復讐 001



「お疲れ様です、マスター」

「今日もお早いですね、マスター」


 受付嬢たちの腰の低い挨拶。

 街の中でも選りすぐりの美女を集めた甲斐もあって、実に気分がいい。


「うむ。今日も一日、よく働いてくれ」


 片手を上げて応えながら、ギルドの二階へと上がっていく。

 酒場を含めたギルド全体を見渡せる位置にあるソファ。

 ここが、「明星の鷹」のギルドマスターである俺こと、ガウス・レンスリーの特等席だった。


「おはようございます、マスター。こちら、本日の予定になります」

「ご苦労」


 恭しく近づいてきた秘書から予定表を受け取り、もっともらしい顔で眺める。


「……ほう、エドが帰ってくるのか。良いタイミングだな」


 俺の自慢の息子の一人、長男のエド・レンスリー。

 あいつは「業火のエド」という二つ名を持ち、このギルドで誰よりも早くS級冒険者になった男である。

 エドの力があってこそ、「明星の鷹」は今の地位につけたと言ってもいい。

 もちろん、父である俺の才覚が優れているという前提条件はあるがな。


「はい。Aランククエストを見事達成されたそうです」

「そうか。まあ、あいつの実力なら当然だろう」


 これでまた一つ、俺のギルドに功績が加わったことになる。

 喜ばしいことだ。


「ユウリとジェラはどうしている?」

「お二人とも、それぞれAランククエストに挑戦中です。直に良いご報告ができるかと」

「ふむ。あいつらもエドを手本に育ってきたからな。当然か」


 次男、ユウリ。

 三男、ジェラ。

 まだまだエドには劣るが、あいつらも優秀な駒であることに変わりはない……特にユウリの方は中々使えるようになってきたからな、二つ名を得るのも秒読みだろう。

 今年の対抗戦で、俺のギルドはさらに上の序列を目指せる。


「……ふん」


 本当なら、使える駒は四つのはずだったのだが。

 あの忌々しい「無才」のせいで、俺の計画に多少の遅れが出たのは言うまでもない。

 実に嘆かわしいことだ。

 せめてもの情けで与えた山小屋に住み続けているらしいが……あんなところサッサと売っぱらって、どこか遠くへ消えればいいものを。

 俺への当てつけなのだとしたら、ふん、成功はしているな。

 こうして、思い出したくもない奴のことを考えてしまうのだから……


「エドさんが帰ってきたぞー!」


 眉間にしわを寄せていると、ギルドメンバーたちの歓声が耳に届く。

 どうやら、我が息子が帰還したらしい。

 入り口の扉が開き、向こうから見慣れた顔がやってくる。


「ただいま戻りました、父さん」

「うむ。滞りなく終わったか?」

「ええ、ご心配なく」


 爽やかな笑顔を浮かべながら、エドが答えた。

 受付嬢共がキャーキャー言っているのが気に食わんが……まあ良しとしよう。


「俺はしばらく公認ギルド会議でここを空けることになる。その間、しっかりとみなをまとめておいてくれ」

「承知しました」

「それと、あまり調子に乗り過ぎるなよ。お前はまだまだ上を目指せるんだからな」

「わかっていますとも。『明星の鷹』の序列を上げるため、日々鍛錬は怠りません」

「ならいいが。最近女遊びが派手だと聞いているぞ」

「はははっ。これは耳が痛いですね……ですが、今年は気合が入っていますよ。なあみんな!」


 おー! と、エドに合わせて雄叫びを上げるギルドメンバーたち。

 うむ、全て順調だ。

 優秀な息子たちに、頭一つ抜けた長男。

 美人な受付嬢と、そこそこ優秀なメンバー。

 俺の求める最高のギルドが、確実に近づいてきている。

 全ては俺の計画と才能のなせる技……我ながら笑いが止まらない。


「ガーハッハッハ――」




 ズズン




 突然、鈍い音が響く。

 ギルドの入り口――重い金属製の扉が破壊されたのだ。

 その向こうに、人影。


「だ、誰がやりやがった!」

「俺たちに喧嘩を売るったあ、良い度胸じゃねえか!」


 扉付近にいた者たちが、一斉に不審者へと飛び掛かる。

 が。


「ぐああああああ⁉」

「ぎゃあああああ‼」


 一瞬にして、十数人が吹き飛ばされた。


「ちっ、使えない奴らだ……最近流行りのギルド潰しか? ここが『明星の鷹』だと知っての狼藉だろうな」


 俺の呼びかけに答えぬまま、人影はゆっくりと前進し。

 その全容を明らかにした。



「久しぶり。父さん、エド兄さん」



 そこにいたのは。

 四年前に追放したはずの、「無才」の役立たずだった。



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