ギルド潰し 003



「へえ……じゃあお前、死んどけ」


 ヘッジがそう言い終わるのと同時に、僕の両脚に巻き付いていたロープが駆動する。

 数秒後には縄が首に到達し、頚椎を折られて死んでしまうだろう。

 だが。

 その数秒は、待ち望んでいた最大の好機でもあった。


「――っ」


 先ほどまでのヘッジは、僕の行動を監視し、妙な動きがあればナイラを殺そうと気を張っていた。

 けれど、今この瞬間。

 あいつの意識は、ウィグ・レンスリーを殺すことだけに集中している。

 どんなモンスターも、狩りの瞬間だけは獲物に集中するものだ。

 それは狩られる側にしてみれば絶望的な状況である。

 が――うさぎを狩るのに全力を出す獅子はそうはいない。

 ヘッジにとって、スキルを封じた僕は取るに足らない獲物で。

 そんな弱者が何をしても問題はないと、心のどこかで思っているはずなのだ。

 もちろん、百パーセントの保証があるわけではない。

 奴が油断をせず、僕の一挙手一投足に気を配り、ナイラを絞め殺す可能性だって存在する。

 だが、ここで避けるべきは僕が死ぬことだ。

 だから動いた。




 ――それに


 もしナイラが殺されても


 それはそれで


 仕方のないことである――




「《抜刀術――虚空》」


 鞘に収めている剣を一息で引き抜く剣技。

 下から上へと弧を描くように放つ高速の斬撃は、敵の思考反応速度を置き去りにする。


「あ――――――ぁ」


 ヘッジの身体が縦に割れ、断面から鮮血が噴き出た。

 あれで生きているはずもない……ほどなくして、僕を縛っていた縄が消滅する。


「……」


 見れば、ナイラに巻き付いていた縄も消えたようだ。

 苦しそうに片膝をついているが、無事に生きている。


「ナイラ、大丈夫……」

「殺したのか‼」


 心配して近寄ろうとした僕を、ナイラは血の滲むような瞳で睨みつけた。

 肩で息をしながら、その瞳を離そうとしない。


「えっと……」

「なぜ殺した‼」


 もしかしなくとも、自分に害なしてきた相手を殺されて、怒っているのか?

 一体どうして?


「その……僕も命が掛かってたしさ。それにナイラの命も……この場は殺すのが最善だよ」

「人殺しが最善であるはずがない‼」


 ナイラの激情は止まらない。

 気管支を締められて息苦しかったろうに、それでも叫ぶのをやめない。

 何が彼女を怒らせた?

 何が彼女を奮わせる?


「例え! 相手が人殺しだろうと! 私たちに牙を剥けようと! 人間を殺していい理由にはならない!」

「い、一旦落ち着いて……」

「私は冷静だ! 冷静に憤っている!」


 いつの間にか、ナイラは僕の胸ぐらを掴んでいた。

 吐息が掛かる距離まで、顔が接近する。


「スキルを持つ者には相応の責任がある! 人を殺してはいけないという責任だ! 私たちは簡単に無力な人間を殺せる! 何か嫌なことがあれば、気に食わないことがあれば、意に添わぬことがあれば、片手を振るうだけで相手を殺せる! だからこそ責任があるのだ! 越えてはならない一線があるのだ! お前はそれをわかっているのか、ウィグ・レンスリー!」

「僕は……」


 僕はスキルを持たない「無才」だよ、なんて、そんな言い訳が通じるはずもない。

 少なくとも、無力な一般人より力があることは確かなのだから。

 剣を一振りするだけで、人間を殺すことができるのだから。


「わからないなら教えてやる! お前は一線を越えたんだ! 恐らく、過去に何度も! お前にも言い分はあるだろう! 正当防衛を主張し、やらなければやられていたと反論する気持ちはわかる! だが、お前なら!」

「殺さずに……」

「そうだ! お前は楽な道を選んだ! 責任を放棄した! 止むに止まれぬ事情ではなく、ただ楽だから殺人を選んだんだ! お前ほどの力があれば、私のロープを斬ることもできたんじゃないのか? ヘッジに重傷を負わせ、出血多量で気絶させることもできたんじゃないのか? だがお前はそうしなかった……殺した方が楽だからだ!」

「……」

「楽な道を選ぶな! 責任を放棄するな! 考えることをやめるな! ただ力を振るうだけなら、‼」


 僕の胸に顔を預けながら。

 ナイラは――泣いていた。


「私たちは兵器じゃない……血の通った、生きている人間なんだよ。だからそんな顔をするな、レンスリー。人を殺しても何も感じないなんて顔をするな。それじゃあお前は、人殺しの道具じゃないか」

「……」


 道具。

 それは、父さんが僕ら息子たちに思っていたこと。

 僕は道具じゃない。

 だけど。

 人間でも、ないのかもしれない。


「……」

「……見苦しいところを見せたな、すまない。もちろん、助けてもらったことには感謝している。ありがとう」


 その謝辞の言葉は。

 酷く――他人行儀に聞こえた。


「なあ、ナイラ。僕は……」

「レンスリ―。お前のことを仲間と認めるわけにはいかない」

「……」

「人を殺しても何も感じないような奴を、私は仲間と思えない。家族と思えない。守ろうと思えない。すまないが、『流星団』に入るのは諦めてくれ……お前の力があれば、違うギルドでもやっていけるさ」


 せめて街までは送ろうと言って、ナイラは僕を置いて歩き出す。

 その背中に声を掛けるなんて。

 今の僕には、無理な話だった。


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