復讐 002




 俺のギルドの扉を破壊し、悠々とやってきた男。

 四年前より体格も大きくなって髪も伸びているが、間違いない。


「……ウィグ」


 「覚醒の儀」でスキルを発現しなかった、「無才」の四男。

 奴が、どうしてここに……。


「へえ……名前、まだ覚えてたんだ」

「……自惚れるなよ、出来損ないの無能が。お前の存在があまりに腹立たしいから、嫌でも覚えていただけだ」

「そう。まあ、別にどうでもいいんだけど」


 斜に構えやがって……本当に、どこまでも俺の神経を逆撫でする奴だ。


「今更何をしにきた。二度と顔を見せるなと言ったはずだぞ」

「僕もあなたたちの顔なんて見たくなかったさ。でも、ケジメは大切でしょ?」

「なんだと?」


 俺の訝し気な声を気にも留めず、ウィグは腰の剣を引き抜く。


「復讐って言葉がしっくりくるのかな、やっぱり……僕を捨てた家族への復讐。いや、もう家族じゃないか」

「……つまり、俺に歯向かうってことか? スキルのないお前が? そんな鉄屑一つで?」

「だからケジメさ。僕がこの先の人生を生きる上で、つけなくちゃならないんだ」


 真っすぐな瞳で、俺を見据えるウィグ。


「……笑わせるなよ、ガキが。俺にとっても、お前は既に息子でも何でもない。ギルドに仇なす敵だ……おい、エド」

「はい、父さん」

「そこにいる思い上がった無能を排除しろ。公認ギルドを襲ってきたんだ、殺しても構わん」

「仰せのままに」


 あの馬鹿にどんな勝算があるのかは知らないが、エドには関係ない。

 二つ名を持つ冒険者は国家戦力にも数えられる……悪いが、出来損ないのガキには死んでもらおう。

 そもそも、情けをかけたのが間違いだった。

 こんな風に馬鹿げた復讐を企てるくらいなら、いっそあの時殺しておけばよかったのだ。

 まあ四年越しにはなったが、こうして邪魔者を排除できてよかった。

 ガウス・レンスリーの輝かしい功績の中に、無能な息子の存在は必要ないからな。


「さあエド、遠慮はするな。お前にとっても、そいつはもう弟ではない」

「わかっていますよ、父さん」


 キザに微笑み、エドはその身から橙の炎を噴出する。

 いつ見ても素晴らしい……あの炎の前には、どんな小細工も通用しない。


「ってことで、ウィグ……いや、愚か者と呼ぼうか。お前にはここで死んでもらうよ。大人しく山に引きこもっていればよかったものを」

「相変わらずだね、エド兄さん。相手を舐めてかかるのは悪い癖だよ」

「俺の後ろを付いてくることしかできなかったガキが、生意気言いやがる。山籠もりくんは知らないだろうから教えとくが、『明星の鷹』は公認ギルド序列四位にまで上り詰めたんだよ。その立役者は、言わずともわかるよな?」

「エド兄さんが強いのは知ってるよ。そうじゃないと意味がないし」

「はっ、どこまでも生意気だな……そもそも、スキルを持たない『無才』のお前に何ができる? 一丁前に剣なんか構えているが、そんなものが俺に通用するはずないだろう? お前みたいな役立たずの無能にはお似合いかもしれないがな」

「御託はいいよ。さっさと始めよう」

「ああ、とっとと終わらそう」


 エドの纏う炎が強まる。

 ああして敵の挑発に乗ってしまうところは、あいつの弱点だな……今後直していかなければ。

 とりあえず、早いところあの目障りな無能を消してもらおう。


「死ね、愚か者! 【業火の息吹サラマンダー】‼」


 エドの放った火球は、ギルドを破壊しながら真っすぐ突き進む。

 全く、後先を考えない奴だ……まあいい。

 俺に歯向かった不届き者を殺すには丁度いい派手さだ。

 骨も灰も残らぬ業火に焼かれて、完全に俺の前からいなくなって――




「《斬波ざんぱ》」




 刹那、炎が割れる。

 火球は左右に分裂し、轟音と共に爆散した。


「なっ……おい、エド! 何をしている!」

「エド兄さんは何もしてないよ、父さん」


 その声に、背筋が凍る。

 見れば。

 床に伏しているのは、エドの方で。

 立っているのは――あの無能の方だった。


「殺してはいない……でも、早く手当てしないと出血多量で死ぬだろうね」


 奴の言う通り、倒れたエドの周りには大量の血が流れている。

 あのまま放置すれば、俺の息子道具がなくなってしまう。


「い、一体何をした! お前のような『無才』がエドに勝てるわけがない! さては毒でも盛っていたのか!」

「そんな卑怯なこと、わざわざしないしする必要もない……単純に、僕の方がエド兄さんより強かっただけさ」

「ふざけるな‼ この無能が、卑劣な手で‼ お前みたいなちっぽけなガキ、その気になればいくらでも……」

「父さん……いや、ガウス」


 俺の言葉を遮り、ウィグは言う。


「本当はあなたのことも斬ろうと思ってたけど、気が変わった……自分の息子を道具呼ばわりできるクズなんて、斬るまでもなく殺す価値すらない」


 あんたは無価値だ。

 そう言い残して、奴は去っていった。


「……」


 後に残ったのは、狼狽えるギルドメンバーと、泣き叫ぶ受付嬢。

 そして、死にかけの息子。

 これが俺の求めていたギルド?

 俺はただ、茫然と立ち尽くすしかなかった。


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