ナイラ・セザール 003



「【怪力無双アギト】‼」


 眼前で下卑た笑みを浮かべる敵への怒りを、スキルに込める。

 【怪力無双】は銀色のオーラを纏う強化系のスキル……そのオーラの形と強度は、思うままに変化させることができる。


「《玄武甲殻ゲンブノカラ》!」


 オーラで全身を包み、硬度を最大に。


「何をしたか知らねえが、やっちまえ!」


 敵が雄たけびを上げ、突撃してくる。

 閃光が走り、地が割れ、炎が舞う。

 だが。

 どんなスキルも、この外殻を壊すことはできない。


「《銀獅子齧咬シシノアギト》!」


 オーラを伸ばし、今度はこちらが攻撃に転じる。

 両腕を振るい、四方にいる輩を殴り飛ばす。


「ぐああああああ⁉」

「ぎええええええ‼」


 一人、また一人と倒れていく「翡翠の涙」のメンバー。

 《玄武甲殻》にもオーラを割いている分、与えるダメージは落ちている……殺す寸前、意識を奪う程度で済んでいるはずだ。

 このまま全員を薙ぎ倒し、あとは。

 あとはあの、いけ好かない輩を、

 私の家族を傷つけた男を、

 この手で、

 ――殺す。


「――っちぃ」


 下唇を噛み、邪な考えを振り払う。

 冷静になれ……冷静に憤るんだ。

 ここであの男を殺してしまえば、私は兵器と変わらない。

 ナイラ・セザールは人間だ。

 力を持つ者として、責任を全うしなければ――


「殺し合いの最中に考え事ですか」


 不意に視界が黒く染まる。


「くっ!」

「あなたは確かにお強い……けれど、あまりに戦い方が愚直過ぎる。モンスター相手にはそれで充分かもしれませんが、対人ではそうもいきませんよ」

「この程度の目くらましで勝ったつもりか! お前らの攻撃は私に通用しない!」

「それはどうでしょうね……《暗煙の視界ブラック・アウト》」

「くそ!」


 目の前の靄を振り払おうと藻掻くが、一向に視界が晴れない……どうやら、ただの目くらましではないようだ。

 一切の光も刺激も届かない完全な暗闇のせいで、他の感覚器官までをも蝕まれる錯覚に陥る。


「あなたの視力は完全に奪いました。さあ、どう戦います?」

「……目など見えずとも、お前を倒すのに支障はない! 《銀獅子齧咬》!」


 目が見えていた時の情報を元に、オーラを伸ばす。

 が、地面を砕く感触はあれど、そこに人の気配はない。


「無駄ですよ、『豪傑のナイラ』。あなたはもう攻撃を当てることはできません」

「調子に乗るな! 狙えないというなら、狙わなければいいだけの話だ!」


 周囲を無差別に攻撃すれば、目が見えずとも関係ない。

 どんな搦め手を使われても、力でねじ伏せる!


「おっと、もし攻撃を続けるつもりなら用心した方がいい……あなたの近くに、まだお仲間が取り残されているかもしれませんよ」

「――っ!」


 怒りで膨張している脳内が、冷や水を打たれたように静まった。


「視力のない状態でスキルを使ったら、当然そんな最悪の事態も起き得るでしょう。大事な家族を殺してしまってもいいのですか?」

「……騙されんぞ。この辺りにはもうギルドのメンバーはいないはずだ」

「そう思うのなら、どうぞその両腕を振るってください。私は一向に困りませんので」


 クライアの言い分には無理がある。

 どう考えたって、この場に仲間がいる可能性は限りなく低い。

 だが。

 可能性は低いだけで、0パーセントではないのだ。

 もし、瀕死の誰かが瓦礫の下に埋もれたままで。

 助けを呼ぶこともできずにいるとしたら。

 私の手で、とどめを刺してしまうかもしれない。


「……」

「どうしました、『豪傑のナイラ』。私の忠告など無視して、さっさと攻撃を再開すればいい。ほら、早く。早く早く早く!」

「うるさいっ! 黙れっ!」


 暗闇の中で、クライアの不快な笑い声だけが響いてくる。

 本当なら今すぐにでも奴を叩きのめしたい。

 が、脳裏に刺さった針が私の動きを止めてしまう。

 もし、仲間がいたら。

 私の判断ミスで、家族を殺してしまったら。

 私は、一生自分を許せない。


「ははははっ! ああ、天国で見ていますか、ヘッジ! これこそ力の正しい使い方なのです! 回りくどい奇襲などせずとも、視界の一つでも奪ってしまえばあの小娘は使い物にならない!」

