緑瞳の少女 001



「……」


 終わった。

 終わってみれば、これほど呆気ないものかと拍子抜けする。

 僕の四年間はこの一太刀のためにあったのだと思えば、少しは感傷に浸れるだろうか。


「……」


 エド兄さんとガウスのことは、あえて殺さなかった。

 自分たちが無能だと見下していた相手に敗北し、プライドを傷つけられたまま生きていく……それが一番の復讐になると思ったからである。

 殺してしまえば、それまでだ。

 痛みは一瞬でなくなってしまう。

 もう二度と会うことはないだろうが……僕と関係のないところで、精々苦しんでもらうとしよう。


「……我ながら性格悪いな、ほんと」


 ただまあ一つ言い訳をさせてもらえるなら、四年間孤独に生きてきた人間の心が歪んでいない方が珍しいだろう。

 友人もなく、恋人もなく、もちろん家族もなく……ひたすらに剣を振っていた僕に、聖人君主たれというのは無茶な注文だ。


「……被害者ぶるの、ダサ過ぎ」


 自分で自分に一喝する。

 思い返せば、僕は元々こんな人間だった。

 父のような功名心もなければ、兄のような自尊心もない。

 生まれながらに空っぽ……そんな奴だった。


「……これからどうしようかな」


 目下の心配はその一言に尽きる。

 復讐を終えてケジメをつければ、前に進めると思っていた。

 けれど、人生ってやつはそんなに優しいものじゃないようで……自分から望まない限り、同じ場所に停滞してしまう。

 さながら淀みのように。

 暗く濁って、渦巻いて。

 ぐるぐると、その場に留まり続ける。


「……」


 とりあえず、何か食べよう。

 長期にわたる山小屋生活でサバイバル能力は向上したけれど、人の作るご飯の方が美味しいのは明白である。

 それに服も新調したいところだ……去年買い出しに来て以来、ずっと同じ服を着回しているし。

 さすがにボロボロである。

 物持ちが良いと誇っておこう。

 貧乏とも言える。


「……」


 とりあえずの指針が立ったところでポケットをまさぐってみるが、金が見つからない。


「はあ……」


 買い物一つ満足にできないのか、僕は。

 まあ、今日のところは諦めて小屋に帰るか……




「あの……」




 背中を丸めて嘆息していた僕に、何者かが声を掛けてくる。

 緑色の髪と目をした少女……歳は僕より下だろう、顔立ちに幼さが残っている。

 そして当然、見覚えなどなかった。


「……何か?」


 自分にイライラしていた僕の声が不機嫌に聞こえたのだろう……少女はビクッと身体を震わせ、それからそそくさと姿勢を正す。


「えっと……その……」


 ビクビクと挙動不審なさまが、ある種の愛玩動物みたいで可愛らしい。

 不審者であることを差し引けば、だが。


「何か用? 特にないなら先を急いでるんだけど」


 このままビクつかれていても決まりが悪いので、僕はこの場を去る理由をでっち上げる。

 急ぐ先なんてないのに。

 見栄っ張りなのかもしれない。


「……私は、エルネ・ドリアードと言います」


 意を決したように、少女が口を開く。

 エルネ・ドリアード……やはり聞いたことのない名前だった。

 それとも、四年に及ぶ世捨て人生活のせいで忘れてしまっただけだろうか?

 物覚えがいい方ではないし(むしろすこぶる悪い)、その可能性は充分にある。

 首を捻っている僕に構わず、緑の髪の女の子――エルネは、さらに言葉を続けた。


「実は、『明星の鷹』での一部始終を見ていました。あの『業火のエド』を一撃で倒した剣技……見事です」

「……はあ。そりゃどうも」


 さっきのを見られていたのか……途端に恥ずかしさが込み上げてくる。

 そんな僕とは対照的に、エルネは目を爛々と輝かせた。


「そこで、一つお願いがありまして」

「お願い?」

「いきなりで不躾なのは承知ですが、是非とも聞いて頂きたいんです」

「まあ、聞くだけなら聞くよ。そのお願いってやつを」


 エルネは一呼吸おいて、


「私と、付き合ってください!」


 とんでもないお願いを口にしたのだった。


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