クビになったVtuberオタ、ライバル事務所の姉の家政夫に転職し気付けばざまぁ完了~人気爆上がりVtuber達に言い寄られてますがそういうのいいので元気にてぇてぇ配信してください~
148てぇてぇ『十川さなぎってぇ、一人じゃダメなVtuberなんだってぇ』
148てぇてぇ『十川さなぎってぇ、一人じゃダメなVtuberなんだってぇ』
全国ツアーから一年以上前の初のソロライブが決まった時、さなぎちゃんは……。
「…………」
4んでた。
「だ、大丈夫。さなぎちゃん?」
俺がリビングのソファーで機能停止をしているさなぎちゃんに声を掛けるとさなぎちゃんはびくりと身体を震わせ、そのまま、震え続けた。
「だだだだだだだだだだだだだだだだだだいじょうぶですじゃないです」
大丈夫じゃなかった。
さなぎちゃんの死体の枕元には、
『十川さなぎの初のソロライブ! IN THE COCOON~さなぎの中の小さな演奏会~』
と大きく見出しが書かれたプレスリリースがあった。
ワルプルギスに特に歌唱力を評価されていた彼女は、やはり配信でも歌枠が人気でワル最速でソロライブを行う事になった。本人も歌は好きだし、視聴者も好き。だけど、極度のあがり症な彼女は、ソロライブが近づくたびに緊張度を増していた。
まあ、まだ一般には告知したばかりですげー時間があるんだけど。
このまま震えが増幅していったらライブ当日は反復横跳びくらいの振れ幅になるだろうななんて下らないことを考えていると、さなぎちゃんがよろりと身体を起こし動き出す。
「ははははははいしんあるんで、行って来ます」
生まれたての小鹿並みに震える黒髪の少女を見送っていると、突然後ろから誰かに背中を預けられる。
「おい、ガガ」
「お前に背中預けたぜ」
「いや、それは敵に囲まれた時に言う台詞なんよ」
「センパイ、こんなクソ世の中ガガの敵だらけっすよ。くそ雑魚センパイ」
「今、俺も敵になろうとしている」
ガガだ。コイツは毎回こうやって背中を乗せて体重をかけてくる。
「まあ、最近はちゃんと飯食ってるし健康的でよし」
「……! あー! デリカシー無しセンパイ! そういうこというんだー! 健康的な体重で悪うござんしたねー!」
預けたと言っていたはずの背中を慌てて離して、真っ赤な顔で俺に指さしてくるガガ。
預けたと思ったら離れて忙しい奴だ。手数料とるぞ。
「いや、俺は健康的な体重でいつも元気に配信してくれるお前が最高だと思ってる」
「……ソデスカ。ふーんふーん」
ガガは真っ赤な顔のまま指さした人差し指をそのまま俺に突き刺してくる。やめろ。
「……さなぎ、大丈夫ですかねえ。今からあんな緊張して」
本命はそっちか。
ガガらしいというかなんというか、前置きの照れ隠しが長い女だな。
俺はガガの突いてくる人差し指を払いながらさなぎちゃんの部屋を見る。
「緊張は、大丈夫だろ」
「ほんとですかぁ~?」
ガガの突く速度があがる。ていうか、親指に切り替えてお前ほぼそれ連打じゃねえか。
俺の身体が微振動。さなぎちゃんくらい震えている。
だけど、俺もさなぎちゃんも大丈夫だろう。
だって、
『今日もみんなで一緒にとぶぞー! 今日はソロライブ記念で、いっぱいいっぱい歌いますね! では、一曲目はうてめ様の神曲から! ~♪ ~~~♪』
〈うおおおおおおおおお! きたああああ!〉
〈いきなりフルスロットル〉
〈ワルの歌姫〉
画面の向こうの彼女は、多少強張った声をしていたが、歌い始めれば一転、雪の妖精が楽しそうに笑っている。
「いやあ、マジさなぎは憑依系ですね。歌うと別人格蘇ってるわー」
「ほんとにな」
「ま、じゃあ、大丈夫かなー」
「……心配してたんだな」
俺がにやりと笑いそう言うと、ガガはまた顔を真っ赤にして俺をどんどん叩いてくる。
やめろ、俺は太鼓じゃないし、お前は達人じゃないどん。
「はあ! ですよ! センパイはガチではあ! ですよ!」
「やさしいな、ガガ、ありがとう」
「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
そう叫びながらガガは配信部屋に戻っていく。
俺は画面に視線を戻す。この歌ならソロライブは盛り上がるに違いない。
歌だけなら。
「……さなぎちゃん、お腹空かせて出てくるだろうからごはんの準備も、しないとな」
準備を始める為に立ち上がった俺の目の前で、彼女は楽しそうに笑っていた。
だけど、現実のさなぎちゃんは、日を追うごとに目に見えて弱っていった。
「ごちそうさまでした。あの……配信あるんで失礼します」
いつもより小さく見えるさなぎちゃんの後姿を見つめていると、さなぎちゃんと一緒にごはんを食べていたマリネがこっちをじーっと見ていた。
「るいじ、さなぎは大丈夫?」
