8話目 少年

「泣いてるの?」



金髪にサスペンダーを着ているものの、こちらから見て左頬は軽く腫れ、唇を切った

のか血が口元についていた。そして少しだけ濁った青色の目で、こちらを見つめる。


「………」

「?」


それがふと、自分に重なった気がした。傷だらけの顔。それがとても似ていて…

少年が首を傾げたのにハッとして、慌てて首を振る。


「ううん、大丈夫だよ。……僕は蓮。君は?」

「オレ…ラフノア。」


覇気のない声で答える少年。幼い子にこんな表情をさせるなんて…と

蓮は静かに怒りを覚えた。


「ラフノア…そっか。」

「大丈夫?」


ふとまた、同じ質問をラフノアが告げる。その言葉に両目の涙をぬぐい、

「大丈夫だよ」と安心させるように笑った。ラフノアは静かに頷く。


「ねぇラフノア、その…嫌じゃなければだけど、傷を見せてくれる?」


返答こそしないものの、ラフノアは少し歩み寄って来たので、

おそらく「OK」ということなのだろう。


頬は軽く腫れ、赤くなっている。口元に血がついた唇にはかさぶたがあった。

おそらくそこが切れて血が流れ、今現在かさぶたが出来ているのであろう。


「…ここに連れて来られた時、あばれたから」


ラフノアがぽつりとつぶやく。


「オレ、エルングランドから来たんだ。ここがどこがわからないけど」


ラフノアが拳をギュッと握りしめる。ラフノアいわく、彼自身はエルングランドで

そこそこ裕福な家庭にて生まれたとのこと。

そして従兄と双子の妹と共に商店街へ

行った時。


『良い目してんなクソガキ』

『!?』


自分の場合は二人だったが、ラフノアの場合は一人の男に、同じように口を手で

抑えられたそうだ。そして瞬く間に馬車へ乗せられ……今に至る。


「ラフノア、眩しいかもしれないから目を瞑ってて」

「え…」


傷元に手をかざす。一年前、パテピルスさんから「ここで暮らすなら使えるように」

と教えてもらった魔法。


傷元に手をかざし、リラックスして、手にゆっくり魔力をこめていく。

こめられた魔力に対し“癒したい”と命令を下す。そうすれば、治癒魔法の完成だ。


「……っ」


柔らかくも少し眩しく光る魔法に、ラフノアはキュッと目を瞑る。蓮は落ち着いた目

で傷元を見つめ、やがて傷元は小さく縮小していき、跡形もなく消え去った。


「すごい……」


蓮が手を遠ざければ光は消える。そこにそっと、ラフノアは手をあてる。

頬を触っても痛みはなく、唇を触っても痛みはなく。

自然にそう、言葉が漏れた。


「お兄さんは、魔法が使えるんだね」

「?」

「オレは、使えないから」


その言葉に、思わず首を傾げる。パテピルスは確か、魔法を使うための力・魔力は

誰もが生まれ持ってくるモノだと。心臓と一緒で、絶対に持っているモノだと。


「いとこの…オリヴィスが言ってたんだ。俺、ま力大きいんだって。オリヴィスはま法の知しきをいっぱい持ってるから、その時教えてもらった。―――大きいのは良いけど、俺じしんが使えないんだ」


それは何故、と聞く前にラフノアは檻に向かって行った。そして檻の隙間から手を

出し、軽く空気をはじくようなジェスチャーをした。


「―――――――え」


その瞬間、向かいの檻がキレイにへこんだのが見えた。驚く蓮に対し当の本人は

驚くこともせず、話を続けた。


「大きすぎるあまりからだ中、ものっすごいスピードでかけめぐってるんだって。ゆっくりだと、つまっちゃうから。でもすっごいスピードでめぐってるせいで、速すぎてま法を出せないんだ。ま力に命令を出して発動させる前にそのま力が流れて行っちゃうから。…その代わり、こうやってま法の代わりに大きな力を出せる。」


つまりラフノアにとっては物理=魔法になるのだろうか。グーパーと手を動かし

ながらラフノアはそう告げた。へこんだ物音で周りの檻から様々な声が聞こえる

ものの、あの男達が来る気配なし。


「…オレたち、どうなるんだろうね」


ふと、ラフノアが呟いた。


「ただオリヴィスといっしょに、兄弟といっしょに商店街へ行ってただけなんだ。それなのに、なんで……」


ラフノアの頬から涙が流れる。今まで無表情だったラフノア。治癒魔法を施した

とき、多少瞳が丸くなったぐらいだった彼。今までずっと我慢してきたのだろうか。


いたたまれなくなって、ふとラフノアを抱きしめた。16の自分より、まだまだ小さい

体。小さい体で家族から離され叩かれた心境はどんなものだろう。


元居た世界の自分と重なって、ギュッと優しく強く抱きしめる。

檻の中は静かに、小さい泣き声が聞こえていた。

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