襲来
「お~っはようございま~す!」
そんな陽気な挨拶と共に、部屋のドアが勢いよく開く。
緑色の瞳を爛々と輝かせた少女――エルネは、しかし僕の姿を見て固まってしまった。
「……あの、ウィグさん。宿の中で素振りをしないでって何回言ったらわかるんですか?」
時刻は早朝。
入団試験後にたらふく夕飯を食べ、テライアの外れにある安宿に泊まり、一夜が明けたばかりである。
「この前泊まった宿でも備品を壊してましたよね? 弁償するのは私なんですから、いい加減学習してください」
「……ごめん。外出るのめんどくさくて」
山小屋時代は数歩歩くだけで屋外に出られたが、普通の建物ではそうもいかない。
結果、室内で素振りをする物臭っぷりである。
ちなみに上裸だ。
何度か見られたことはあるが、未だに少し恥ずかしい。
「それにしても、よくもまあ毎日剣を振って飽きないものですよね」
「完全に習慣になっちゃたからね。それに、素振りをしてると余計なことを考えなくていいから楽なんだ」
「刃物を持つと落ち着くって、やばい人ですけどね」
「印象操作しないで」
軽く汗を拭き、剣を鞘に納める。
その様子をじっと見つめてくるエルネ。
「……なに?」
「いえ、相変わらず腹筋バキバキだなあと……男女問わず惚れ惚れする体つきだと思います」
「そんなこともないと思うけどな」
「筋肉フェチの私が言うのだから間違いありません。ウィグさんの腹筋は国宝級です。朝食に頂きたいくらいです」
「君の方がよっぽどやばい人だよ」
僕の腹筋をブレックファーストにしないでほしい。
狂人過ぎる。
「で、何か用?」
「ええ、一緒に朝ご飯でも食べたいなと思って。いつも別々に食べてましたけど、せっかくなら」
「……何がせっかくなのかわからないんだけど」
「何って、これからも旅を続ける記念のせっかくですよ」
エルネはウキウキ顔で言った。
その顔をされると、反論する気も起きなくなる。
「……わかったわかった。じゃあ街に出て何か食べよう。先に出てて」
「わっかりました~! 楽しみですね!」
言うが早いか、部屋を飛び出していくエルネ。
バタンッ! と大きな音を立てて戸が閉まる。
「……」
結局、僕はまだしばらくエルネと行動を共にすることにした。
そのために彼女が「流星団」を諦めるのは納得していないが、無理矢理押し切られた形である。
「友達、ね……」
僕はベッドの上に乱雑に脱いだ服を取り、外出の準備を進めた。
「いやー、中々美味でしたねぇ」
満足そうにお腹を擦りながら、鼻歌混じりにステップを踏むエルネ。
宿を出た僕らは街の中心部を目指し、手頃なレストランで朝食をとった……こんな朝っぱらから開いている店は少ないと思ったが、意外とそうでもない。
それなりに栄えているだけのことはある(上から目線)。
今は腹ごなしの散歩をしつつ、「流星団」の拠点に向かっているところだ。
「昨日も思いましたけど、この街の料理、結構レベル高いですよね」
「そうかな……正直、よくわからないけど」
「ウィグさん味オンチですもんね~」
「美味いのはわかるよ。ある一定以上の美味しさになると、みんな同じに感じちゃうだけ」
「幸せなタイプの馬鹿ってことですか」
「たたっ斬るぞ」
「流星団」を目指している理由は一つ、エルネの入団意志を取り消すためである。
入団が決まったわけでもないのに律儀過ぎると思ったが、本人が行くというので仕方ない。
僕はただついていくだけだ。
「ギルドで用事を済ませたら、次はお昼ご飯ですね」
「……まだ朝飯食べてから十分も経ってないよ」
「スキップしてたらお腹が空きました」
「そんな大食いキャラだったっけ?」
小食というわけでもないだろうが、そこまで食べるイメージもない。
見た目相応といった印象だ。
「ほら私って、今のところ活躍してないですから……せめて大食いでもして印象に残らないと」
「誰に対する何の配慮か知らないけど、別にそんなことしなくていいと思うよ」
「何を甘いことを言っているんですか、ウィグさん。この世は群雄割拠、大キャラ付け時代なんですから。設定を盛りに盛って損なことはないです」
「そうやって自分を見失うところまでがセットだな」
今の時点で充分キャラ濃いって。
これ以上くどくなられると僕が困る。
斬りたくなっちゃう。
「ウィグさんはギルドに用はないんですか?」
「僕? 別に何もないよ」
「直接的に訊きます。ナイラさんと話さなくていいんですか?」
「……今更話すことなんてないさ。僕はあの子に嫌われちゃったみたいだし、視界に入るだけで迷惑だろうしね」
「そこまで卑屈になる必要もないと思いますけど……それに、ナイラさんだって感謝してるはずですよ。命を救ってもらったんですから」
「だからって恩に着せるつもりもないよ。別れの挨拶をする間柄でもないし」
たかが数時間、行動を共にしただけである。
あと普通に気まずい。
同年代の女子に怒られたのは初めてなので、感情の整理がついていないのだ。
「まあ、ウィグさんがいいならいいことにしといてあげましょう。ナイーブな人ですもんね」
「僕のことを簡単に評そうとするな。もっと複雑で味のある人間だよ」
「自分で言ってて虚しくなりません?」
「まあ、多少」
なんて、取り留めのない会話をしながらギルドを目指していると、
「なあ、聞いたか? 『流星団』がギルド潰しに襲われたらしいぜ」
「ほんとかよ。この街には他にギルドはないし、助けも来ないんじゃないのか?」
「非公認ギルドの揉め事にゃ、軍は関わりたがらねえしな」
「街に被害が出なきゃノータッチだろ。あーあ、一体どうなるのかね」
すれ違い様、そんな会話が耳に入った。
「……ウィグさん、今の……」
「聞こえたよ。でも、僕らには関係ない……」
僕のセリフを待たず、エルネが駆け出した。
「……くそ」
数秒逡巡してから、彼女の後を追う。
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