旅の始まり 001



 ドーラ王国には十二の国家公認ギルドが存在する。

 その名の通り国から認められたギルドのことで、その権限は軍にも匹敵すると言われている。

 故に、モンスター討伐以外の仕事……街の治安維持や暴徒の鎮圧など、公的な依頼も多く舞い込むのだ。

 そう、例えば。

 現在僕の目の前にいる山賊なんかを討伐するのも、国家公認ギルドの役目なのである。


「げへへへ。おい兄ちゃん、悪いことは言わねえから金目のものは置いてきな」


 まだ街二つ分しか離れていない以上、この辺りは「明星の鷹」の管轄内で間違いない。

 ……仕事しろよ、国家公認ギルド。

 思いっきり山賊がのさばってるじゃないか。

 山小屋の辺りにもよく出没していたし、全く治安維持ができていない。


「貧乏そうなガキだな……ま、とりあえず財布出せや」

「抵抗しようなんて思うなよ? 賢く生きようぜ」


 確認できる人数は五人……周りに伏兵がいる気配はないし、これで全員か。

 なら、特に問題はない。


「待ってくださいよ~。ウィグさ~ん」


 前言撤回、問題発生。

 だいぶ遅れて後をついてきていたエルネが、情けない声を上げながら近づいてくる。


「……あれ、この方たちは?」

「あれ、じゃなくて。少しは状況を見ようか」

「お友達ですか?」

「こんな柄の悪い友人はいないよ」

「そもそも友人がいないですもんね」

「斬るぞ」


 旅を始めて三日、すっかり舐められたものである。

 僕のことをスターとか言ってなかったっけ?


「……随分余裕そうじゃねえか。こりゃ、ちと痛い目を見た方がいいな」


 一際大柄な男が前に出て、僕らとの距離を詰めてくる。

 こちらの会話を挑発と捉えたらしい……そう思われても仕方ないが。


「あんまり山賊舐めんじゃねえぞ! 【岩男マントルマン】!」


 男は声高々に叫び、スキルを発動する。

 みるみるうちに男の身体が岩石で覆われていき、五メートル級の岩人間が誕生した。

 なるほど、岩を身体にまとわせる強化系のスキルらしい。

 モンスターで言えばゴーレム種と似たようなものだろう。


「ウィ、ウィグさん……」


 怯えた声で半歩下がるエルネ。

 聞けば、彼女の持つスキルは攻撃系ではなく、まともに戦闘することができないらしい。

 この三日間、スライム相手にすら戦っていなかったくらいだ。

 用心棒代わりに僕を連れ出そうとしたのも納得である。


「ぐははは! 俺の【岩男】はゴーレムと同じ強度を持っている! 並のスキルじゃ傷一つつかねえぜ!」

「はぁ……ゴーレムね」

「可愛げのねえ反応だな……よし決めた。お前のことは殺す! 女の方は中々上物だからな、あとでたっぷり可愛がってやるとするか」

「ひぃっ⁉ ちょっとウィグさん! 早く何とかしてください!」


 完全に僕の後ろに隠れたエルネが無責任に言った。

 まあ、ここで見捨てるのも後味が悪い。

 僕は剣の柄に右手を掛ける。


「……お前、剣を使うってことは『無才』か?」

「あなたには関係ないでしょう」

「ぐははは! まさかスキルもねえ野郎に抵抗されるとは思ってなかったぜ! 女の前で良い恰好したいのか知らねえが、今謝れば命だけは助けてやるよ。弱い者いじめは可哀想だからなぁ」

「……ちなみに、僕を殺すならどうやって殺すんです?」

「ああ? そうだな……この腕で捻り潰してやるよ」


 言いながら、男は巨腕を振り上げた。

 確かに、人間一人簡単に潰せる質量を持っていそうである。


「どうした? ビビって声も出ねえか?」

「……いえ、別に。ただ、本当にそんな腕で人を殺せるのか気になってしまって」

「生意気なガキだ。そこまで言うなら、とくとお見舞いしてやる! 《岩剛腕マントル・ノック》!」


 山賊は両の拳を握りしめ、勢いよく振り下ろす……が、その拳が僕に当たることはなかった。

 岩人間の両腕は意志を持たぬ自由落下を始め、ズシンと大地を震わせる。

 もちろん、肘から先を切断したからだ。


「……な、な、な、何しやがった‼ 俺の腕にぃ‼」

「腕だけじゃないですよ」


 既に五太刀。

 両腕、両膝、そして首。

 それぞれを、


「【岩男】ってのが死んだ後も話し続けられる能力なら、それ、あんまり意味ないですね」

「ば、ばかな――」


 断末魔を上げることもなく、崩れ落ちる岩石。

 ゴーレムと同じ強度、ね。

 生憎、あいつらは試し斬りの相手だった。


「嘘だろ……」


 仲間が倒されて呆然とする山賊たちに向け。

 僕は、剣を構える。


「《斬波ざんぱ》」


 高速で振り抜く、横一文字の太刀筋。

 極限まで研ぎ澄まされた斬撃は、空を切り裂く衝撃波を生む。


「ぎゃああああああ⁉」

「ぐあああああああ⁉」


 宙を舞う血飛沫。

 せっかく新調した服が汚れてしまった……またぞろエルネに服をねだるのも気が引けるし、そろそろ自力で金を稼ぐ必要がありそうだ。


「……ウィグさん」

「ん? ああ、服汚れちゃった? それは申し訳ないけど、まあ不可抗力ってことで」

「いえ、そんなことではなくて……」


 エルネが、何かを言いたそうにこちらを見つめてくる。


「……その人たちを、殺したんですか?」

「……」


 そこで気づく。

 彼女は、人間なのだと。

 僕なんかとは違う。

 優しい人間なのだと。


「……エルネ。僕はこれから先も、普通に人を殺すよ。積極的に殺しはしないけど、必要があれば躊躇わない。必要でなくとも躊躇しない。もしそれが嫌なら、今ここで別れよう」


 人を殺すことに、罪悪感など微塵もない。

 それは相手が山賊だからではなく……例え善良な一市民相手でも、僕は同じことを思うだろう。

 人を殺して、何が悪いと。

 父と兄を殺さなかったのは、その方が屈辱を与えられるからである

 決して情が沸いたわけではない。

 そんな人間らしい感情は。

 四年前に、捨ててきたのだから。


「……ウィグさんは、そんな人じゃないと思います。だから、まだ一緒にいさせてください」


 僕の言葉を聞いて、なお。

 エルネは、笑ってそう言ったのだった。


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