ギルド潰し 002



 ヘッジと名乗ったスキンヘッドの男は、縛られているナイラの真横で逆さ吊りになっている。

 ロープを操るスキルであることは明白だ……だが、ナイラが自力で拘束を解かないのが気にかかる。

 ロープで縛るだけではない、別の能力があるのか?


「……」

「おいおい、こっちは自己紹介したんだからそっちも名乗れよな? 育ちの悪いガキだぜ」


 ヘッジは細枝のような身体をくねらせ、不気味に笑う。


「それとも何か? お宅のナイラちゃんの首をへし折ってもいいってのか?」

「……ウィグ・レンスリー」

「そうそう、初めから素直に名乗ってりゃいいのよ……なあ、ウィグ」


 嫌に馴れ馴れしく、ヘッジは僕の名を呼んだ。


「不思議に思ってるだろうから教えてやるが、俺の【締め縄バインド】は縛った相手のスキルを封じることができるのさ。対人最強のスキルってわけだな、うんうん」


 それでナイラが身動きを取れずにいるわけか。

 スキルを使えなければ、彼女もただの女の子である……あの太さのロープを千切れるわけもない。

 疑問は解決したが、また別の疑問が沸いてくる。


「……どうして、わざわざ能力を教えたんですか?」

「あ? そんなの、俺の力に絶望する奴の顔を見るのが好きだからに決まってんだろ?」


 ヘッジが右手を振る。

 その動きに連動し、僕の両脚にロープが巻き付いた。


「……」

「へへへっ。どうだ、スキルを封じられた感想は? どんな強者だろうが、スキルを使えなきゃ肉塊と変わらねえ……たっぷりと恐怖に怯えるがいいさ」

「……」


 どうやら、僕が「無才」であることは気づかれていないらしい。

 強敵であるナイラを捕まえたことで気が緩んでいるのか、単に観察力が足りていないのか……とにかく、これは好都合だ。

 隙を見て剣さえ抜ければ、ロープを切断できる。


「……おっと、何かしてやろうって目だな。さっきも言ったが下手に動くなよ? この女の首に掛かった縄をちょいと捻れば、一瞬であの世に送れるんだからな」

「……何もしませんよ。それより、どうしてこんなことを? 強盗ってわけでもなさそうですし」

「もちろん、俺はそんなちんけな小悪党じゃねえ。つーか悪党じゃねえ。『翡翠の涙』は立派なギルドだからな……世のため人のために戦ってるのさ」

「この状況が世のためって言うなら、僕の知らない間に世間は残酷になったもんですね」

「へへへっ、おもしれ―ガキだ。この一部分だけを切りとりゃ、確かに俺は悪者だろうよ……だが、『豪傑のナイラ』を捕えることで、その先の目的を達成できるってわけだ」

「目的?」


 さっきから繰り返される「翡翠の涙」というのは、非公認ギルドの一つだろう。

 それも恐らく、犯罪に手を染めているタイプ。

 だが、ギルドがギルドに戦いを仕掛ける理由があるのか?

 スキルを持たない一般人相手に犯罪を働くならともかく……くそ、思考がまとまらない。

 苦しそうなナイラの顔が、視界の端にちらつく。


「俺たちのギルドもでかくなってきてな……もっと金を稼ぐ必要があるのよ。んで、手っ取り早くギルド潰しをしようってことになったのさ」

「ギルド潰し……?」

「今や国中に非公認ギルドが乱立している時代だ、仕事の取り合いも縄張り争いも増える……いい子ちゃんぶって話し合いで解決するより、目障りなギルドを潰した方が早いだろ?」

「……『流星団』と全面戦争をしようってわけですか」

「それは最終手段さ。マスターはそういう考えらしいが、俺は違う。もっとスマートにやらねえと」


 ヘッジは長い舌を出し、ナイラの脚を舐める。


「へへへ……こいつはなぁ、いわば保険だよ」

「保険……?」

「お宅らのマスター、『魔女のアウレア』に対する保険さ……あの化け物女は身内にすこぶる弱いからな。人質が何人かいりゃ、大人しく無血開城してくれるだろうよ」

「……そのために、ナイラを捕まえたと?」

「そういうこった。二つ名持ちのS級冒険者は人質として最適だからなぁ……おっと、だからって殺せねえわけじゃねえぜ? お前がそこから一歩でも動けばこいつを殺す……お宅らのギルドはメンバーの数が多いからな、人質には困らねえのよ」


 ナイラに人質としての価値があるなら殺しはしないと思ったが、先手を打たれたか。


「街の住人たちも、より強いギルドが幅を利かせてくれた方が助かるだろ? お宅らみたいな仲良しこよしのへなちょこギルドより、俺たち『翡翠の涙』の方がよっぽど世間の役に立つさ……大体、二つ名持ちが二人もいるなんて胡散臭すぎるぜ。俺たちみたいにヒンコーホーセーを心掛けてほしいもんだ」

「……あなたみたいな人が所属するギルドが正義の為に動くはずがない。ただ金がほしいだけでしょう」

「もちろんだ。それの何が悪い?」

「ぐぅ……」


 ナイラに巻き付いている縄が締まる。


「結果だけ見りゃ、お宅らの最高戦力の一人はあっさり捕まってるんだぜ? そんなクソ雑魚ギルドに守られるより、俺たちに金を払った方がマシだろうが。」

「……」


 確かに、ナイラは為す術なくヘッジに捉えられてしまった。

 だがそれは、彼女の落ち度ではない。

 僕のせいだ。

 頭上から迫ってきた攻撃に対し、対処を怠った。

 僕一人だけなら全く問題はない。

 でも。

 隣に、ナイラがいた。

 ナイラが僕を助けるために動くなんて想定外だったとはいえ……彼女はああして人質になっている。

 なら、この事態の責任は僕の怠慢にあって。

 その責任は取らないといけないだろう。


「……はぁ」


 だから嫌なんだ、仲間とか友達ってやつは。

 ナイラは僕の身代わりになったけれど、そんなこと、僕は頼んでいない。

 自分で何とかできると思ったし、実際何とでもなっただろう。

 ロープを斬れば済んだ話だ。

 仲間を想ってとか、仲間のためにとか……そんな感情は、ただの押し付けでしかない。

 あのワイバーンたちと同じである。


「……」


 自分を縛るしがらみは、少ない方がいい。

 他人を必要とすれば、それだけ重荷が増える。

 仲間なんて、その最たるものじゃないか。

 だから僕は他人を必要としないし。

 そんな僕は――誰からも必要とされないのだ。

 それでいい。

 それがいい。


「少し喋り過ぎたか……さて、ウィグ。俺はお前のことを知らねえが、果たして人質の価値はあるのかなぁ? まあ、『豪傑のナイラ』と行動を共にしているくらいだから、それなりに使えそうではあるが」

「……残念ですけど、僕は『流星団』のメンバーじゃないですよ。今は入団試験の帰りです。人質としての利用価値は皆無でしょうね」


 僕の返答を聞き。

 ヘッジは、唇を歪める。


「へえ……じゃあお前、死んどけ」


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