ナイラ・セザール 002



「そんな……どうして……」


 私の後ろで、ニーナが膝から崩れ落ちる。

 異変に気付いた私たちは急いでギルドに向かい……目の前の光景を受け入れるしかなかった。

 城が崩れ、瓦礫と化している様。

 各所で燻った炎が戦闘の激しさを物語っている。

 一体何が――いや、決まっている。

 「翡翠の涙」が戦争を仕掛けてきたに違いない。


「くそ……」


 完全に私のミスだ。

 昨日の時点でみなにギルド潰しの件を伝えるべきだった……それを怠ったのは、揺るぎようもなく私の落ち度である。

 一体どの程度の被害が出た?

 負傷者は?

 そもそも怪我で済んでいるのか?

 もし、考え得る限り最悪の事態が起きていたとしたら、私はどうしたら……


「……だ、だれか」

「――っ! 大丈夫か!」


 呆然としていた私は、瓦礫の下から聞こえる声で我に返る。


「待ってろ、今助ける! 【怪力無双アギト】!」


 スキルを発動し、折り重なった瓦礫を弾き飛ばす。

 瓦礫の下には数人のメンバー……互いに助け合うように固まり、見たところ重傷は負っていないようだ。


「大丈夫か! 他に人は!」

「俺たち以外に二十人はいたと思う……面目ねえ、『流星団』の名折れだ……」

「もういい、喋るな! ニーナ、怪我人の手当てを!」

「わ、わかりました!」


 とにかく、一刻も早くみなを救出しなければ。

 時間は掛けていられない。


「《銀獅子齧咬シシノアギト》!」


 【怪力無双】によって生み出した銀のオーラを水平に引き延ばし、広範囲の瓦礫を一気に吹き飛ばす。

 力の調整を間違えれば危険だが、今はこれしかない。

 崩れた瓦礫だけを狙い、下敷きになっている仲間たちを救出する。


「動ける者は怪我人の手当てに回ってくれ! 重傷者は至急病院へ運ぶんだ! 街にいる仲間にも声を掛けろ! 私は襲撃者を追う!」


 一通り瓦礫をさらい、残りの救護活動は仲間に任せる。

 「翡翠の涙」がどこに行ったのかはわからないが、どんな手を使っても探し出して……




「追わずとも、私はここにますよ。『豪傑のナイラ』」




 そんなセリフと共に、原型を失った城壁の影から一人の男が顔を出した。

 パッと見は紳士的な印象を受ける初老の男……右目に片眼鏡をし、白髪を上品に後ろへ流している。


「……誰だお前は。『翡翠の涙』の関係者か」

「ええ。『翡翠の涙』のギルドマスター、クライアと申します。以後お見知りおきを、『豪傑のナイラ』」


 初老の男――クライアは丁寧にお辞儀をするが、そんな仕草に騙されるほど私は耄碌していなかった。


「……まさか、マスター自ら戦争を仕掛けにくるとはな。相応の覚悟はできているんだろうな?」

「覚悟と言うと、一体何の?」


 飄々とした態度のクライア。

 押さえようとしていた怒りが、一気に込み上げる。


「『流星団』に喧嘩を売って、ただで済むと思っているのか! お前は私の家族を襲った! 報いは受けてもらうぞ!」

「ははっ、元気のいいお嬢さんだ……情報通り、仲間のことがよっぽど大切とお見受けする」


 言いながら、クライアは口元の髭をピンとつまむ。


「まあ、あなたが大切に思うそこのクズどもは、守る価値すらない雑魚ばかりでしたがね……いやはや、非公認ギルドの星、『流星団』が聞いて呆れる。所詮は上辺だけ有名になった実力のないギルドということです。今日をもって、我々『翡翠の涙』がこの地域をもらい受けましょう」

「……言い残すことはそれだけか」


 まずは右の拳を握る。

 次いで、左の拳。


「……お前は今、私の家族を侮辱した。私の魂を愚弄した。その罪は大きいぞ」

「随分とお怒りのようですが、私もあなた方に仲間を殺されていますからね……ああ、ヘッジ。彼は姑息で狡賢く、それ故物事の本質を履き違えてしまった。人質を取るなどという回りくどいことはせず、こうして正面から力を見せつけるだけでいいのです。弱小ギルドを潰すには、それが一番手っ取り早い」

「言ってくれるな。そういう大口は、私やマスターを倒してからにしてもらおうか」

「もちろんそのつもりですよ。『魔女のアウレア』に『豪傑のナイラ』、そして『星屑のゲイン』……全員きっちりと潰してあげますから、ご安心を」

「それ以上しゃべるな……潰されるのはお前たちだ」


 マスターがいらっしゃらず、ゲインもいない今、このギルドを守れるのは私だけだ。

 私が守るしかない。


「そうですね、そろそろ始めましょう……【暗涙シャドウ】」


 突如、クライアの周囲に黒いもやが発生する。

 奴のスキルか……正体がわからない以上、迂闊に近づくわけにはいかない。


「人間は得体の知れないものに恐怖し、怯えるものです。だが恐れることはない……いずれはみな死ぬのだから。そうでしょう、


 一体誰に問いかけているんだ?

 奴の周りには誰も……


「《暗幕の向こうブラック・カーテン》!」


 靄が拡散する。

 黒い粒子が空間に薄く塗り広げられ、その向こうにいくつもの人影が現れた。


「くくく……【暗涙】によって生み出された靄は、さまざまな能力を持ちます。こうして人体を瞬間移動させることも可能というわけです」


 黒い靄自体に能力が複数存在する万能系のスキルか……厄介だ。

 数は十五……いや二十といったところか。

 恐らく全員、「翡翠の涙」のメンバーだろう。


「いくらあなたが二つ名持ちといえど、これだけの人数を相手にできますかねぇ」


 薄ら笑いを浮かべるクライアに同調し、周囲の男どもが声を上げる。


「あれが『豪傑のナイラ』か。まだガキじゃねえの」

「ぐへへ、俺様が可愛がってやるぜ」

「誰が殺すか賭けるか? 俺はマスターに五十万」

「マスター入れたら賭けにならねえだろうがよ! アホが!」

「つーか『流星団』ってこの程度でイキッてたのかよ。ウケるな」


 みな口々に言いたい放題喚いてくれている。

 その様相を見て――安心した。

 あそこにいるのは、正真正銘のクズばかり。

 ならば遠慮はいらない。

 存分に、叩きのめせる!


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