指名 002



「嫌です」


 「流星団」の代表として公認ギルド対抗戦に出てくれと頼まれた僕は、一拍の猶予も置かずに答える。

 こういうのはキッパリ断るのが大事だ。

 なあなあで済ませちゃいけない。


「断るな。マスター命令じゃ」


 強権を発動された。

 取り付く島もない。


「いやでも、やっぱりおかしいですって。代表同士の一騎打ちならナイラがふさわしいんじゃないですか? と言うか、誰だって『豪傑のナイラ』が出場すると思いますって」

「はじめはそのつもりじゃったよ。ゲインかナイラのどちらかに出てもらう予定じゃったが、しかし考え直した。お主こそ適任だと判断したわけじゃ」


 もっともらしく頷くアウレア。


「もちろん、ナイラやゲインには次回以降の対抗戦で戦ってもらう。じゃが、一発目はお主に任せたい」

「どうしてですか? 僕なんか、昨日今日正式入団したばっかりなのに……」

「歴など関係ない。儂がそう判断した、根拠はそれだけじゃ」


 無茶苦茶な言い分である。


「……ナイラはそれでいいの? 『流星団』の顔っていったら君じゃないか。それに、王国の犬を直接倒せるチャンスだし」

「確かに私も戦いたいが、これから先いくらでも機会はある。それに、ウィグが出るなら文句はない。大手を振って賛成する」

「でも、ギルドのみんなは? 僕みたいな新参者がギルドを代表するなんて、良い気がしないんじゃない?」

「少しは不満も出るかもしれんが、マスターと私が認めているのだから問題はない。むしろここで断る方が問題だぞ、ウィグ」


 ナイラは眼光鋭く僕を見据える。


「昨日今日会ったばかりのマスターが、お前のことを認めてくださったんだ。その期待を無下にするというのなら、それはマスターへの背信。今この場で仕置きをする必要が出てくる」

「……わかりました」


 蛇に睨まれた蛙の気分だった。

 あるいは獅子に追われるうさぎか。

 首肯する以外に何ができる?


「では決まりじゃな。今回の対抗戦の代表はウィグに任せる」

「まあ、適度に頑張りますよ」

「適した度合いなどないわ、全力で挑め。そして『流星団』の名を轟かすのじゃ」

「善処します……」


 さて、なし崩し的にとんでもないことになった。

 もし負けでもしたらどんな仕打ちが待っているのか、戦々恐々である。


「肩肘張らずとも、お主の実力ならば心配はない。儂の《雷像ライジン》を五体同時に倒す力を持つ者など、そうはおらんからな」


 ありゃー正直ビビったわ、とアウレアは愉快そうに膝を打つ。


「だから不安そうな顔をするな。『流星団』の代表として、胸を張って戦うがよい……それでもなお気になるというなら、一つ良いことを教えてやろう」

「良いこと、ですか」

「そうじゃ。これを聞けば、お主もやる気を出すじゃろう」


 アウレアはたっぷりと間を取り、


「……今回の対戦相手は公認ギルド序列四位、『明星の鷹』じゃよ」


 意地悪い笑みを浮かべて、そう告げたのだった。


「……」

「レンスリ―という名を聞いてから薄々感じてはいたが、昨日ナイラから聞いたよ。お主、あのガウスの息子らしいの。しかも絶縁状態にあると……意趣返しにはピッタリの場じゃろ」

「……まあ、そうですかね」


 額に滲んだ汗を、バレないように拭き取る。


「お主とガウスとの間に何があったかは知らぬが、どうせガウスのガキが悪いに決まっとる。あのクソ生意気な若造に一泡吹かせてやろうじゃないか」

「……」

「おっと、すまんの。他人様の親をガキだの若造だの……じゃがまあ、事実だから許せ。あいつには年長者への敬意ってもんが足りん」

「別に気にしてないですよ。もう親でも何でもないですから」

「そうか。ならばなおのこと良い……儂はの、家族は仲良くあるべきとか、いずれ仲直りできるはずだとか甘ったれたことは言わん。お主には『流星団儂ら』がついておる、存分に暴れてやれ」


