ランダルへ



 二日後。

 公認ギルド対抗戦に出場するためにランダルを目指す僕らは、木々生い茂る山中を歩いていた。


「んー、空気が美味しいですねー!」


 エルネの暢気過ぎる声が山道に響く。


「あまり気を抜くなよ、エルネ。もう少し進めば、そこから先はモンスターたちの縄張りだ。スライム種はもちろん、奥へ行けばパイソン種も出てくる」

「パイソン種って、おっきな蛇ですよね? 私、蛇大好きなんです」

「……そうか。いや、それならいいんだ」


 能天気な受け答えをするエルネに呆れたのか、ナイラはフルフルと首を振った。

 そんなナイラの背には、スヤスヤと寝息を立てる碧い髪の少女。


「……ねえ、ナイラ」

「なんだ、ウィグ」

「どうしてうちのマスターは、君の背中で居眠りこいてるわけ?」

「昨日の深酒が響いているらしい」

「僕も二日酔いが酷いんだけど、おんぶしてもらえたりする?」

「冗談は顔だけにしておけ」


 酷いカウンターを食らった。


「……それにしても、わざわざ山を越える必要あるの? 迂回路を通っても間に合うんじゃなかった?」

「間に合いはするが、ギリギリだ。道中トラブルがあれば破綻してしまう」

「あ、そ……」


 モンスター蔓延る山中を通る方がトラブルも多いはずだが、野暮なことは言うまい。

 ナイラさんの決定に従うまでだ。


「私は見ての通りマスターを背負っているから、有事の際はウィグ、お前が動いてくれ」

「君、用心棒としてついてきたんじゃないの? 本末転倒が過ぎるよ」

「マスターがお眠りになっているのだから仕方ないだろう。つべこべ言わず気を張っておけ」

「……委細承知」


 僕は緩めていた神経を張り直し、辺りに気を配る。


「あっ、そう言えばウィグさん」

「君たちのために周囲を警戒している僕の集中力を割いてまで聞くべき大事な用かい」

「もう、意地悪言わないでくださいよ。ウィグさんならお喋りしながらでも余裕でモンスターと戦えますって」

「真っ先にエルネを囮にしていいなら、できないこともないかな」

「蛇ちゃんに飲み込まれるなら本望ですねー」

「おっけー。じゃあエルネのことは助けないから自力で何とかして」

「嘘です嘘です、助けてください!」


 僕の背に回り込み、服にしがみつくエルネ。

 歩きづらいから是非やめてほしい。


「で、何か話があるの?」

「話というか、確認というか……ウィグさん、本当に『明星の鷹』と戦うんですか?」

「どういう意味?」

「だってウィグさん、『明星の鷹』のメンツを潰したままじゃないですか。お兄さんである『業火のエド』を倒しちゃって、マスターにも恥をかかせて……彼らに見つかれば報復される可能性があるんじゃないですか?」

「あー……」


 元はと言えば「明星の鷹」から距離を置くために旅を始めたのだし、普通にあり得る展開である。

 むしろその可能性を考えていなかった自分に驚きだ。


「対抗戦という一大行事が絡んでる以上、滅多なことはないと思いたいですけど……ランダルに着いたら一層警戒した方が良いと思います」

「うーん……」


 僕の中での復讐は終わったが、向こうには関係のない話だろう。

 対戦相手が僕だと知れれば、姑息な策を弄してくるかもしれない……面倒くさいな。

 あまり考えないようにしよう。

 何か起きたら対応すればいいだけだ。


「ま、気にし過ぎてもしょうがないし、気楽にいくさ」

「もう、人が心配してるのに……まあ、ウィグさんなら大丈夫だとは思いますけど、油断しないでくださいね?」

「少なくとも今の君よりは気を張ってるよ」


 僕は剣を抜き、エルネの背後に迫っていた小型のパイソンを両断する。


「ひっ⁉ いきなり攻撃しないでください!」

「いや、助けてあげたんじゃないか」

「一声かける時間くらいあったはずです! 私がビックリするのを楽しんでましたよね!」

「ハハハ、人聞きの悪い」


 楽しんでたけど(おい)。


「そんなことより、パイソンたちの縄張りに入っちゃったみたいだね……どうする、ナイラ」

「無論このまま進む。厄介なのは猛毒を持つキラーパイソンと、空を飛ぶドラゴンパイソンの二種だ。他はでかいだけの蛇に過ぎん」

「つまり?」

「全て倒せ」

「……仰せの通りに」


 剣を握り直し、次なる襲撃に備える。

 地を這い草木を分ける音。

 空を切る羽音。

 神経を尖らせ、目を瞑る。


「《天回てんかい》」


 木々を薙ぎ倒し、隠れているモンスターを一網打尽に。

 乱暴な駆除方法だが、正直これが一番速くて楽なのだ(疲れるけど)。


「もー! いきなり攻撃しないでって言ったばかりじゃないですか!」

「いいぞ、ウィグ。その調子でガンガン屠っていけ」

「いや……ちょっと休憩させて……」


 やいのやいのと言い合いながら、僕たちは山を登っていく。


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