気に視界が開け――割れんばかりの大歓声に包まれた。




 いいぞー!  やってやれ、四男!  やれやれー!

 昨日のねーちゃんみたいに活躍してくれよ!  『流星団』サイコー!

 俺はお前に賭けたんだからな!  兄貴をぶっ飛ばしてやれ!

 頑張れー!  負けるなー!  ヒューヒュー!  

 絶対負けんじゃねえぞ!  死ぬ気でやれよ!

 お前が勝ったら金持ちになれるんだ!  期待してるぜ! 




「……」


 意識しないようにしても、身体が震える。

 これが対抗戦。

 これが、ギルドを背負うということ。


「そ! し! て! 弟を倒すのは兄の務め! 数多の死線を乗り越えて、幾多の功績を携えて、二つ名を手に入れた炎の男! 調子に乗った非公認ギルドを叩き潰し、公認ギルドの威厳を見せられのか! 対抗戦初日から超大物の登場です! みなさん刮目しちゃってください! 『明星の鷹』代表、エド・レンスリー!」


 視線の先で炎が上がる。

 僕以上の歓声を受けながら、炎を纏った人影が動く。

 ここ数年の対抗戦で華々しい成績を残し、「明星の鷹」を序列四位まで引き上げた立役者。

 二つ名『業火』を持つ、灼熱の男。

 そして。


「久しぶりだな……ウィグ」


 僕の、兄だった人。


「……エド」

「……もう兄さんとは呼ばないか。それでいい。そうでなきゃ倒し甲斐がないさ……クククッ」


 不敵に笑うエド。

 胸部がはだけた衣装……彼の胸には、僕が付けた傷がまざまざと残っている。


「この傷が痛むたび、俺はお前を思い出したよ。忌々しい、まるで全てを悟り切ったようなお前の顔をな……あの時の目に比べたら、随分と丸くなったようじゃないか」

「……別に、そんなこともないよ」

「いや、あるね。俺にはわかる。実際にお前と相対し、その憎悪と怒りを向けられた俺だからわかるのさ……お前の目は死んでいた。同時に、お前の見る世界も死んでいた。今じゃどうだ、中々楽しそうに非公認ギルドで遊んでいるようじゃないか。

「っ――!」


 ――剣を抜く。


「たわけ‼」


 瞬間、アウレアの声で我に返った。

 すんでのところで軌道を逸らす……斬撃は空を切り、エドの背後の壁を傷つける。


「おーっと⁉ 試合はまだ始まっていないぞー! やり過ぎると失格になるから気を付けてくださいねー! リラックスリラックス!」


 レジーナさんが場を取り持ってくれた……昨日から苦労をかけっぱなしだ。


「そうだ、それでいい。お前が逆らえば、あの女は死ぬ。お前は言われた通りに動いていればいいんだよ、ウィグ」

「……」


 落ち着け。

 今は、まだ。


「さーさー気を取り直して! 不肖この私が開戦の合図をさせて頂きたいと思います! 会場にお越しの方々も映像水晶でご覧の方々も、手に汗握る戦いを期待しましょー! それでは『明星の鷹』対『流星団』、スタートです!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る