 公認ギルド対抗戦という一大イベントで「明星の鷹」を降す……確かに、ガウスにとって最大の屈辱となるだろう。

 だが、既に復讐を終えている身としては、あまりそのモチベーションも沸かなかった。

 相手が誰であろうと、どこのギルドだろうと関係ない。

 僕を認め、必要としてくれる人たちのために――戦おう。


「わかりました。ウィグ・レンスリー、必ず勝ってきます」

「うむ、任せた。信じておるぞ」


 力強く言い切り、アウレアはコーヒーを飲み干す。

 その素気なさの裏に僕への信頼があると感じるのは。

 些か、都合が良過ぎるというものだろうか。


「……それで、今回の対抗戦はいつどこで開催されるんですか?」


 対抗戦は全国を巡る興行のため、その開催場所と時期は毎回異なっている。

 大体は王都などの大都市で行われるが、辺境の森で開かれることもあるのだ。


「ああ、そのことなんじゃがな……あ、そこの者、コーヒーお代わりじゃ。砂糖爆盛で」


 お代わりを頼んでホクホク顔のアウレアは、仕切り直しとばかりに咳払いをした。


「それが、ちっとばかし遠方での……ランダルと聞いてわかるか?」

「えっと……確か、王都近くの街ですよね。対抗戦用のコロシアムがあるとかなんとか」

「そうじゃ。開催は一カ月後、ランダルまでの距離も丁度一カ月弱じゃ」

「つまり、そろそろ出発しなければならないと」

「そういうことになる……全く、非公認ギルドの都合など考えてくれん奴らじゃ。これだから役人は好かん。いきなり出場しろと言ってきたくせに準備期間がろくにないではないか」


 届いたコーヒーを冷ましながら、悪態をつくアウレア。


「まあ、不満は試合でぶつけますよ。じゃあ僕は明日にでもランダルに向かいますね」

「いや待て、明日は都合が悪い。儂も久しぶりにこっちでゆっくりしたいからの、二日後に発つとしよう」

「……もしかしなくても、あなたも一緒に行くんですか?」

「当たり前じゃろうが。マスターが見届けんでどうする」


 ってことは、アウレアと一カ月もの間二人旅をすることになるのか?

 普通に辞退したくなってきた。


「安心せい、ウィグよ。儂は生活力が皆無じゃからな、付き人を雇う予定じゃ……本当はメンバー全員で応援に行きたいところじゃが、今はギルドの建て直しに人員を割く方がいいじゃろう」

「……マスター、一ついいですか?」


 ふと、ナイラがしおらしく手を挙げ、会話に割り込んでくる。


「その、私も同行してよろしいでしょうか」

「お主が? なぜじゃ?」

「えっと……私がご一緒すれば付き人を雇う分の経費も浮きますし、それに何より、道中危険があれば即対処できます。ギルド潰しに狙われたばかりですし、しばらくは安全を考慮して行動するのが得策かと」

「ギルド潰しなんぞ、儂とウィグの二人で処理できるじゃろ」

「マスターのお手を煩わせるわけにはいきません! そうだろう、ウィグ!」


 急に大きな声を出さないでほしい、心臓に悪いから。


「僕はどっちでもいいんだけど、ナイラがいなくなったら建て直しの作業が滞るんじゃない?」

「それはその……あれだ、みなを信じる!」

「いや、ナイラがいないと指揮系統も崩れるし、信じるとかって問題じゃ……」

「お前はどちらでもいいと言ったな! ならば私はついていくぞ! マスターが心配だからだ! マスターが!」

「……儂、そんなに頼りないかの」


 ナイラに連呼され、小さく落ち込むアウレアだった。


「あのー、そしたら私も一緒に行きたいです」


 今の今まで食事に夢中だったエルネが、思い出したかのように口を挟む。


「私こそ、ここに残っても役に立ちませんし……ウィグさんの晴れ舞台を見逃すわけにはいきませんから」

「晴れ舞台って……そんな大仰な」

「大仰も大仰ですよ。公認ギルド対抗戦に出られるなんて、しかも『流星団』を代表して戦うなんて、一生モノの出来事じゃないですか。私がしっかり見届けますね」


 満足そうに口元を拭きながら、エルネはにっこりと微笑む。


「こんなに人数はいらないんじゃが……ま、賑やかな方がよいか。よし、ここにいる四人で向かうとしよう。出発は二日後の早朝! 以上解散!」


 これはまた、随分と賑やかな旅になりそうだ。


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