流星団 002



「なあ、エルネ。あの子は誰なんだ? 有名なのか?」


 隣で目を丸くしているエルネに尋ねる。


「……ウィグさん、『豪傑のナイラ』を知らないんですか? ……って、そう言えばあなた、四年間引き籠ってたんですもんね」

「人聞きの悪い表現をするな。山籠もりだ」

「あそこにいるナイラさんは三年前、十五歳にして二つ名持ちになった超実力者なんです。ここ最近の『流星団』の躍進も、彼女の存在があってこそと聞いています」


 二つ名とは、輝かしい功績を挙げた冒険者に対して畏敬の念を込めて付けられるもの。

 それが次第に国中へ広まり、王国が正式に認めることで定着する。

 十五歳時点で二つ名持ちになったということは、つまり「覚醒の儀」を終えて一年以内に実力を認められたわけだ。

 一体どれほどの才能と力を持っているのか、見当もつかない。


「私はそんな大層な存在ではない……それよりお前たち、名前は?」


 眼光鋭くこちらを睨むナイラ。


「わ、私はエルネ・ドリアードと申します! こっちの目つきの悪い冴えない男の人はウィグ・レンスリーさんです!」


 緊張からか、僕の紹介の仕方が失礼極まっていた。


「レンスリー……?」


 ナイラの眉がピクッと動く。

 そうある名前でもないし、「明星の鷹」の関係者だと思われたのだろうか……父も一応は国家公認ギルドのマスターである以上、名前くらいは知られているはずだし。


「こちらのウィグさんは、『明星の鷹』のマスターの息子さんなんです! 目つきは悪いですが怪しい人じゃありません!」


 ナイラに睨まれて緊張したエルネが、訊かれてもいないことを口走りやがった。


「レンスリーの血縁だと?」


 それを聞いたナイラは大きく息を吸い、


「王国の犬が、一体なんの目的でここに来た!」


 激しく怒鳴った。

 どうやら彼女は、国家公認ギルドに並々ならぬ思い入れがあるらしい……それも負の方面で。


「ま、待ってください! ウィグさんはご家族と絶縁なさったので、今はただのプータローなんです!」

「さっきから絶妙に失礼だな、おい」

「だって、このままじゃ私たち殺されちゃいますよ!」

「大丈夫だよ。説明するから」


 僕は一旦深呼吸をし、こちらを見据えているナイラに向け釈明を始める。


「あー……エルネが言った通り、僕は『明星の鷹』とは一切関係ない。かれこれ四年も前に勘当されたからね……だから、王国の犬でもなければ何の手先でもないんだ。誓うよ」

「……確かに、『明星の鷹』のレンスリー兄弟は三人だったはずだな」


 ナイラは全身から放っている殺気を収めた。

 どうやら僕の話を信じてくれたらしい……一旦は。


「だが、お前たちを仲間と認められないのは変わらない。マスターがお戻りになるのを待っていてくれ」


 言いながら、ナイラは僕をじっと見つめる。

 まだ信用されていないのか?

 ……いや、違う。

 あの子が見ているのは、僕自身ではなく。

 腰に差してある、剣の方だ。


「……一応確認しておくが、お前、まさか『無才』じゃないだろうな」


 やっぱり気づかれるか。

 そりゃ、これだけ目立つ武器を携帯していたら誰だってわかる……こいつは、スキルを持たない凡人なのだと。

 故に、自衛のために剣を持っているのだと。


「その『まさか』だよ。僕はスキルを持ってない」

「ほう、潔く認めるか。なら、『無才』がギルドに入れないことも当然わかっているな? 事務なら足りているから、他を当たってくれ」


 ナイラの言うことはもっともである。

 ギルドの主な役割はモンスター退治……公認でも非公認でも、それは変わらない。

 スキルを持たない人間に、その役目を全うすることは不可能だ。

 まあ無理にこのギルドに入る理由もないし、歓迎されないなら身を引くのも……


「ウィグさんは『無才』ですけど、べらぼうに強いんです! ここにいる誰にも負けません!」


 僕が身を翻すより早く、エルネが声を上げる。

 ……つーか、何てことを言いやがった、こいつ。


「ほう……私よりもそこの男の方が強いと言いたいのか?」


 案の定、ナイラが反応する。


「それはやってみないとわかりませんが……少なくとも、ウィグさんは『業火のエド』を瞬殺しています」


 まるで自分事かのように誇らしげなエルネ。

 ただまあ、いくら言葉を重ねたところで、そんな荒唐無稽な話を信じる人はいないだろう。


「『無才』が二つ名持ちを倒したと? しかも『業火のエド』と言えば、まさにレンスリーの息子の一人じゃないか。兄弟同士で揉め事でも起こしたのか? そんな馬鹿げた話は信じられんな」


 明らかに怪しんだ表情で、ナイラは詰問する。

 エルネも負けじと一歩前に出た。


「いくら馬鹿げていても、私はこの目で見ました。ウィグさんは間違いなく最強です」

「いや、最強は言い過ぎだって……」

「世界最強の剣士です!」

「僕が言うのもなんだけど、嘘くさ過ぎるよ」


 こいつ、わざと僕を持ち上げているのか?

 どんな羞恥プレイだ。


「……いいだろう。それだけ大口を叩くなら、見せてもらおうか。最強の『無才』の実力とやらを」


 一連の流れをどう思ったのかは知らないが、ナイラは不敵な笑みを浮かべ、


「今から、お前の入団試験を行う!」


 高らかにそう宣言したのだった。


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