強さ



「よし、今日はここで野営するとしよう」


 陽も沈み、多くのモンスターが活発になり出す頃……僕らは進む足を止め、野宿を敢行することにした。

 が。


「……ここでって言ったって、非常に寝づらそうなスペースだけど。草木生い茂りまくりだけど」

「文句を言うなと言いたいところだが、マスターもおられるしな。少しどかすか」


 周りにうっそうと茂る藪を眺めながら、ナイラが両手を広げる。


「【怪力無双アギト】!」


 白銀のオーラが伸展し、森を破壊していく。

 ほどなくして、辺りは更地と化した。


「これでいいだろう……夜の番はマスター以外の三人が交代で行う。異論はないな」

「あのー、私が見張りをしている時にモンスターが襲ってきたらどうすればいいですか?」


 戦闘向きのスキルを有していないエルネが、恐る恐る手を挙げる。


「その時はウィグを叩き起こせばいい」

「どうして僕なのさ。ナイラでもいいじゃないか」

「私は寝起きの機嫌が悪いのだ。殴られる覚悟があれば構わんぞ」

「……じゃあ僕でいいよ」


 その理論でいくと、見張りを交代する際にも機嫌が悪くなるのだろう……ナイラを起こす役はやりたくない。


「最初の番はウィグに任せる。次いで私、エルネの順だ」


 希望は儚くも打ち砕かれた。


「ここに来るまで派手に暴れたからな、滅多なことでは敵も襲ってこないはずだ。できるだけ自分一人の力で対処してくれよ、ウィグ」

「それは遠回しに起こすなって言ってる?」

「大抵の場合ならお前だけで何とかなるだろう。信頼だよ」

「便利な言葉だことで」


 僕はこれ見よがしに肩をすくめ、それから近くの倒木に腰かける。


「ま、みなさんの安全は守らせてもらいますよ。良い夢を」

「頼んだぞ。ではおやすみ」

「おやすみなさい、ウィグさん」


 二人は大きな欠伸をして、いそいそと寝袋に入っていった。

 片手をひらひらと振り、その姿を見守る。

 ……静寂。

 焚火がパチパチと小気味良い音を立て、薄ぼんやりと夜を照らしている。


「……」


 鞘を腰から外し、そっと木に立てかける。

 心安らぐとまではいかなくとも、こうして一人になれる時間は貴重だ。

 深く息を吸い、肺を膨らませる。


「……ふう」


 思えば、ここ数年はずっと山小屋に一人暮らしだった。

 それが何の因果か、旅をしてギルドに入ることになって……まるで普通の人間のような生活を送っている。


「……お笑い種だな、ほんと」


 四年前のあの日から、ただ剣だけを振っていた。

 一心不乱に、何かに取り憑かれたが如く。

 山にいたモンスターを狩りつくしたり。

 襲ってきた山賊を殺したり。

 有意義な時間だったとはとても言えない……かと言って、全てが無駄だったわけでもないのが面白い。

 少なくとも。

 今ここにいられるのは、僕が剣を手に取ったからだ。

 僕にしては珍しく、良い判断だったのだろう。

 「無才」の人間が戦いの場に身を置くなんて、正気の沙汰ではないけれど。

 それなりに上手くやれているのだろうか。


「仲間ね……」


 集団行動は苦手だ。

 一人の方が気楽でいい。

 だって。

 仲間なんてものがいたら――身動きが取れなくなるから。

 大切にしたり、慮ったり。

 優しくしたり、守ったり。

 必要のない枷が、増えてしまうから。


「それは枷などではないぞ、ウィグ」


 いきなり見透かされたようなセリフが飛んできたので、思わず顔を起こす。

 声のした方を見れば、一日中眠りこけていたアウレアが気持ちよさそうに背筋を伸ばしていた。


「……起きてたんですか、マスター」

「うむ。完璧に昼夜逆転しとるわ。ナイラの背中も意外と寝心地が良いと判明したし、しばらくはあのスタイルで旅をしたいものじゃ。カハハッ」


 長い碧髪を左右に振りながら腰を捻るアウレア。

 ストレッチの入念さから見て、今しがた起床したばかりらしい。


「……あの」

「ん? なんじゃ?」

「さっきの、まるで僕の心を見透かしたみたいなセリフは何だったんですか?」

「儂くらいの歳になれば、目を見れば大体のことはわかるもんじゃ……特にお主はわかりやすい」

「そうですか? 表情豊かな方じゃないと自覚してるんですけれど」

「目は誤魔化せんよ。お主のようにかしこぶりたがる奴は特にの」


 別に賢く見られたいから無表情なわけではないのだが……棘のある物言いである。


「ナイラとエルネを見つめるお主の目……葛藤、迷い、言い訳、詭弁、自己嫌悪……そんなところか」

「……」

「大方、二人を仲間だと思うと、守らなければならないという義務が生じるとでも思っとるんじゃろ。守り、阿り、慈しむ義務が……じゃから、それは枷などではないと助言してやったわけじゃ。儂優しい~」

「……枷じゃないなら、何だっていうんですか」


 ものの見事に心中を言い当てられ、拗ねた風に訊いてしまった僕に向けて、


「強さじゃよ」


 アウレアは優しく答えた。


「自分以外の誰かを思うことで、想うことで、人は強くなる。じゃからギルドが存在するんじゃ。互いに想い合う場としての」

「……仲間がいてもいなくても強さに変わりはないと思いますけれど」

「たわけ」


 コツンと、落ちていた枝で頭を叩かれる。


「強さは覚悟であり、覚悟とは生きる意味じゃ。生きる意味を持たぬ人間を強いとは言わん。失うものがない、憐れな浮浪者じゃ。お主にも思い当たる節があるのではないか?」

「……」

「何故生きているかと問われた時、答えに窮する者は強者か? 否。そやつにいくら力があろうと、儂は強いとは思えん。人生において何を為したいか覚悟を決め、意味を見出した人間こそ真の強者なのじゃ。そしてそのために仲間がいる……仲間を守りたい心が強さになり、覚悟を生み、生きる意味につながるのじゃ」


 生きる意味。

 僕が生きる意味。

 果たして、答えられるのだろうか。


「守る者を持て、ウィグ。それは決して枷などではない……お主の生きる意味を見つける手助けをしてくれる、頼もしい存在じゃ」

「……」

「それにの、仲間ってゆーのは助け合うもんなんじゃ。お主がピンチになった時に守ってくれるのも、また仲間だけなんじゃよ」


 僕が死にそうになったら、エルネは助けてくれるだろうか。

 僕が絶体絶命になったら、ナイラは助けてくれるだろうか。

 きっと……。


「儂らにはお主が必要じゃ。お主も、儂らを必要としてくれ。それがギルドじゃ」

「ギルド……」


 互いに想い合う場。

 ただ必要とされるだけではなく。

 僕も――みんなを必要としていいのだろうか。


「お主は良い奴じゃ。良い奴には仲間がつきものだと、相場は決まっておるからの」

「まだ知り合って日も浅いのに、随分断定的ですね」

「実際に。それで充分じゃ」

「……『無才』なりに努力しているから、真面目で良い奴ってことですか? そんな適当な……」

「エフォート」


 アウレアは僕の言葉を遮り、聞き馴染のない単語を口にする。


「えふぉ……何です?」

「お主の力のじゃ。天から与えられる才能スキルではなく、血の滲む努力でしか手に入らない能力……エフォートじゃよ」


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