指名 001



「……」

「……ねえ」

「……」

「……おーい、エルネさーん」


 マスターアウレアに「流星団」の正式なメンバーとして認めてもらった翌日。

 いつものように安宿を出てギルドに向かう僕とエルネだったが、朝から彼女の様子がおかしい。

 元気過ぎてうるさい挨拶もないし。

 昨日何があったのか聞いて聞いて攻撃もない。

 今も黙って先を歩いている。


「……」

「あの、僕何かしましたっけ?」


 エルネが不機嫌なのは確かだろう。

 短い付き合いだが、それくらいはわかるようになった。


「……ウィグさん、確か目立ちたくないって言ってましたよね」

「ああ、言ったっけ」

「昨日の余興、目立ち過ぎにもほどがありますよね」

「そんなこともないと思うけど」

「じゃあどうして、ウィグさんと一緒に正式入団した私が全く祝われないんですか?」

「あー……」


 言われて思い返せば、昨日の宴会は僕を持ち上げる空気一色だったように思う。

 当事者からすれば有難迷惑もいいところだったのだが……まさかその件で怒られることになるとは。


「エルネはわかってくれると思うけど、僕だって嫌だったんだよ?」

「そんなこと言って、本当は悦に浸ってたんじゃないんですか? 『同期のエルネより目立ってやったぜ、グッフッフ』という顔をしてましたもん」

「そんな気持ち悪い笑い方はしたことない」

「『僕は目立ちたくない』なんて格好いいこと言っておいて、本当はみんなにチヤホヤされたかったんですね。ウィグさんの底が見えました」

「そこまで言われるようなことか……?」


 もしそうだとしたら、僕の底、浅過ぎるよ。

 大してあくどいこともしてないだろうに。


「みーんなにチヤホヤされちゃって。ナイラさんやニーナさん、他の女性陣にもモテモテで。鼻の下が伸びきって、地面についてましたよ」

「別にそんなつもりじゃ……」

「随分と楽しそうでしたけどねー。ほんと、あのウィグさんがあそこまで楽しそうにするなんて驚きでしたよ。いやー、人って変わるんですねー。主に可愛い女の子を前にすると」

「言い方に悪意と棘しかないな」


 ……もしかして、そっちを怒っているのか?

 僕がデレデレしてたと?


「やっぱり、マスターに認められたとなるとみなさんの反応も変わりましたよねー。『流星団』を救ったヒーローから、マスターお墨付きの英雄にランクアップですか。おみそれあそばせです」

「仮にそうだとして、エルネが不機嫌になる理由がわからないんだけど……」

「……鈍感人間」


 酷いことを言われた。

 真意はわからないけど、多分悪口だろう。


「ま、ウィグさんの強さが知れ渡るのは良いことですけどね。『無才』っていうだけで馬鹿にされたら堪ったもんじゃありませんから……そう考えると昨日の余興も悪くないですね。ウィグさん、ナイス!」

