ギルド潰し 001
「流星団」の入団試験を終えた僕らは、一路テライアの街を目指していた。
深い森が陽の光を拒み、辺りは薄暗く陰っている。
「如何にもモンスターがいますよって感じの雰囲気だけど、ここ、来る時に通ってないよね?」
「ああ。行きは比較的安全なルートを通ったからな……お前ならこの近道を使って問題ないだろう」
「お高く見積もってもらってありがたいよ」
「自惚れるな。B級冒険者程度の力があれば、誰でも通る場所だ」
逆に言えば、それなりの実力がなければ危険ということでもある。
その程度には認めてもらえたらしい。
「この森、広いの?」
「全容は知らないが、かなりの大きさらしい……それがどうした?」
「いや、危ないならモンスターを狩り尽くせばいいのにって思ってさ」
「何を馬鹿げたことを言っている。無理に決まっているだろう」
「そう? 僕が前住んでた山は、安眠のためにモンスターを全滅させたけど」
「……話しているのがお前でなければ、寝言を言うなと一蹴するところだ」
ナイラはため息をつき、それから何とも言えない表情で僕を見る。
「……なあ、レンスリー。お前は、自分の力についてどう思う」
「どうって、どういう意味? 具体性に欠けるね」
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
頭を振り、今の会話をなかったことにするナイラ。
一体何を訊きたかったのだろうか……ずっと山にいたせいで、他人とのコミュニケーションにはまだ慣れていない。
……こうして山籠もりを理由にしたら、またエルネにからかわれるな。
自重しよう。
「ところで、ギルドマスターはいつ戻ってくるんだい? 君の話じゃ、マスターが戻るまで僕とエルネの進退はわからないらしいけど」
「マスターは所用で王都まで出向いてらっしゃるから、お戻りになるにはまだ時間が掛かる……それと、脅すようなことを言ったが、ドリアードに関しては十中八九入団できるはずだ」
「と言うと?」
「『来るもの拒まず』というのがマスターの方針でな。よっぽどの者でない限り、スキル持ちなら誰でも受け入れてしまうんだ」
「ふうん……じゃあ、エルネはほぼ入団が決まったようなものか」
となると、やはり問題は「無才」である僕の存在だったようだ。
「一応伝えておくと、エルネは戦闘用のスキルを持ってないらしいよ」
「別に構わんさ。誰もが危険な依頼をこなすわけでもない……戦闘以外で役立つスキルなら儲けものだしな」
「だったら『無才』を入れてもいいんじゃない?」
「お前レベルの者がごろごろいるならそうしてもよかったがな。大抵は農作業程度しかやったことのない腑抜けばかりだ……そもそも、『無才』が入団しにくるなど前代未聞だぞ」
言われてみればおかしいのは僕の方だった……まあ、スキルもないのにギルドに入ろうとするなんて、我ながら変人過ぎる。
「仲間が増えるのは良いことだ。ただ、節操なく数を増やせば、それだけギルドとしての体裁も保ちにくくなる。『無才』を引き入れたとなればなおさらな。だから、お前には力を示してもらう必要があった」
「そりゃそうだ……でも、僕が難易度Bのクエストをクリアしたなんて信じてもらえるのかな」
「他ならぬ私が証人である以上、文句を言う奴は誰もいないよ」
大した言い分だが、ギルドメンバーのナイラに対する反応を見た限り、この自信にも頷ける。
ギルドのトップはマスターだが、ナイラ自身の人望も厚いのだろう。
「まあ本当は、大口を叩いたお前が無様に敗走する様を肴に、仲間たちと酒でも飲みたいところだったんだがな。はははっ」
「性格悪っ」
今日一番の笑顔をこんなところで見せないでほしい。
「無論冗談だが……正直、お前を仲間と認める気はなかったよ。スキルを持たない人間がどうにかできるほど、ギルドの仕事は甘くないからな。親しくなってから死なれては寝覚めが悪い……なら、最初から仲間にならない方がお互いのためだと思ってな」
「そうやって聞くと、君に拒否されてたのも満更悪い気分じゃないね」
「私だって、そうそう人を嫌いになったりはしないさ」
「いきなりキスされても?」
「そ、そんな破廉恥な輩がこの世にいるはずなかろう!」
赤面するナイラだった。
この程度でダメなら、彼女の前では間違っても下ネタは言えないようだ。
「……とにかく、私がお前の力を保証すれば、マスターも認めてくださるだろう。そうなれば私たちは仲間だ」
「……仲間、ね」
「『流星団』の絆は強い。場合によっては、血の繋がりよりも」
「……」
「お前は家族と絶縁したというが、これからは私たちが家族だ……無論、マスターの許しがあればだがな」
「……それは良いね」
心にもないセリフが口から零れる。
実の父と兄にすら見捨てられた僕が、赤の他人と絆を結ぶ?
そんなの――できるわけがない。
できて精々、互いに利用し合うくらいだろう。
いざとなれば切り捨て、向こうからも切り捨てられる。
それが人間だ。
仲間や友人なんてものは、所詮わかりやすく関係性を表す記号でしかない。
本当の意味で心が通じ合うことなんて、ありはしないのだ。
「どうした、レンスリー。顔色が悪いぞ」
「……何でもないよ。さ、暗くなる前に戻ろ――」
この場を取り繕おうと早足になった瞬間。
頭上から、
その落下物に気づいていながら回避行動を取らなかったのは、僕の怠慢であり。
ギリギリまで引きつけてからでも対処ができるという、油断でもあった。
よって。
僕よりも危機管理意識の高いナイラが先に行動を起こしたのは、必然である。
「危ないっ‼」
ナイラは身体ごと僕を弾き飛ばし。
結果、その落下物に直撃した。
「ぐっ……」
僕の身代わりになったナイラの身体に、何かが巻き付いていく。
あれは……ロープか?
しめ縄のような形状をしたロープが上空から垂れ落ち、ナイラの華奢な体躯を締め上げる。
まるで意志を持つかのような動き……何らかのスキルに違いない。
「う……くう……」
縛り上げられ、苦しそうに呻くナイラ。
だが、どうしてスキルを発動しない?
彼女の【
「……」
考えていても仕方がない。
ナイラが動けないなら、剣で切断すれば――
「おっと、下手に動くんじゃねえぞ。一歩でも動けば、『豪傑のナイラ』の首をへし折るぜ」
どこからともなく、男の声が聞こえる。
数秒後……まるで蜘蛛がそうするように、ロープを伝って逆さに降りてくる人影が見えた。
「へへへっ。こうも上手くいくとはなぁ。『豪傑のナイラ』の弱点は仲間……大切なのは情報だぜ」
下卑た笑みを浮かべる、上下逆さまの男。
頭髪はなく、不気味なアクセサリーを顔中に付けている。
「俺の名前はヘッジ……『翡翠の涙』のメンバーだ。よろしくな、『流星団』」
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