変化



「さて……」


 僕は状況を整理するために、一旦剣を鞘に収める。

 『流星団』が襲われたという情報を得て駆け出したエルネを追い、ギルドに着いたはいいものの……絶賛戦闘中とは思わなかった。

 それも、あの「豪傑のナイラ」が劣勢に見える形で。

 僕ことウィグ・レンスリーを嫌っているナイラにとって、この助太刀は屈辱だろうけれど……まあ、そこは一旦我慢してもらおう。


「レンスリ―……何しに来た……」

「君たちのギルドが襲撃されたって風の噂を聞いてさ……エルネが助けにいくって止まらなかったから、その付き合い」


 ちなみに当の本人であるエルネさんは、


『なんかやばそうな雰囲気なんで、ここはウィグさんに任せました! アデュー!』


 などと薄情な捨て台詞を残し(少し違ったかも?)、怪我人の方々を街へ運ぶ手伝いをしている。

 ので、僕一人での登場と相成ったのだった。


「……一応確認しておくけど、僕の手助けって必要だったりする?」

「……」


 戦いの邪魔をするなと怒られる可能性もあるので質問したのだが、答えは沈黙だった。

 気まずい。


「えっと……あの男が敵ってことでいいんだよね?」

「……『翡翠の涙』のマスターだ。奴がギルドを襲撃した」

「あー……」


 聞き覚えのある名前を頼りに記憶を検索する……確か、昨日ナイラを襲撃した男が所属していたギルドだったっけ?

 ということは、今回の騒動にはある種のお礼参りの意味も含まれているのだろう。

 もしそうだとすれば、僕にも責任の一端はある……のかもしれない。

 積極的に戦う理由はないと思っていたが、どうやら理由は存在するようだ。


「君にとっちゃ本意じゃないと思うけど、この戦い、僕も参加させてもらうよ」

「……」

「黙ってるってことは、消極的な肯定ってことでいいよね」


 僕は再び剣を構える。

 その様子を見ていた男――「翡翠の涙」のマスターが、不愉快そうに口を開いた。


「あなた、突然やってきて勝負に水を差すつもりですか? まずは名乗るのが礼儀というものでしょう」

「生憎山籠りが長かったもので、マナーに疎いんです。僕はウィグ・レンスリー……昨日、あなたのお仲間を殺した張本人ですよ」

「ほう、あなたがヘッジを……とてもそうは見えませんが、意外と戦えるみたいですねぇ」


 僕の軽い挑発を受け流しながら、男はニヤリと笑った。


「私の名前はクライア。ヘッジの無念を晴らすためにも、あなたには死んでもらいましょう」

「どうぞお手柔らかに」

「それは無理な相談というものです……《暗礁の傷ダーク・リーフ》!」


 クライアの手から黒いもやが発生し、一点に集約されていく。

 数秒もかからず、先ほどナイラを攻撃していた黒色の岩石のような物質が完成した。

 だが、今回は数が多い……軽く三十個はあるだろうか。


「さあ、無様に踊り狂って死になさい!」


 クライアの指揮に合わせ、大量の黒石が宙を舞う。

 そのうちのいくつかが、僕目掛けて飛んできた。


「《斬波ざんぱ》……っ」


 衝撃波で応戦するも、波状攻撃のように押し寄せる岩石の全てに対応はできない。

 粒子の形状と硬度を変えて自在に操るスキルだろうか……厄介だな。


「《飛来衝ひらいしょう》」


 飛んでくる岩を避けながら、クライア目掛けて斬撃を飛ばす。

 が、奴の周囲に浮かぶ黒石が盾となり、僕の攻撃を受け止めた。


「……先ほどから剣しか使っていませんが、あなたもしかして『無才』ですか?」


 一連の流れを見て、怪訝そうな顔をするクライア。


「それならばヘッジが負けたのも頷ける……彼の【締め縄バインド】はスキルを封じる能力でしたからね、そもそもスキルを持たないあなたとは相性が悪かったようだ。ですが、この私を倒すのは不可能と断言しましょう」