「感情が迷子になってないか?」


 朝っぱらから大変そうな娘である。

 一緒にいて飽きないとも言える。


「でも、ウィグさんの凄さに一番最初に気づいたのは私なんですからねっ。それは忘れないでくださいねっ」

「もちろんさ。一緒にいてくれて感謝してるよ」

「……酔ってない時に不意打ちは駄目ですよ……バカ」


 僕にしては素直に答えたのに、バカ呼ばわりされてしまった。

 やっぱり女の子と話すのは難しい(男もだけど)。

 再び黙ってしまったエルネについて歩いていると、


「二人ともおはよう」


 通りの向こうから、ナイラが声を掛けてきた。


「あれ、こんなところにいるの珍しいね。家は反対方向じゃなかった?」

「な、なぜ私の家の場所を知っている⁉ さてはつけてきたな!」

「いや、酔っぱらった君がペラペラ喋ってただけだけど……」

「嘘をつくな! 私がそんな前後不覚に陥るわけがなかろう!」


 滅茶苦茶陥りますよ、あなた。

 わかっていたことではあるが、ナイラさんは酔うと記憶を飛ばすタイプらしい(面倒くさい)。


「……まあいい。実は二人に用があってな、ここで待っていたんだ」

「僕とエルネに?」

「ああ。マスターがお呼びだ」

「マスターが? どうして?」

「知らんな。とにかくついてきてくれ」


 言って、ナイラは大通りをスタスタと歩いていく。


「……一体何なんでしょうね」

「さあ。見当もつかないよ」


 昨日の宴会で粗相でもしでかしたのだろうか。

 だとしたら入団早々印象が悪すぎる。

 せっかくそれなりに認めてもらったのに、一日も経たずに評価を落としたとは考えたくないが……。


「ここだ」


 ナイラの後を追うこと数分――良い感じに洒落た喫茶店へと辿り着いた。

 その良い感じな店内で、悪い感じに目立っている人物が一人。


「このコーヒークソ苦過ぎじゃろ! もっと甘いものを持ってこんか! 儂は生粋の甘党じゃぞ!」


 ……関わりたくない。

 碧い髪を振り乱し、店員にクソなクレームを入れている少女……もちろん、我らがマスターアウレアだった。


「落ち着いてください、マスター。マスターが頼まれたのはブラックコーヒーですから、苦くて当たり前です。付属の砂糖とミルクを入れないと」

「なんじゃ、そうなのか。いやーすまんすまん」


 ナイラの説明を受け、けろっと笑顔になるアウレア。

 この人もこの人で、感情のジェットコースターが激しいようだ。


「コーヒーを自分で注文することなどないからの、カハハッ。まあ、勘違いは誰にでもあることじゃから、許すがいい」


 とても勘違いした側の発言とは思えないが、あえて突っ込むまい。

 またぞろキレ始めたら、今度は雷が落ちるかもしれないし(物理的に)。


「そんなことよりもマスター、二人を連れてきました」

「おお、ご苦労じゃったなナイラ。では三人ともテキトーに座るがいい」


 アウレアに促され、僕らは恐る恐る席に着く。


「何をビビっとるんじゃ、お主ら。酒を酌み交わした仲じゃろうが」

「いやその、どうして呼び出されたのかわからないので……」

「いきなり取って食うわけないじゃろ。儂らはもう仲間なんじゃからな」


 場合によっては雷は落とすが、とアウレアは笑う。

 洒落になってないのでやめてほしい。


「それで、僕らに用っていうのは?」

「お主らと言うか、用があるのはウィグじゃな」

「僕ですか? ならどうしてエルネも?」

「エルネとは昨日まともに話せなかったからの。入団祝いじゃ、好きなものを頼むがよい。儂の奢りじゃ」

「本当ですか⁉ やったー!」


 無邪気にはしゃぐエルネ。

 一応そういう気配りもできる上司らしい……とても意外だ。


「さて、早速本題に入るとするかの」


 砂糖をこれでもかと入れたコーヒーを啜りながら(ジュース飲め)、アウレアが口を開く。


「お主、公認ギルド対抗戦は知っておるな?」

「まあ、さすがに」


 公認ギルド対抗戦。

 ドーラ王国に十二個存在する公認ギルド同士がしのぎを削る、国家主催の大会である。

 各ギルド総当たり戦、一年を通して国中で行われる催しだ。

 競い合う種目はさまざまで、対戦する二つのギルドのうち序列の高い方が対戦形式を決定する決まりになっている。


「対抗戦はその名の通り、公認ギルド同士が戦う大会じゃが……今年は儂ら『流星団』も出場することになったんじゃ」

「な……本当ですか、マスター」


 真っ先に驚きの声を挙げたのはナイラだった。

 エルネはメニューに夢中で聞いていない。

 僕はと言えば……あんまり驚いていなかった(興味なし)。


「本当も本当じゃ。王都に呼ばれたのもその件がメインじゃったからの……全く、片っ苦しい会議じゃったわ」

「……王国の犬どもの集まりに、私たちも参加しろと?」

「そうギラつくな、ナイラ。逆に言えば、合法的に犬どもを躾けられるチャンスとも捉えられる」

「……それもそうですね」


 アウレアになだめられ、ナイラは乗り出しかけた身を引っ込める。


「『豪傑のナイラ』と『星屑のゲイン』……二つ名持ちのメンバーが二人もおる非公認ギルドなど、そうはないからの。是非大会に参加し、新しい風を吹かせてくれとのことじゃ」


 新しい風、ね。

 大方、国主導で行っている賭博を盛り上げたいのだろう……対抗戦は全国から注目が集まる一大イベントであるが故に、想像もできない大金が動くのだ。


「お主の言いたいことはわかるぞ、ウィグ。近頃は対抗戦の成績もマンネリ化してきとるから、儂らをいいように使いたいんじゃろ。当て馬代わりになって金が集まれば儲けものじゃからな」

「……それがわかっているなら、わざわざ出てやる必要はないんじゃないですか? 非公認ギルドが出場するって話題性だけ利用されて、良い気分はしないでしょう」

「もちろん。だからこそ出るのじゃ」


 ニヤリと、アウレアの唇が歪む。


「儂らもこの大会を利用させてもらうんじゃよ。公認ギルドの当て馬が、圧倒的な力を見せつけて勝利する……これ以上の宣伝もなかろうて。上手くいけば一財産築けるしの。カハハハッ」

「そりゃ勝てればいいですけど……もし負けたら、普通に評判が下がるだけじゃ?」

「うむ。そのためにお主を呼んだんじゃ」

「はあ……」

「対抗戦では序列の高いギルドが自由に対戦内容を決められる。初出場の儂らは当然序列最下位じゃから、毎試合相手が種目を選べることになる……そして、今回儂らの対戦相手が指定してきたのは代表一人による個人戦じゃ」

「……」


 嫌な予感。

 そして往々にして、こういう予感は的中するものだ


「『流星団』の代表は、ウィグ・レンスリーに任せることにした。よろしくの」


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