友達
無事にテライアへと戻ってきた僕は、一人トボトボと繁華街を歩いていた。
煌々と照る街灯に、途切れない人波。
すっかり日は暮れたが、この街はまだまだ眠らないようだ。
「あ、ウィグさ~ん。探しましたよ~」
遠くから僕の名を呼ぶ声が聞こえる。
ほどなくして、緑色の髪を上下に揺らしながらエルネが駆けてきた。
「もう、どうしてギルドに戻ってこなかったんですか? ナイラさんは何も話してくれないし……入団試験はどうなったんです?」
「……まあ、いろいろあってね」
僕は今しがた起きた出来事について、エルネに伝える。
入団試験には無事合格したこと。
そのあとで、ギルド潰しに襲われたこと。
そして。
その犯人を、殺したこと。
「……要は、入団試験はクリアしたけどギルドには入れないってことですか?」
「結果だけ見るとそうかな」
「そんなの不当じゃないですか。確かに人殺しは良くないですけど、先に襲ってきたのは『翡翠の涙』とかいうギルドなんですよね? 正当防衛ですよ」
「でも、ナイラの言い分もわかるからさ」
あの場面で、ヘッジを殺さずに無力化する方法はいくつかあった。
ただ、そのどれと比較しても、殺す方が楽だっただけだ。
だから僕はあいつを殺したし。
今になっても、それを悪だと思っていない。
しかし、殺人という選択をしたこと自体が、ナイラにとって憤りの対象なのだろう。
これはもう理屈がどうとか理論がどうとかいうステージの話ではないのだ。
感情……気持ちの問題である。
ナイラは僕の選択を嫌悪した。
それだけのことだ。
「確かに、僕は楽な道を選んだ……一つの罪悪感もなくね。それを許せないって言われたら、もうどうしようもないよ」
「……でも、しょうがないじゃないですか。向こうは殺す気できてたんですよね? 下手に手加減をして返り討ちにあったら、目も当てられませんよ」
「そこはほら、ナイラも意外と僕のことを評価してくれてたんじゃないかな……例え手心を加えても負けるはずがないって。もしそうなら嬉しいけどね」
「嬉しいって……結果嫌われてるじゃないですか」
正しいツッコミだった。
「とにかく私、ナイラさんに抗議してきます。人殺しは良くなかったかもしれないけど、ウィグさんは彼女を守ったんですから。その部分を蔑ろにするのは違うと思うんです」
「でもほら、いつぞや山賊を殺した時、エルネも驚いてたじゃないか。この人たちを殺したんですかって……やっぱり、僕が悪いんだよ」
「あれは驚いただけです。ウィグさんが良い人なのは知ってますし、別に気にしてません」
「……僕は良い人じゃないさ」
たまたまそう見えることがあるだけで。
僕の本質は――きっと悪。
「ギルドってもの自体、僕には合わないんだと思う。団体行動って聞くだけで鳥肌が立つし、みんな仲良くなんて反吐が出る。僕みたいな人種は、ギルドに必要ないよ」
「そんなことありません。ウィグさんは優しくて良い人です」
「いや、だから……」
「私がそう思ったから、それが正しいんです! だからもおからもありません!」
無茶苦茶な理屈だった。
まあ、エルネがそうやって思い込むのをやめさせるのは至難の業だし、言い合っても仕方ない。
「ならそういうことでいいけど……とりあえず、どこか飯でも食べに行こうか」
「はい! まずはお腹を満たして英気を養うんですね! それからギルドに突撃しましょう!」
「抗議はしないでいいって……いやほら、エルネともこれでお別れになるし、最後にご飯くらいは奢らせてよ」
「……はい? 何を言ってるんですか?」
エルネは実にわかりやすく首を傾げ、疑問を呈する。
「ナイラに聞いた話じゃ、エルネはほぼ確実に『流星団』に入団できるらしくてさ。そうなったら僕と一緒に行動する必要はなくなるだろ? その前に、今までの感謝を込めて美味しいものでも奢るよ……まあ柄じゃないのはわかってるけど、一応君には世話になったし、奢られっぱなしってのも格好悪いからね」
あそこのマスターがいつ帰って来るかは知らないが、近いうちにエルネは「流星団」の一員になる。
そうなれば、僕はお役御免だ。
元々、戦闘が苦手なエルネの用心棒としてテライアまでついてきたわけで……その役目が終わった今、彼女と一緒にいる理由はない。
「あのギルド、騒がしいけど良い人も多いだろうし、エルネならすぐ馴染めるよ。ああそう言えば、結局君のスキルを見られずじまいだったのが心残りかな……まあ、上手いことパーティーを組んで、たくさん依頼をこなしてくれ。僕はそうだな、どこか静かなところでも探して旅を……」
「ウィグさん‼」
突然、エルネが声を荒げる。
「……さっきから何を言っているんですか? どうして、もう今後一切会わないような口振りなんですか?」
「……そりゃ、そうだろ。エルネはギルドに入るんだから、僕と会う必要はなくなるじゃないか」
「私がギルドに入ったって、交友関係が変わるわけじゃありませんよ」
「……元々、この街に着くまでの関係だったろ?」
「最初はそうでしたけど、今は違いますよ」
ニコッと微笑むエルネ。
その表情を見ると、心のどこかが安心するような。
そんな錯覚に陥った気がした。
「……私、決めました」
「決めたって、何を?」
「『流星団』に入るの、やめます」
急にとんでもないことを言い始めやがった。
「ウィグさんと一緒にいられないなら、わざわざここのギルドに入る意味もないです……また二人で旅をして、どこか良さそうなギルドを見つけましょう」
「いや……それは違うだろ」
「どうして? 何が違うんですか?」
「どうしてって……エルネは『流星団』に入りたくてテライアまで来たんじゃないの? その目的を蹴るなんて、本末転倒もいいとこだよ」
「ウィグさんこそ忘れてませんか? 私、はじめは『明星の鷹』に入団しようとしてたんですよ? 別にギルドに拘りがあるわけじゃないんです。今回は縁がなかったと思って、次に行きましょう!」
「……やっぱりダメだよ」
その言い分では。
まるで、僕が理由みたいじゃないか。
「僕のせいでギルドに入らないなんて、意味がわからない……同情してるんなら、大丈夫。エルネは自分のことだけ考えてればいいんだよ」
「……四年間の山籠もりは伊達じゃないですね、ウィグさん」
言って、エルネは呆れたように肩をすくめた。
「わかりました。では、コミュニケーション能力が著しく低いあなたのために、わかりやすく言い換えましょう」
失礼な前置きをして。
エルネは、僕を指差す。
「私はあなたと、まだお別れしたくないんです。ギルドに入ることよりも、あなたといる方が大事なんです……だって私たち、友達でしょう?」
「……」
友達とか。
仲間とか。
家族とか。
恋人とか。
そんなものは、ただ関係性を表すだけの記号でしかない。
けれど――まあ。
面と向かって言われると、存外悪くないものかもしれなかった。
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