151てぇてぇ『十川さなぎってぇ、最高のVtuberなんだってぇ』

さなぎちゃんのライブは圧巻の一言だった。


『みんな、楽しんでますか!? わたしはすっごく楽しいよ!』


小さな身体のどこにそんなエネルギーがあるのかというほど動き回り、ライブ会場を埋め尽くす声量で歌い続ける彼女はまさしく最強だった。

そして、パワフルさで圧倒したかと思えば、


『あなたに届くと嬉しいな……』


みんなの心をぎゅっとつかむさなぎちゃんの優しい声が静かに響きわたる。

かわいい歌も、切ない歌も、楽しい歌も、彼女のものだった。

彼女は自由にそこで歌い踊っていた。


妖精のような可愛くて美しい彼女に魅せられ観客はさなぎちゃんに声援を送る。

跳びはね、踊り、手を振って、彼女と一緒にこの時間を楽しんでいた。


苦手なMCを頑張る姿も、ゲストとコラボし嬉しそうな姿も、楽しそうに手を振る姿も、どれも十川さなぎが詰まっていて、しあわせしかない。


だけど、どんなに楽しい時間にも終わりはある。

これが最後のMCなんだろう。さなぎちゃんがゆっくりとみんなに語り掛ける。


『今日は、みんな、本当に来てくれてありがとう。……最後に、我がままを言わせてください。わたしの思いを伝えさせてください』


何を言うつもりなのか。さなぎちゃんの声は静かでいつになく真剣な様子だった。


『いじめられた人、いじめる人へ。わたしは馬鹿だし、変だから、自分が世界の常識なんて言うつもりはありません。何が正しいのかは分かりません。だから、自分の気持ちを伝えます。いじめられた時、すごくすごくつらかった。かなしかった。腹が立った。わけがわからなかった。なんでいじめられたのか、どうしたら終わるのか考えた。とべよ、屋上からとんだら終わるよと言った人もいた。でも、わたしは、とべなかった。そして、逃げた。逃げることで終わらせた。それでよかったのは分からない。わたしは馬鹿で変で陰キャだからわかんない。いじめられる側にも悪いところはあったのかもしれない』


悲痛な独白に、静まり返る。泣いてる人もいる。

それでも、さなぎちゃんは止まらない。さなぎちゃんも涙声だ。

スクリーンに涙は見えないけれど、その手前で、自分の目から涙が零れていて、その向こうのさなぎちゃんは前を見てる。ぐっと足をふんばって前を見続けている。


『でも! だからいじめていい理由は絶対にない。絶対に絶対にない。私は、嫌いを言わないようにしてるけど、これだけは本当に本気で言える。いじめてる人なんて大っきらい。だからって、みんなは、わたしを好きでいてくれる人は、わたしのきらいなものをきらいにならないで。貴方がきらいなものをきらいになって。あなたが好きなものを好きになって。だれかが嫌いだから嫌いになってみんなで嫌うのはいじめだから。わたしはみんなにそうなって欲しくない。ねえ、みんな、わたしはみんなが大好きだよ。上を目指す無謀な夢を見てるさなぎを応援してくれるみんなが』


誰もがさなぎちゃんに声援を贈る。同じ気持ちだとがんばれとがんばると声を届ける。


『ありがと。ついてきてくれて。ありがとう。じゃあ、いこっか。ねえ! あの時、わたしにとべよって言ったひと!』


さなぎちゃんは笑っている。それは、綺麗だけど妖しく、それでいて、決意に満ちていた。


『今日こそ、わたし』


彼女は今日、


『トぶね』


ドラムの爆音が鳴り響き最後の曲が始まる。

ツアー前に発表された今まで聞いたことのないさなぎちゃんのロック!


『いくよぉおおおおおおおおおお! “FLY FIGHT“!』


絶叫のような叫びが方々からあがり、さっきまですすり泣きの声しか聞こえず静まり返っていたライブ会場が一気に爆発する!!

誰もが泣きながら笑い叫んで彼女を見ていた。


その歌は、さなぎちゃんの悔しさや悲しさが詰まっていた。

そして、傷つきながらもたどりついたワルプルギスで得られた喜びに、みんなに出会えた喜びと感謝、そして、まだまだ進むという決意に満ちた歌だった。


踊る踊るワルプルギスで踊る!


その中心で小さな魔女は笑っていた。

みんなが楽しそうで幸せそうに笑う。


そして、宴のクライマックス!

さなぎちゃんは思いきりジャンプをして叫ぶ!


『みんな、いくよぉおおおおお!』


さなぎちゃんが歌う! みんなで歌うクライマックス!


