親分猫「石松」物語 ~獣医師と猫の奇跡の出会い、そしてウイルスの脅威から人類を救うため、時空を超えた旅が始まる~
俊幹
第1部 親分猫「石松」動物病院を告訴!?編
第1章 獣医師多村と親分猫石松の出会い
「先生、先生・・・」
獣医師の多村伊知郎はいつものように夕食を自宅で済ませ、カルテ整理と入院している動物の状態をチェックするため、夜11時ごろ自ら経営する動物病院に戻っていた。パソコンに向かい入力作業をしていると、入院室の方からガラガラでドスのきいた声が聞こえてきた。この時間に病院スタッフは誰もいないはずである。
恐る恐る入院室の扉を開けるとやはり人の気配はなかった。ほとんどの入院動物がケージ内で行儀よく佇んでいる中、一頭の片目の猫だけが眼光鋭く睨んでいた。
「先生、俺だよ、分かるだろ、俺の言葉が。」
声の主は5日前に入院していた猫の石松だった。
石松はいわゆる地域猫としてボランティアの早坂氏からエサを与えられている去勢済みのオス猫で年齢は不詳である。
今回は右目から膿が出て目が突出し、弱っている所を保護されて病院に連れてこられた。
診察の結果、石松の右目は角膜が損傷したことで眼内に感染を起こし、眼球を温存させるには不可能な状態だったため、止む無く眼球摘出術を受け入院治療中であった。
石松は地域猫として生きてきたがゆえ、幾多の荒波を乗り越えてきた風格があった。また、警戒心が強く隙あらばケージから逃げようとしたり、術後の看護を十分に受け入れないなど、病院スタッフを手こずらせるようなところがあった。
幸いにも術後の経過はよく、食欲も出て体力が回復してきた頃であった。
多村はその猫が片目を失ったことから、また彼の風貌や性格からも森の石松を思い浮かべ、石松親分と呼んでいた。
「先生、俺の目の手術をしてくれてありがとう。ずっと痛かったけど、やっと楽になったよ。本当は見えるように治してもらいたかったけど、仕方ないと思っているよ。」
多村は開業30年のベテラン獣医師である。生まれつきなのか経験によるものかは定かでないが、猫の感情を読み取る特殊能力を得ていた。病気を患う猫が何を訴えているのか、どうして欲しいのかが、その猫の表情やしぐさからよく分かるのである。
猫の感情が分かることは当然病気の診断治療において大きな強みになることから、飼い主特に愛猫家からの信頼は厚かった。
以前から猫からいろいろなメッセージを投げかけられてはいたが、石松のようにはっきりとした言葉で話しかけられたのは初めてであった。さすがの多村も夜中の薄暗い入院室での出来事に一瞬たじろぎ状況を把握するのに少し時間がかかった。
「そうか、それは良かった。目は神経が敏感だからな、さぞかし痛かったろう。食欲も出てきたようじゃないか。」
「ああ、しょうがなくまずい飯を食ってるよ。体力付けないとな。」
「あのフードは術後の回復には最適なものなんだが、石松は何が好物なんだ?」
「俺はこう見えて食にはうるさいんだ。好物は新鮮なイワシかアジだな。そういう先生は何が好物なんだ?」
「私はグルメだから一流の物しか食べないが、特に鰻と寿司、アイスも好きだな。ただ、糖尿病だから制限するように医者から言われているんだ。」
「何だ、医者の不養生ってやつか。
ところで、イシマツというのはあの清水次郎長の子分の森の石松のことか?」
「そうだが、知っているのか?」
「あたり目えよ。清水の生まれだからな。」
「何と、私も清水の出身なんだ。幼いころから次郎長さんの墓のある梅蔭寺で朝から夜まで遊んでいて、次郎長さんの第一子分の大政と言えば、私の幼いころのあだ名だよ。どうりで、最初に石松を診た時、何とも言えない縁を感じていたんだ。」
「なんだい。それで俺の名前を石松とつけてくれたんだな。」
「その通りだ。遠州は森の石松のことよ。東海道の大親分さ。涙もろく人情に厚い、どうだいお前にふさわしいと思わないかい。」
「だな。照れちまうけどな。先生の大政ほどではないけどな。
おっと、そんな話はどうでもいいんだ。ぜひ先生に聞いてもらいたい話があるんだ。」
「俺は今8歳、生まれたときからずっとホームレス、たくさんのおばさんたちから食事をもらって生きてきた。
何度も大怪我をし、病気もした。その度に、おばさんたちは俺を動物病院に連れて行ってくれた。
そこで俺が受けた治療でちょっと納得ができないことがあるんだ。先生のコメントをぜひ聞かせてくれないか。」
「なあ、石松よ。それで動物病院でも訴えるつもりかい。」
「だな、俺が人間ならな。殺されそうになったこともあったぜ。ただ俺は本当のことを知りたいんだ。先生は真面目でよく勉強もしているから信頼できそうだと思っている。」
「それで本当のことが分かったらそれでいいのか、それともその先に何かあるのか。」
「俺のネットワークを使って仲間たち伝えるよ。良い動物病院、悪い動物病院、どこに診てもらえば助かるか。どこに行けば殺されちまうか。」
「でもお前たちが分かっても、動物病院に連れて行くのは人間だぜ。」
「ああ分かっているよ。でもな先生、本当のことが分かっていないのは人間のほうだぜ。実は俺たちはな、飼い主がどこへ連れて行くかが先に分かっているんだよ。
そんな時、藪医者に連れていこうと考えていたら、俺たちは絶対にキャリアーに入らないように抵抗する。キャリアーに入れることができなければ飼い主は病院には連れて行けないからな。
どうだい、分かるよな、俺たちの抵抗が半端ないことが。」
「なるほど、そういうことだったのか石松。ケージに入るのに抵抗する猫はその子の性格や気質と考えていたが、そんな理由があったとは私たち人間には理解できないだろうな。私は君たちのその特殊能力に大変興味があるよ。
よし、分かった。ただし条件が1つだけある。私も同業者の悪口になるようなことは言いたくはない。だからニュースソースは誰にもしゃべるなよ。約束だ。」
「よし。俺も伊達に石松という名前をもらったわけじゃない。約束は守るぜ。」
「そうか、分かったよ。お前、石松という名前、案外気に入ってくれているみたいでうれしいよ。お前の疑問、質問にできるだけ誠実に答えてみよう。でもな、お世話になった先生がでてきたら、ちょっと悪く言うのも気が引けるな。そういう場合はパスもありだな。」
「先生。あんたって面白いな。まあそういうのも人の世の常だからな。」
「やっぱり仁義は重んじないとな。ただ、人間とはね、その人の裏の顔を知ることにも非常に興味が湧いてしまうものなのだ。お前たちに理解できないかもしれないな。早く、どんな面白い医療行為があったか話してみなさい。」
「先生、面白い行為ではなく、納得いかない医療行為と俺は言ってるんだぜ... ...」
「ああ、そうだったね。分かったから早く話してごらん。」
ここから多村は石松から彼自身や彼の知り合い、親族らが受けた医療行為に対しての話を聞くことになる。
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