入団試験 001



 「無才」の入団を許可しないナイラと、食い下がるエルネの間で起きた一悶着。

 当事者である僕の意見などどこ吹く風……あれよあれよという間に段取りが組まれ、僕の入団試験が行われる運びとなった。

 テライアの街を出発し、険しい山岳地帯を目指す。

 目標はワイバーンの討伐。

 クエスト難易度B……試験にしては中々ハードである。

 中堅どころの冒険者が複数人必要なレベルの難しさと言えばわかりやすいだろうか。


「私たちのギルドであれだけの大見得を切ったんだ、これくらいはやってもらわないとな」


 山道を物ともせず歩く銀髪の少女が、得意気な顔で言った。

 「豪傑のナイラ」。

 試験の監視役として彼女が同行することになったのである。


「……」

「うだつの上がらない顔をしているな、レンスリー。怯えて引き返すなら今のうちだぞ」

「……この顔がデフォルトなもんでさ。年中無気力なんだ、基本的にね」

「ふん。減らない口だな」


 本当なら、こんな馬鹿げた入団テストを受ける義理もない。

 だが、大見得を切った張本人であるエルネが、


『ウィグさんなら余裕です! つーか失敗したらお笑い種ですね! きゃはははっ!』


 などとムカつくことを言っていたので(そこまでは言ってなかったっけ?)、見返す意味も込めての出陣である。


「……」


 それにしても、二つ名持ちがわざわざ試験監督をするなんて、よっぽど暇なのだろうか(失礼)。

 「無才」の相手なんて誰かに任せればいいものを、律儀な子である。


「……私の顔に何かついているのか」

「いや、別に。黙っていればただの美人なのにもったいないとか思ってないよ」

「思っていようがいまいが、口に出した時点で変わらないだろう」

「じゃあ訂正。美人だと思いました」

「ご機嫌取りはよせ。そんな嘘をついても意味はないぞ」


 嘘ではなく本心なのだが……どこかの誰かさんと違って、自分の容姿を誇っていないらしい。


「ここまで出向いてきたということは、『無才』ながらそれなりに戦える自信はあるのだろうが……先に言っておく。いかなる窮地に陥っても、私はお前を助けない」

「それは試験監督としてどうかと思うけどね」

「試験とは名ばかりだからな。私がお前を気に入るかどうかを試すだけだ……実力の伴わない大口は嫌いだ」

「僕は何も言ってないけど……まあ、適当にやらせてもらうさ」

「ワイバーンは凶暴なモンスターだ。死んでも知らんぞ」

「死んだらそれまでだよ」

「……食えない奴だ」


 僕の態度が気に食わないのだろうか、ナイラは歩みを速めた。


「……一つ訊きたいんだけど」

「なんだ?」

「どうして国家公認ギルドのことが嫌いなの?」


 僕が「明星の鷹」のマスターに関係があるとわかった時のナイラの反応。

 クールな振る舞いをする彼女が声を荒げたのが、少し気になる。

 もちろん、心の底から知りたいわけではないが。

 場を繋ぐ意味も込めての質問である。


「……お前には関係ない。二度と同じことを訊くな」


 予想通り、冷静な態度が崩れた。

 やはり並々ならぬ想いがあるらいい……これ以上突っつくと、藪から蛇どころではなさそうなので自重しよう。


「逆に訊くが、お前はどうして家族と絶縁したんだ?」


 意地悪の仕返しとばかりに、ナイラは唇を歪めた。


「ご存じの通り、僕はスキルを持っていないからね。そんな落ちこぼれの無能は、崇高なレンスリー家に必要ないんだってさ」

「ふん。それで一家離散か」

「いや、そこまで酷いことにはなってないけど」


 むしろ散ったのは僕だけだ。

 あの家族に、僕は必要ない。


「……」

「……ま、まあその、なんだ。今はあの明るい娘と一緒にいるし、楽しくやっているんじゃないか?」


 沈黙が気まずくなったのか、取り繕うように早口になるナイラ。

 意外と可愛いところもあるようだ。


「……ついでに訊くが」

「ん?」

「ドリアード、と言ったか? ……やはり、あの娘とは恋仲なのか?」

「……はい?」


 唐突に何を言い出すんだ、こいつは。

 しかも頬を赤らめながら。


「男女二人で旅をしているなんて、それ以外考えられないだろう……や、やることは結構やっているのか?」

「恥ずかしいなら質問しない方がいいんじゃない?」

「べ、別に恥ずかしくなどない! ただちょっと気になっただけだ!」


 赤ら顔で否定されても説得力がない。


「……もちろん、いろいろとやりまくりだよ」

「いろいろと⁉ やりまくり⁉」

「ああ。もし詳しく知りたいなら、事細かに具体的に、微に入り細を穿って描写してあげてもいいけど?」

「な、なんて破廉恥な! いくら恋人同士でも、やっていいことと悪いことがあるだろう!」

「最近だと、ワンちゃんプレイなんてのもしたっけ」

「ワ、ワンちゃんだと⁉ 人間の尊厳を何だと思っている!」


 大わらわだった。

 どうやら、ナイラはこういう系統の話が苦手らしい……だったら最初から訊くなよと言いたいが。

 興味はあれど免疫はないのだろう。

 思春期の女子か。


「冗談だよ、冗談。エルネとは何もない」

「……あまり人をからかうなよ」


 銀色の瞳が鈍く光る。

 視線だけで殺されそうだった。


「ふん、まあいい……それより気を引き締めろ、レンスリー。奴らの縄張りに入ったぞ」


 ナイラの見つめる先には、切り立った崖。

 その周りに、飛行する複数の影。

 いよいよ、入団試験の始まりらしい。


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