旅の始まり 002



「ところで、エルネはどこに行こうとしてるんだっけ?」


 山賊たちを退け、道なき山中を進みながら、後ろを歩くエルネに尋ねる。


「あれ、言いませんでした?」

「聞いたかもしれないけど、忘れた」

「どれだけ私に興味ないんですか」

「君には興味ないけど、目的地には多少興味がでてきたよ」

「いっそ潔いですね……」


 呆れたように言うエルネ。


「……私が目指しているのはテライアという街です。そこを拠点にしている非公認ギルド、『流星団』に入りたくて」


 非公認ギルド……「明星の鷹」のような国家公認ギルドと違い、個人が経営している冒険者組織だったか。

 国の管理外にあるため、犯罪紛いのことをするギルドも多いと聞く。

 スキルを使って利益を得る集団……突き詰めれば、さっきの山賊と性質は変わらない。


「国家公認ギルドに入るのは難しいと、身をもって知りましたから……今まで籍を置いていたのも非公認ギルドでしたし」

「ふうん……まあ、入れるといいね。そのなんちゃら団ってやつに」

「なんちゃら団って……非公認とは言え、『流星団』はかなり力のあるギルドなんですよ? ご存知ないんですか?」

「こちとら、四年間も山籠もりしてたからさ。世俗には疎いんだ」

「すーぐ山暮らしを理由にして。ほとんどサルみたいなもんですね」

「いい度胸だな。喧嘩なら買うぞ」

「ウッキッキー! ウキウキ!」

「君の運命は今決定した。ここで死ね」


 僕は剣を引き抜く。

 慌てて距離を取るエルネ。


「いきなり危ないじゃないですか! 冗談通じない人種ですか! この鬼! 悪魔! 人でなし! 鬼畜! 悪霊! 悪鬼羅刹!」

「せめて二個くらいにしてくれ」


 そこまで言われる筋合いはない。

 僕は引き抜いた剣で藪を斬り、先へと進む。


「そもそも、力のあるギルドだったら入団するのは難しいんじゃない? 公認非公認に関わらずさ」

「それはまあ、やってみないことにはわかりませんので」

「ポジティブなんだな」

「いえ。ネガティブが嫌いなだけです」


 同じ意味に聞こえるが、本人的には違うニュアンスらしい。


「で、テライアの街まではあとどれくらいかかるんだ?」

「そうですね……大体二週間くらいでしょうか」

「……」


 どうやら先は長いようだ。

 目的地に着くまでエルネを斬らずにいられるか、僕の人間力が試される。


「一応、最短ルートを使えばもう少し早く着けますが、危険も多いです。ギルドの手が入っていない地域を通ることになるので」

「なんだ、近道があるならそっちにしよう」

「話聞いてました? 危険地帯を通らなきゃいけないんですよ? どんなモンスターがいるかも不明ですし、無謀過ぎます」

「死んだらそこまでだよ」

「私はそこまで覚悟が決まってません」


 もっともな主張だった。

 かと言って、無駄に時間を掛けるのも避けたいところだ(主に僕の自制心が心配で)。


「……エルネの安全は僕が保証するよ。だから大丈夫」


 とりあえず不安を取り除くような言葉を掛けてみる。

 もちろん、本心からの言葉ではない……いざとなれば彼女を置いて逃げることもあるだろう。

 が、そんなことを一々公言する必要はない。


「……ウィグさんがそうおっしゃるなら、わかりました。信じてますよ」


 エルネはこくりと頷いた。

 信じてますよ、ね。

 別に騙すつもりもないが、しかし簡単に信頼されても挨拶に困る。

 僕は決して、良い人間ではないのだから。

 気の良い奴でも、心優しき青年でもない。

 だが。

 エルネの屈託のない純粋な笑顔を見ると、あえて否定する気も起きなかった。

 良い人と思われて不都合があるわけでもないし、今はそっとしておこう。

 どうせそのうち、互いの化けの皮は剥がれるのだ。

 本当の意味で相手を信頼するなんて、できるはずがない。

 人間は、そんな風に作られていない。


「……まあ、適度に頑張るさ」


 そうお茶を濁して、僕は先を急いだ。


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