♪足元なんか見ちゃダメだ! 足元なんか見ちゃダメだ!

♪キミが高く飛びたいのなら、空を見なきゃあダメだろ! 顔をあげなきゃダメだろう!

♪とぶぜとぶぜ、高く飛ぶぜ! 上へ飛ぶぜ! 下見ている暇なんてないぜ!

♪さあ、準備は良いか! さなぎたち! 叫べ! 歌え! 風起こせ!


コール&レスポンスで会場が揺れる!



『FLY!』


さなぎちゃんが叫べば、


「「「「「FIGHT!」」」」」

みんなも叫ぶ!


『FLY!』


さなぎちゃんが笑えば、


「「「「「「「「「「HIGH!」」」」」」」」」」


みんなも笑う!!!


『もっともっといけるでしょおおおお!』


その言い方はツノさんみたいで。


FLY!!HIGH!!

FLY!!FIGHT!!

FLY!!HIGH!!

FLY!!FIGHT!!


『もっともっと汗かきなさいよ!』


ノエさんみたいにツンデレも。


FLY!!!HIGH!!!

FLY!!!FIGHT!!!

FLY!!!HIGH!!!

FLY!!!FIGHT!!!


『そんなもんでおわりですかぁああ?!』


ガガみたいなクソガキあおりも。


FLY!!!!!HIGH!!!!!

FLY!!!!!FIGHT!!!!!

FLY!!!!!HIGH!!!!!

FLY!!!!!FIGHT!!!!!


『うふふ、もっと出せるでしょ?』


そーだみたいな蠱惑的なささやきも。


FLY!!!!!!!!HIGH!!!!!!!!

FLY!!!!!!!!FIGHT!!!!!!!!

FLY!!!!!!!!HIGH!!!!!!!!!

FLY!!!!!!!!FIGHT!!!!!!!!!


『うわあああああああ! みんな! たかまりねぇええええええええ!』


マリネの暴れっぷりも混ぜ合わせて自由にさなぎちゃんは楽しんでいた。


それは風だった。

みんなの絶叫とジャンプのせいか、それとも空調のせいか、大きな大きな風の流れが生まれていた。その熱風はみんなの髪を服を心を揺らし、大きな嵐となる。


『みんなあああ! 見てる!? わたしは見てるよ! みんなのことを! 今、わたしたちは、かぜになったっ!!!!! みんな!』


さなぎちゃんがみんなを呼んで、大きく息を吸う。同じようにみんなが息をのみ、その瞬間。

空白が生まれた。


その空白の中心には白い小さな彼女が笑っていて。


『「とぶよ」』


その一言は、台風の中心のような静寂の中で響きわたった。

そして、次の瞬間には、






全てが蒼く染まっていた。






誰もがさっきまでの熱狂が嘘のように目の前の、いや、ライブ会場すべてが空に変わったことに目を丸くする。



みんなが生み出した熱風とは違う、やさしい風が吹きみんなの頬を撫でる。



これが、さなぎちゃんがこだわりぬいた演出。


『そらをとんでみたいんです。みんなと一緒に。わたしたいは高く高くとべるんだぞって。夢をかなえたいんです』


ライブ空間全体を空に見えるように、映像・照明・照明にこだわりぬき、ドライアイスや風の演出も何度もトライ&エラーを繰り返して、作り上げたさなぎちゃんの為の、ファンと一緒にとびたいと願った彼女の思いにこたえた世界!


『みんな! わたしたち、とんでるよ!』


うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!


静寂からの暴風! 風が吹き荒れる!


『みんなぁああああ! 見てる!? わたし、とんだよ!』


その『みんな』には色んな感情が込められていた。綺麗なだけじゃない、かなしい、くるしい、ふざけるな、許さない、そんなどす黒い感情も込められている。だけど、それを全て彼女は今、青に変えて、


『みんなのお陰で、わたし、高くとべたよ!』


高く高くとんだ。


『さあぁああああああああああ! クライマックス! たかまつてる!? いくよ!』


♪サア、一緒にトぼうぜ、みんな最高に自由な空を目指して

♪死ぬんじゃない 生きるんだ 生きて生きて生きて生きていっちゃおうぜ!

♪最高の瞬間に!


大合唱が空に響きわたる。

十川さなぎは、その響きをひとつも零さないように目を閉じてじっと聞いていた。

そして、ふわりと顔を上げ笑う。


『ここから見える景色はすっごく綺麗だよ。……ありがとう』


そうして、十川さなぎは万雷の拍手に包まれた。

青空の中で、彼女は前を、彼女が大好きな人たちを見ていた。

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