2話目 暮らすことになりました

「けれど二年前、一人の冒険者が12のうちの一つを手にしたのです」



記憶喪失の(としか言いようがない)僕に、老人は世界と宗教、

国を教えてくれた。そして現在は魔法、それに準ずる魔法具についてを

一から丁寧に教えてくれている。


「数ある中でも伝説上の存在、12ある幻の魔法具。私達はそれを“黄道”と呼びます。[手にしたの者は黄金の道を進む]…すなわち、莫大な力を手に入れるということです。」


星体は基本、ダンジョンと呼ばれる建物、その最奥にある。

そして攻略が困難なほど、強いアイテムが眠っているのは定番だ。


「成し遂げたのはまだ大人になってもいない強い少女。赤毛で金目の少女だと聞きました。東の国の生まれで、単身で乗り込んだというのが驚きです。…おっと、話が少し逸れましたね」


老人は頭を軽くかしかしと掻いた。


「とりあえず、これがこの世界です。記憶喪失であろう貴方にとって知りたい情報はたくさんあるかもしれませんが―――そうだ」

「?」


ふと老人は蓮を見つめる。


「記憶がないと言うのなら、帰る場所がなかったりもしませんか?」

「――――あ」


もとよりこの世界に来た時点で既にないなんて言えない。しかし教会におそらく

住んでいるであろうからか、はたまたその名前の影響か、老人は手を差し出す。


「貴方の記憶が戻るまで、良ければこの教会で暮らしませんか?食事も寝床も綿足が面倒を見ます。ただし、この教会にいる間治癒魔法はもちろん、修道士としての仕事をしてもらいますよ」

「…いいんですか?」

「もちろん。私達は人々を救うために居るのですから。それは神に与えられた役目であり使命。…ですがこの職に就いたのはその役目を、使命を果たしたい。つまり、人々を救いたいというのは私の意思というわけでもあるのですよ」


胡散臭くもない、ただただ優しい笑顔を、手を差し出しながら向ける。

自分にとって、それは初めての経験だった。手を差し出されるという行為はなく、


手が自分の前に出たとしてもそれは強く握り固められた拳だったのだから。

頬に拳がめりこむ。口の端が切れ血の味は口の中へ入りこむ。


痛い、不味い、苦しい、嫌、痛い。


でも今向けられているのは、殴ってこないとても優しい手だった。

ふいにパテピルスの顔を見れば、「うん?」と首をかしげられた。

その顔はとても優しくて。


「…良いんですか、本当に。」

「かまわないよ」

「記憶喪失…とはいえ、知らない人なんですよ?」

「困っている人を放っておけないよ」


母親はおらず、暴力を振りかざすクソ親父だけがいる世界。誰も助けてくれない

クソッタレな世界。最後の受験希望も落ち、世界から消えようとした。


神様と名乗る不思議な少女の話に乗って、意識を失って来たのは

本当に何もわからない世界。


魔法があって、ダンジョンがあって、宗教が、国があって、

星体という不思議な物がある。


「(―――最期の人生には、ちょうどいいかもしれないな)」


そうして蓮は、パテピルスの手を取った。






★★★






「レンくん水くみお願い!」

「レンーこれやってーー」

「レンさん、服がほつれちゃって……」


世界で一番信者が多いとはいえ、ここは首都からはずれた教会だ。教会は少し

小さく、反して教会で働く人は多いため、得意不得意を活かし支え合いながら

生きている。


教会では治癒魔法以外のものは原則仕様が禁止されている。これはメシア教の

“神から貰った恵み”=魔法のありがたさを忘れないために、あえて使えないように

しているのだ。そのためほとんどが人の手を借りて生きている。


「お前も大変ねぇ」


頼まれた水くみをしていれば、紺に白…修道士の服を着た金髪の男に

話しかけられた。


「なーに、記憶喪失なんだってお前?」

「…誰ですか」

「はっ!?朝方自己紹介したじゃない!」

「それはすみません…?」

「オレはリュミリス・ド・フラン!覚えてよね!!!!」


ぽこぽこと怒りながら自己紹介をする男。肘ぐらいまである金髪を後ろで

リボン状の紐で結ぶに薄紫目の男はフランと言った。

そういえば朝方声をかけられたっけ。


「ねぇねぇ、ホントに何も覚えてないの?世界情勢とかー、隣の国の名前とか」

「…わからないです」

「うそぉマッジか……」


数日前パテピルスから教会の皆に自分を紹介した時、パテピルスからは

きちんと全員に己が「記憶喪失」ということを説明してくれた。

すごく申し訳なくて、ホントそういう知識ぐらいは教えてくれても

よかったんじゃないか…?


「しょーがないな、今晩お兄さんの部屋に来ること!」

「えっ」

「教えてあげるよ一から全部…♡」

「ちょ…っと気持ち悪いんでエンリョしておきます」


寒気がしたよ、寒気が。特に最後。


「わーごめんごめん今の冗談!一から全部教えるのは嘘じゃないけど冗談だから!!!!決していやしい気持ちとかないし持ってないしこれでも清い修道士の一因だから!!!!!!!!!!」


オレは潔白だーーーー!!!!!!!!!

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