「黙れと言っている! 今すぐ口を閉じろ!」

「威勢だけは一人前ですね! なら、力づくで黙らせてみなさい! こんな風にね!」

「がはっ⁉」


 突如、腹部に鈍痛が駆け抜ける。

 胃液が駆けあがり、口内に嫌なにおいが充満する。


「そのオーラ、大した防御力ですが、決して無敵ではないでしょう。あなたが反撃してこないなら存分にやらせてもらいますよ。《暗礁の傷ブラック・リーフ》!」

「ぐぅ⁉」


 同じ部位にさらなる激痛……どうやら、極度に硬質化された物体で打撃されているらしい。

 直後、真っ暗な世界がグラッと揺れ、頭部へダメージがあったことを知覚する。


「致命傷を与えるのは無理そうですので、じわじわとなぶり殺して差し上げましょう。反撃してもいいのですよ? 自分の手で仲間を殺すリスクを背負えるというのならね」

「くっ……」


 防御に回しているオーラを下半身に集めてスピードを強化すれば、ここから離脱することはできるだろう……だがそんなことをすれば、ギルドを守る者がいなくなってしまう。

 クライアが二つ名持ちと遜色ない実力を持っている以上、今の『流星団』に奴を止められる者はいない。

 私が逃げるわけにはいかない。

 かと言って、反撃もできない。


「ははははっ! 二つ名持ちが聞いて呆れますねぇ! 仲間を殺すかもしれないと吹き込まれただけで、まるで赤子同然になるとは! やはりあなた方は弱い、弱過ぎる!」

「がはぁっ⁉」


 何も見えない暗闇で、ただひたすら痛みを与え続けられる。

 これじゃあ、昔と同じではないか。

 結局、私は何もできないのか。

 仲間を守ることも。

 仲間のために戦うことも。


「『豪傑のナイラ』……あなたには覚悟が足りない。仲間を犠牲にしてでも目的を為そうという覚悟がね。それこそ、私とあなたの力量の差ですよ!」

「……そんなものは、力とは言わない……私にとって何よりも大事なのは仲間だ――ぐっ⁉」


 足を取られ、地面に叩きつけられる感覚。

 敵前でこんな無様を晒しても、私は動けない。


「ああ、実に甘い! いるかもわからない仲間を想って動けなくなるなど、愚の骨頂! これでもあなたには期待していたのですが、とんだ見込み違いでしたよ! 『豪傑のナイラ』がただの小娘だったとはね! そんな弱者は、今ここで死になさい!」


 クライアの笑い声だけが脳内に反響する。

 奴の口車に乗せられて戦うことができないなんて、自分でも情けない。

 とんだお笑い種だ。

 けれど、それがわかっていてなお、私は戦えない。

 そして。

 このまま死ぬことになろうと、仲間を想う心を弱さとは思わない。

 それが、ナイラ・セザールなのだから。


「死ね! 《暗礁の傷》!」

「《斬波ざんぱ》」


 地面に伏す私の上で、衝撃音が鳴り響く。

 何かがぶつかり合う音……状況から考えて、クライアのスキルが弾かれたのか?

 そんなことができる者は、今この場にいないはず――



「あー……多分余計なお世話だろうけど、ピンチっぽかったから。邪魔ならすぐ帰るよ」



 遠くから、嫌々ながら聞き覚えのある声がする。

 それは、決してヒーローと認めたくはない、「無才」の剣士の声だった。


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