7話目 いつもどおり
「オラァさっさと歩け!このクズが!!!!!!!!!」
教会で男二人に連れ去られ、馬車に引きずり込まれた後。
リュミリスと目が合った気がするものの、その後のことは覚えていない。
多分、気絶させられたのだろう。連れて行かれた先は金属の錆びた臭いが
とても強く、所々異臭のする悪環境だった。
そこでは攫われたであろう老若男女がムチを振り回されながら
いそいそと動きまわっている。
「おい、ソイツは?」
「上物だ。ヴィトゥナークの教会で見つけたんだがほら見てみろよこの髪。」
「青く光るんですぜ!さすがアニキ!!!!」
「ほぅ、キョトウの奴か?」
後ろ手に縛られ抵抗が出来ないようにされ自身も歩かされる。
所々箱状の檻が置いてあり、こちらをチラリと見ては興味なさげに
うつろな視線をどこか遠くへ移す人。
そしてその気力すらなく横たわる人や、まだ連れ去られたばかりなのか大声で泣き
叫ぶ人。その全てが、檻の中に入っていた。
この悪環境に、思わず目をそらしたくなるのは必然。しかしどこを見ても同じ風景。
逃げ場がない。その間に見張りのような男と会話をすませたのか、二人の男は自身を
連れてその部屋から通じる階段を上がっていった。
「おい、ソイツちゃんと持っておけよ。せっかくの上物だ。高く売れる」
「でもアニキ、こんなに上物ですぜ、売るのはもったいないんじゃ…」
「バカ、もったいない
でもそうだな…と男はうなる。
「コイツこのまま売るってーのも確かにもったいねーよな。…よし、お上に話を通してみよう」
「アニキ、一体何の話を?」
「お前にはまだ秘密だ。とりあえず連れて行くのが先だ」
そうして階段を何階分か上がったのち、連れて行かれた階は先程の悪環境と違い
少しだけ重厚感のある階だった。
「えーっと、この鍵の檻はっと…」
キョロキョロと―おそらく自分を入れる檻を―探しているのだろう男に連れて
行かれつつ、自身も少しだけ通っていく檻の中を見た。
下の階にあった箱状で無造作に置いてあった檻とは違い、この階の檻は壁に
はめこまれていた。そして中には金持ちそうな男や、その子供、貧しい服を
着つつも顔立ちの良い女が入っている。
「よし、ここだ。…おい入れろ」
男の声に従い、先程からその男をアニキと呼ぶ男によって、とうとう檻に入れられた。
少し無造作に…押されるように入れられたために足が床につっかえ、思わず倒れ込む。
「丁重に扱えバカ。傷がついたらどうすんだよ」
「へぇアニキ、すいやせん!」
それから男はわいわいと何やら話しつつ自身が入る檻から離れて行った。
「……」
声が出ない。どうしてこんなことに。ただいつもどおり過ごしていて…。
いつもどおりの時間に起き、パテピルスさんに挨拶をして、
掃除をして、他の修道士に連れて行かれるリュミリスを見送って…。
いつもどおりの日常を過ごしていた。そのはずだった。
「(そうだ、確か"あの日"も……)」
いつもどおり学校に行って、いつもどおり休み時間を過ごして、
いつもどおり勉強して帰って来た、あの日。
『蓮くん…あのね、お母さんはね……』
冷たくなった母親の傍で、自身の叔母が静かに"いつもどおりの日常"の閉幕を告げる
言葉を紡いだ。その叔母ももう、母親の後を追うように交通事故で亡くなった。
その頃からだ、自分に向けて父親が暴力をふるうようになったのは。
元々体の弱い母親をはけ口にしている父親だ、その興味がこちらに移っただけ。
いつもどおり過ごしていても、父親から何もされたことはなかったから、
「昔は優しかったのに…」なんてこと、あるわけもなく。
「……っ、」
自然と、涙があふれる。自由になれて、晴れて一年目。
『オレと出会って一年目だろ?二人で小さくお祝いしようぜ、今度!』
自分は一体どうなるのだろう。帰りたい、
殺されるのだろうか。…いや、あの男達の会話からしておそらくそれはないだろう。
ただ「売る」と言っていたから、売り先で殺されるかもしれない。―――怖い。
恐怖で、涙が止まることなく一滴二滴、あふれていく。
「―――――大丈夫?」
ふと声をかけられ、バッと顔をあげる。しかし目の前には檻。その向こうには
少し重厚で赤い絨毯の敷かれた道と向かいの檻だけだった。
後ろを見れば暗く陰になったところに人影が見える。
おずおずと出て来たのは、9歳ぐらいの少年だった。
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