「そりゃまた、結構な余裕ですね」

「『無才』如きに後れを取るはずがないですから。多少は剣に覚えがあるようですが、所詮は無能のお遊び程度……すぐに殺して差し上げますよ」


 随分と舐められたものだが、まあ、「無才」に対する評価としては妥当ではある。


「……気を付けろ、レンスリー。奴は黒い靄に多様な能力を付与できる……私のように視界を奪われないよう注意しろ」


 よろよろと立ち上がりながら、ナイラが助言してくれた。

 どうやら、彼女は現在目が見えないらしい……それくらいのハンデ、ナイラにとっては問題なさそうだが。


「おや、まだ立ちますか、『豪傑のナイラ』。しかし、今のあなたに何ができるというのです?仲間が近くにいることが確定した以上、どう足掻いても動けないでしょうに」

「……黙れ。レンスリーは仲間などではない」

「ほう、そうでしたか。まあ、あなた方の交友関係に興味などありませんが……それでも、瓦礫の下には他の仲間が埋まっているかもしれませんよ?」

「ちぃっ……」


 ナイラはギリギリと歯を鳴らし、拳を震わせる。

 ……なるほどね。

 視界を奪われたナイラは、所在不明の仲間の身を案じて身動きが取れないというわけだ。

 もし万が一、崩れた瓦礫の下に誰かがいたら……そんな考えが頭を支配し、彼女の身体を縛り付けている。

 なんて仲間想いで。

 なんて――滑稽なんだろう。


「……」


 昔の僕なら、そう一蹴するだけだった。

 けれど。

 ナイラの激情に直に触れた身として――感じてしまう。

 わかってしまう。

 彼女が本心から仲間を大切にしているのだと。

 自身を人殺しの兵器ではないと断言し、血の通った人間だと宣言したナイラの心の拠り所……それこそが仲間なのだ。

 ギルドメンバーのことを家族と呼び、必死に守ろうとする信念。

 僕には到底、理解なんてできないけれど。

 でも。

 ほんの少し、その気持ちを理解してみたいと思ってしまった。

 エルネに友達呼ばわりされて、気でも触れたのだろうか……もしそうだとしたら、僕も随分俗っぽい。

 長いこと山籠もりをしていたくせに、浮世離れすらできていない自分が恥ずかしくもある。

 だが、それがどうして、嫌でもない。


「……」


 まあ、いろいろ考えることはあれど、まずは目の前の敵をどうにかしよう。

 僕は柄を握り直し、上段に振りかぶる。


「何かするつもりのようですね、『無才』の少年。あなたがいくら足掻いたところで、スキルを持つ私には絶対に敵わないと知りなさい」

「……確かに、あなたの能力はすこぶる厄介です。僕はまだ見ていないけれど、もっと強い力も隠しているに違いない……正直、あなたを倒すのはとても難しいと思っています」

「その通り。あなたが私に勝つ可能性など、万に一つも……」

「難しいのは、


 ああ、本当に。

 力を加減するのが――難しい。


「《絶一文字》」


 上段に構えた剣を、ただ愚直に振り下ろす。

 ただし、絶妙に手心を加えて。

 人間の身体を寸断しないよう。

 さりとて、防御をされないよう。

 本気を出さず、手を抜き過ぎず。

 あいつを――殺さないように。


「ぐっ――ぎぃやああああああああああああ⁉」


 斬撃は黒石の盾を切り裂き、クライア本体へと届いた。

 力のコントロールは上手くいったようで、奴の身体は切断されることなく後方へと吹き飛ぶ。


「ふう……」


 遠目で見る限り、意識を奪うことに成功したようだ……あれで死んでいたら、もう僕にはどうしようもできない(おい)。


「……レンスリー」


 ふと見れば、焦燥しきった表情のナイラが僕を見つめていた。

 目元を覆っていた黒い靄は消えたようで、しっかりと瞳と瞳がぶつかり合う。


「……あいつを、クライアを倒したのか」

「ああ、御覧の通りね。今回は殺してないから大丈夫だよ……多分」

「……なぜ、殺さなかったんだ」

「なぜって……」


 まさか殺さなかった理由を尋ねられるとは思わなかったので、一瞬答えに詰まる。

 このまま黙っていようかとも思ったけれど、ナイラの真剣な眼差しを受けたら、答えないわけにはいかない。


「……えっと、まあその、昨日君に言われたことを自分なりに考えてみてさ。確かに僕は人殺しの道具なんかじゃないし、楽な道を選んできたってのも耳が痛くて……それで、できるところから変えようと思ったんだよ」

「……」

「それに、あんまり君に嫌われたくないし」

「わ、私に?」

「美人に嫌われるってのは、意外と精神的ダメージが大きいからさ」


 それに。

 彼女は一度、僕のことを仲間だと言ってくれた。

 一瞬でご破算になったとはいえ、その事実は変わらない。

 だからまあ、若干ではあるが、彼女のことを憎からず思っているのかもしれなかった。

 なんて、わざわざ言葉にはしないけれど。


「……ふざけたことを言うな、ウィグ」


 ナイラは強めに僕の背中を叩き、そそくさと踵を返す。


「……あれ? 今ウィグって呼んだ?」

「いいからさっさと動くぞ! まずはクライアの拘束! その後、辺りに散らばっている雑兵どもを縛り上げる! 口より手を動かすんだ!」

「は、はあ……」


 なぜ高圧的に命令されているのかはわからないが、こうもきっぱり指示を出されたら従わざるを得ない。

 ナイラの後に続き、「翡翠の涙」のメンバーたちを拘束していく。


「……」

「……」

「……助けてくれて、ありがとう」


 小さなお礼の言葉が聞こえた気がしたけれど……きっと、僕の勘違いだろう。


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