緑瞳の少女 002



 当然と言うかお約束と言うか、エルネの告げたお願いは額面通りの意味ではなかった。

 僕と恋仲になりたいわけではないらしい。

 期待はしなかったけど、ちょっと悲しかった。

 ほんとにちょっとだけ。


「先ほどは言葉が足らず、すみませんでした……」


 場所は移動して、近くのカフェ。

 落ち着いて話をしようということで、食事を取れる店に入ったのだ。


「いやまあ、別にいいんだけどさ……さっきも言ったけど、僕、お金持ってないよ?」

「それでしたら心配しないでください。話を聞いて頂く以上、ここは私が奢ります」


 ドンッと胸を叩くエルネ。

 ふくよかな弾力のせいで、違う意味の迫力がある。


「……で、付き合うってのはどういう意味?」


 僕は食前に運ばれてきたコーヒーを嗜みながら(水以外の液体を飲むのは久しぶりだ)、彼女の真意を尋ねた。


「えっとですね……実は私、根無し草でして」

「ふうん?」

「要は、旅をしながらギルドを渡り歩いているんです……この街に来たのも、『明星の鷹』に入るためでした」

「へえ……それで、あそこに入団できたの?」

「落ちました」


 ズンと、一気にエルネの顔が暗くなる。

 地雷を踏み抜いたようだ……普通に申し訳ない。


「国家公認ギルドの壁は高いなと落ち込んでいたところに、あなたがやってきたんです……ウィグさん」

「……」

「ギルドマスターとの話、聞こえちゃいました。息子さんなんですよね?」

「……過去形だよ。四年前に勘当されたしね」


 だから彼らは、赤の他人なのだ。

 便宜上続柄で呼称しているだけで、それ以上の意味はない。


「そこら辺の事情は正直わかりませんが……とにかく私にとって、あなたはスターなんです!」

「ス、スター?」

「『業火のエド』と言えば、ドーラ王国で知らない人はいない超有名人ですよ! その彼を一太刀で斬り捨てるなんて、スター以外の何物でもありません!」


 エルネはぐいっと身を乗り出し、興奮を伝えてくる。


「し! か! も! ウィグさん、スキルを持っていないそうじゃないですか! 『無才』が二つ名持ちを倒すなんて、大快挙ですよ大快挙!」

「ちょ、ちょっとエルネ……声が大きい……」

「こんなの、声も態度もでかくなるってもんじゃないですか! てやんでい!」

「いや、君の態度がでかくなるのはおかしいだろ」


 なんでそっちの方が偉そうなんだ。

 一通りはしゃいだエルネは、ふうと息を吐いて座り直す。


「……とまあ、私は感動したわけですよ。世界にはこんなに強い人がいるんだと、実際に目の当たりにしたわけですからね」

「……そこまで言われるほどのもんじゃないよ」

「『単純に、僕の方がエド兄さんより強かっただけさ』、でしたっけ?」

「馬鹿にしてるよね?」


 斬り捨てるぞ。

 今この場で。


「いやほんと、衝撃だったんですって……当事者にはわからないでしょうけど、外野は唖然でしたよ。絶句です」

「……」


 自覚はないが、確かに周りから見ればとんでもないことなのかもしれない。

 だからと言って、誇ることじゃないけれど。

 僕は自分の問題を解決しただけで、名声がほしいわけではないのだから。


「その強さを見込んでのお願いなんですよ、ウィグさん。根無し草の私は、また次のギルドを探して旅をしなければなりません。ですが、正直一人で旅をするのは厳しいものがありまして……そこで、あなたについてきてほしいんです。お願いします!」

「嫌だよ」

「ありがとうございます! あれだけの実力を持つウィグさんですから、きっと心優しい人なんだろうと思っていました……って、何でですか!」

「ノリツッコミが長いな。削れるところは削らないと」

「いやその、お笑いの師匠みたいなことを言われても困るんですけれど……」


 エルネは困惑した顔で僕を見る。

 さながら捨てられた子犬だ。


「私に付き合ってくれないですか?」

「普通に考えてメリットないし……逆に、どうして僕がついていくと思ったのか訊きたいくらいだよ」

「メリットはあるじゃないですか。私と一緒に旅ができるんですよ? この可愛い女の子と」


 目がマジである。

 そこまで自分に価値を見出しているのは、ある意味羨ましいが。


「旅ったって、僕は別に、今住んでるところから動くつもりもないしさ」

「そうなんですか? でも、同じところに留まっていたら『明星の鷹』の方々に襲われるリスクが上がりません?」

「……僕、襲われるの? なんで?」

「ギルドはメンツを大事にしますからね。やられっぱなしなんて噂が立てば仕事が減りますし……元凶となった相手を血祭りにあげようとしても、おかしくはありません」

「でも、僕が出ていくのを誰も止めなかったぜ」

「あの時点で即座に動ける人なんていませんよ……逆に言えば、事態が落ち着いたらウィグさんの捜索に打って出るでしょうね」


 エルネの言うことにも一理ある……のか?

 父や兄が僕に恨みを抱かないわけはないし、あの山小屋に戻るのは危険だろうか。


「てっきり、もうこの街を去るものだとばっかり思ってましたよ。それなら私がついていった方が嬉しいだろうなーと考えて、声を掛けたんです」

「その自信はいっそ見習いたいくらいだけど……うーん」


 ……旅、か。

 正直、悪くない選択だ。

 ここらで一つ、僕も前に進むべきだろう。

 復讐は終わった。

 あとは、行動するだけだ。


「……うん、わかった。エルネの忠告に従って、街は出ることにするよ」

「本当ですか?」

「丁度山籠もりにも飽きてきてたしね……ついてきたいなら、止めはしない」


 僕についてくるかどうかは、究極的に彼女次第である。

 こちらが止めても、無理くりこられたらどうしようもない。

 まさか斬り捨てるわけにもいかないし(そんなこともないか?)。


「もちろんお供しますとも! できれば私の行きたい方角に向かってくれるとありがたいです!」

「……」


 図々しい奴だ。

 まあ行く宛もないし、しばらく彼女に付き合うのもいいだろう。

 けど、その代わり。


「なあ、エルネ」

「なんでしょう、ウィグさん」

「服買って?」

「ヒモ男過ぎます!」


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