流星団 001


 危険覚悟で近道をした甲斐あって、十日後の朝方にはテライアに到着することができた。

 危険、とは言ったものの、実際そこまで厳しい道のりではなかったが。

 出会ったモンスターも低級なものばかりだったし、むしろ楽だったと言える。


「……私たち、生きてますよね?」


 が、軽快な足取りの僕とは対照的に、エルネは今にも死にそうな顔をしていた。


「心臓が動いていることを生きていると定義するなら、生きてるよ」

「……ウィグさん、どうしてそんなに余裕そうなんですか」

「余裕ってほどじゃないけど……別に、十日間徹夜で動いてたわけでもないし。これくらい普通だよ」

「体力お化け……」

「君はもう少し鍛えた方がいい」


 すっかり疲弊して猫背になっているエルネを置いて、僕はテライアの街中に踏み入る。


「人も店も多いし、結構栄えてるんだな」

「近くに大都市がいくつかありますからね……この街を拠点として活動する商人も多いのでしょう。『流星団』のお陰で周辺の安全も保たれてますし」

「で、その『流星団』ってのはどこにあるんだ?」

「私も詳しくは……歩いていればそのうち見つかりますよ」


 ようやく目的地に辿り着いたというのに、やる気のない奴だ。

 まあ、僕にはもう関係ないことである。


「じゃ、ギルド探し頑張って。無事に入団できることを祈ってるよ」

「え? ちょ、ちょっとウィグさん、どこに行く気ですか」


 足早に去ろうとする僕の肩をグイッと引くエルネ。


「どこって……軽く街でも見て回ろうかなって」

「観光ならあとからできますよ。今はギルドを探して、入団手続きをするのが先です」

「……もしかして、僕についてこいって言ってる?」

「もちろん。一緒に『流星団』に入るんですよね?」

「はい?」


 頭の中で疑問符が飛び交う。

 気分的には三十個ほど。


「どうして僕もギルドに入ることになってるのか、説明してもらってもいいかな」

「逆にどうして入団しないんですか? あれだけの力を持っているのに、もったいないですよ」

「……」


 混じりけのない瞳で見つめられ、言葉に窮する。

 ギルドに入らない理由……は、特にないのか?

 全く想定していなかったが、そういう選択もありなのだろうか。


「……でもほら、僕、スキル持ってないし」

「ウィグさんの剣術を見てケチをつけられる人なんていませんって。自信持ってください!」

「自信がどうこうじゃないけど……」


 四年前の記憶が蘇る。

 無能な「無才」は必要ないと追放された記憶。

 ……いや。

 僕はもう、過去に区切りをつけたじゃないか。

 ならば、に囚われるのはやめよう。


「……そうだな。丁度お金にも困ってるし、僕もギルドに入るよ」

「そうこなくっちゃです! ささ、行きましょ!」


 はしゃぐエルネを追って、僕は歩き出す。






 街の中心を経由して郊外へと向かった僕らは、無事に「流星団」の拠点を見つけることができた。

 嫌でも目に飛び込んできたという方が正確だが。

 王族の住む城を思わせる外観……無視したくてもできない存在感である。


「……派手だな」

「……派手ですね」

「ここであってるの?」

「看板は出てますし、間違いないと思いますけど……」


 つい数十秒前まではしゃいでいたエルネが尻込みする。


「まあ取って食われるわけでもないだろうし、とりあえず入ってみようか」

「はい……」


 僕らは慎重に歩みを進め、重厚な扉を開けた。


「……」


 目の前に広がったのは、巨大な酒場。

 いくつものテーブルと椅子が並べられ、所狭しと宴会が催されている。

 愉快な笑い声、軽快な音楽。

 外から見た雰囲気とは大違いのどんちゃん騒ぎっぷりだ。


「……ギルドってどこもこんな感じですよね。身構えて損しちゃいました。えっと、受付カウンターは……あそこですかね」


 エルネはほっと胸を撫で下ろしてから、人波を掻き分けて受付カウンターを目指す。

 僕も後についていくと、にこやかに微笑む女性が出迎えてくれた。


「ようこそ、『流星団』へ。ご依頼ですか?」

「あの……実は、こちらのギルドに入団したくて」


 若干緊張した面持ちで話すエルネ。

 対して、受付の女性は満面の笑みを浮かべ、


「入団希望ですね!」


 と、大声で叫んだ。


「なに? 入団希望だって?」

「お、あそこの二人組か……若いっていいよな」

「いいじゃんいいじゃん。また賑やかになるぜー」

「女の子の方は可愛らしいけど、男の方は目つき悪いわね」


 にわかに注目が集まる。

 近くに座っていた人たちが順々に立ち上がり、いつの間にか周囲を取り囲まれていた。


「仲間が増えるのはいいことだ! 今日は宴だぜ!」

「今日はじゃなくて、今日も、だろ?」

「え~なに~、この子超かわいいんですけど~。パーティー組んじゃおっかな~」

「この前メンバー変えたばかりじゃないか。節操ないぞ」

「とりあえず酒だ! みんな集まれ!」


 てんやわんやの見本市だ。

 僕とエルネは人波に押し流され、いつの間にか酒場の中央まで連れていかれていた。


「み、みなさん陽気な方たちですね……」

「陽気って言うか、ただの酔っ払い……」


 互いに満足に会話もできず、されるがままに揉みくちゃにされる。

 この騒動はいつまで続くのかと憂鬱になりかけていると、




「お前たち、いい加減にしろ!」




 その一声で、ギルド内が水を打ったように静まり返った。

 声のする方を見れば……二階に続く階段の踊り場に、女の子が立っている。

 腰まで伸びた美しい銀髪に、負けず劣らず輝く銀色の瞳……その容姿は、神々しいと表現しても何ら誇張はなかった。

 僕と同年代に見えるが、これだけの人数を一瞬で黙らせた以上、かなり地位がある人物なのだろう。


「入団の可否はマスターが判断する。マスターがいらっしゃらない今、その二人を仲間と認めることはできない」


 銀髪の少女は冷徹な声色で言った。


「す、すまねえ、ナイラ嬢」


 メンバーの一人が謝罪する。

 ナイラというのが、あの子の名前らしい。


「もしかして、『豪傑のナイラ』……?」


 不意に、エルネが呟く。

 目を見開いた驚きの表情から察するに、あの少女は相当な有名人なのだろう。

 「豪傑のナイラ」ね。

 ……どちら様?


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