第7話

【一週間前Ⅰ】

 ショータ君に告白(みたいなこと)を言われたのは、七月十五日月曜日、海の日のことだった。五日後から夏休みだというのに、直前に三連休があるなんて、気前がいい話だ。

 ともかくわたしは、栄子に誘われて、二人して電車で映画を観に行くことにした。各駅停車で二十分の、一番近い〈街〉だ。

 映画は昼過ぎからの上映で、そこそこ混んでいた。変に長いタイトルの日本映画で、「難病におかされた女の子と、それを見守る男の子の真実の愛の物語(実話)」なのだそうだ。幾多の障害を乗り越えてふたりは結ばれ、ついに海の見える教会で愛を誓い合う。感動的なシーンだ。しかし運命は非情だ。女の子の病は、すでに後戻り出来ないほど進行しているのだった……。

 栄子は、開始一時間ですでに号泣しており、しゃくりあげながらも、キャラメル・ポップコーンを器用に口に運んでいた。会場全体がそんな雰囲気だった。その横でわたしは、もっぱらチェダーチーズ味のポップコーンを堪能した。

 主演の女の子は、同い年とは思えないほど繊細で、可憐で、キラキラしていた。恋人役の男子がカッコいいのは言わずもがな。ただ最近気づいたのだが、わたしの涙腺は非常に頑固で、ちょっとやそっとでは、ゆるまないらしい。ひょっとしてわたしは、とてつもなく冷たい人間なのでは、と疑うことがある。周りの人間の反応と違うというのは、どうにも居心地の悪いモノだ。

 泣けるわぁ、と言いながら妙にすっきりした顔の栄子は、館内が明るくなると、すかさずスマホをチェックした。

 そして相談なしにわたしを引っ張って、映画館の三軒隣の、地元にはないカフェ・チェーンに入っていった。いつものことなので、わたしも気にしない。

 席を物色しようとするわたしをよそに、栄子はずんずん店の奥へと進んでいく。ついたてに囲まれた四人席を、ちゅうしょなくのぞいた。

 そこにはすでに、栄子のカレA組のケンジ君と、もう一人、わたしたちと同じD組のショータ君が向かい合って坐って、それぞれスマホを操作していた。ゲームで対戦しているのかもしれない。テーブルには、アイスコーヒーのグラスと、コーラのグラスが汗をかいていた。

「よっ」

 ケンジ君は、わたしたちに気づいて顔を上げ、ヘラっと笑った。

 彼は、茶色がかった髪の、ちょっとだけ不良っぽい男の子で、笑顔が大変にキュートだと、一部の女子のあいだでもっぱらの評判だった。「入学式から気になっていた」と、わあわあ言い続けていた栄子は、ゴールデンウィークに猛アタックして、見事に彼のハートをゲットした、らしい。

 素晴らしい。わたしにも、そのバイタリティを分けてほしい。あ、ほんのちょっとでいいけど。

 その栄子が、横でアイスクリームみたいにとろけてるのを、わたしはつついた。はいはい。ラブラブなのは分かったから。それと聞いてないぞ、この展開は。

「浦沢さん、久しぶり。あ、こいつは知ってるよね。ヒラノ・ショータ。三中のサッカー部で一緒だったのよ」

 ども、という感じでショータ君があいさつする。ぎこちないのは、緊張しているからだろうか。クラスメイトとはいえ、ショータ君と親しく話した記憶はない。高校生活が始まって四カ月経つけど、わたしはまだ、同じ中学出身の小グループから抜け出せないでいた。三中は隣り町の中学で、距離はそんなに離れているわけじゃないけど、かといって交流があるわけでもない。狭い地域なのに。

 栄子は、当然のようにケンジ君の左隣りに寄り添い、わたしはショータ君の右隣りの席に着いた。チラリと横目で、ショータ君を見やる。何だかわたしまで、緊張してきた。

 ショータ君は、細い黒縁フレームのメガネをかけた、スラっとしたスタイルの男の子で、髪は黒く、顔立ちもやさしい。ちょっとだけーーあくまでもちょっとだけ、修平さんに雰囲気が似ている。どちらかというとインドア派に見えるし、ケンジ君と共通項はあまり感じられない。意外だ。

「ヒラノ君って、サッカー部だったっけ?」

 わたしはおずおずと口を開いた。

 この質問には、二重の意味がある。とりあえず話題をつなげる意味と、あらためて質問するくらい、わたしはあなたのことを知りませんよ、というアピールだ。

「いや……」

 やっぱり緊張した口ぶりの答えが、返ってきた。

「中学で辞めた。本格的な練習になったらついていけなそうで」

「でも、三中のトップ下だったじゃんか」

 ケンジ君が、持ち上げるように言う。

「たまたまだよ。ハシモトが転校したから、他にいなかっただけだろ」

 それから二人は、欧州サッカーの話題を交わしあった。わたしにはチンプンカンプンだった。でも二人が仲の良い友だちなのは、よく分かった。

「ねえ、ちょっと、それよりさ」

 わたしと同様、チンプンカンプンだったと思しき栄子が、容赦なく割って入る。

「これから、うちの買い物につき合ってくれるんでしょ」

「んあ? うん、オーケー、オーケー」

 ヘラっと即答したケンジ君に、びっくりする。

 女の子の、「買い物」と称する、(男子からみたら)ほぼ無目的な、無駄の塊みたいなイベントに、快く同行する希少人種を、わたしは修平さん以外に知らなかった。意外と良いヤツなのかもしれない。て言うか、わたしたちは、オーダーしないのかよ。

 ちなみに、わたしは栄子のお誘いを、七〇%の割合で断わってきた。微々たるお小遣いのほとんどを書籍に費やしているわたしにとって、ウィンドウ・ショッピングですら目の毒である。あるいはわたしは、心に男子を飼っているのかもしれない。

 そんなわけで、と栄子は、わたしに目を向ける。

「とーことは、ここでお別れ。うち、悲しいわ。クスン」

 うわ、白々しい。最初からこれが狙いか。

「じゃ、あとよろしく」

 ケンジ君が軽く言い捨てて、二人は一緒に立ち上がった。そして仲睦まじげに、というか一方的に栄子がケンジ君に寄りかかりながら、さっさと出て行ってしまった。


 ーーやりやがったな、あのおんな。


 わたしと、おそらくわたし同様なにも知らされていないっぽいショータ君は、途方に暮れた表情で二人を見送ったのだった。

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