「まあ、大分やられてるなー」
「なんで?」
マリネが人形みたいな顔でこてんと首をかしげる。そして、そのままでもごはんを食べ続けてる。器用だな、おい。
「マリネはライブはやったことないもんな。ライブたって、ただ歌えばいいだけじゃない。歌・ダンス・MC……告知や演出諸々のミーティング、体調管理、体力づくり、それと並行しながらのタスクや配信……まあ、とにかく色んなやることがあるわけだ」
マリネがそのまま首をかしげて食べている。
「お前はな、お前はマルチタスクもこなすけど、さなぎちゃんはあんま得意じゃないからな」
さなぎちゃんは、かわいいらしい見た目とは裏腹に能力的には全力猪突猛進一直線タイプで一つの事に集中すれば強い。だけど、色んなことが一気に押し寄せると途端に混乱する。
三人以上の会話は苦手だし、料理も3品4品同時に作ろうとすると途端に思考停止する。
それが別に悪いわけでなく、彼女の得意とする分野ではないだけだ。
その上、
「人と接するのも苦手だからな」
「ああ……」
そこでマリネは頷くと同時に飲み込む。よく噛んでてえらい。
ライブとなると、いつものメンバーだけでなく、外部との絡みも多くなる。
その上、ワルプルギスは良くも悪くもこういったイベントで本人が納得するまで詰めたいと考えている。だから、ミーティングも徹底的だ。
自己表現が歌以外は苦手なさなぎちゃんにとってリモートの会議でも相当精神力が削られるようで休憩の時間が増える。そして、またそれを気に病んでさなぎちゃんがあわあわし始める。
これが悪循環にのりはじめてしまった。
「るいじ、さなぎ、大丈夫?」
マリネが心配そうに俺を見つめる。
「……お前が、俺ならなんて言うと思う?」
俺がそう言って見つめ返すと、マリネはふわりと笑う。
「大丈夫に、する」
「おう。な、そーだ?」
「はい♪ 累児さん」
キッチンからそーだが顔を覗かせ、頷く。
大丈夫じゃないなら、大丈夫にしてみせよう、ほととぎすってな。
……まあ、語呂は悪いけどそういうことだ!
「任せて、累児」
いや、姉さんいつの間に。あね、しのびのものか。
俺の背後に立っていた姉さんに戦慄したものの姉さんの声はやっぱり頼もしくて、俺は『準備』の仕上げに入った。
「……はい、どうぞ」
ワルプルギスの事務所の一室。俺がノックしたドアの向こうから力ない声がする。さなぎちゃんだ。
俺は、さなぎちゃんにワルプルギスで待つようにお願いしていた。
さなぎちゃんの声はどんどん小さくなっている。今にも消えてしまいそうな声。
俺がドアを開けるとさなぎちゃんは、疲れた顔で小さく笑う。
「あ、るいじさん、おつかれさまです」
彼女の念願だったソロライブが彼女を追い詰めている。
その事実が苦しい。
でも、それでも、彼女にソロライブをしてほしいのは、一人のVtuberオタクとしての我儘かもしれない。そして、その為に俺がしていいこと、出来る事はなんでもする。
「さなぎちゃん、今日はね」
さなぎちゃんがびくりと震える。日々新しく出てくる色んなタスクに疲れているんだろう。
次は何を言われるのか怯えているさなぎちゃんに俺は言葉を投げ続ける。
「さなぎちゃんライブ成功させたい十三銃士を連れて来たよ」
「………………………ほえ?」
俺はさなぎちゃんのかわいい間抜け声をスルーして十三銃士を呼ぶ。
「さなぎちゃんの憧れ、癒しASMR担当、高松うてめ」
「さなぎ、応援してるわ」
「MCならこの人に相談。あと、初のソロライブでの失敗談も豊富な神野ツノ」
「おおおおい! 紹介の仕方ぁああ! さなぎ、しくじりティーチャーにまかせな」
「相談されたいし、表情豊かに話を聞いてくれてさっきもちょっと感情移入しすぎて泣いてた先輩代表、塩ノエさん」
「さなぎぃいい! もっと色々相談しなさいよ! ねぇえええ!」
「体力づくりならこの人! 火売ホノカさん」
「さなぎぃい! もっと熱くなりましょう! 走る!?」
「理論的に相談したいなら、こちらにおまかせ、鉄輪ワカナさん」
「ねぇえ「さなぎちゃん、ゆっくり整理していこうね。ノエ役割分担」えええぇ……」
「歌になると割とちゃんと説明してくれる歌唱の相談役、黒羽クレアさん」
「あっはっは! 言われよう~。さなぎちゃん、一緒におうたうたおー!」
「気分転換にお出かけしたいなら遊び担当、加賀ガガ」
「どこいく、どこいく? ねえ、どこいく? 連れ回してやんよ!」
「配信のアイディアの宝石箱、演出担当、尾根マリネ」
「何がいい、何がいい? ねえ、何がいい? あと、何食べる?」
「愚痴を吐き出したいなら私にと立候補、人の闇担当、楚々原そーだ」
「うふふ、うふふ、うふふ。なーんでも話してくださいね★」
「普通に偉い人、黒川社長」
「えーと、出来る事はするわよ、貴女もウチの大事なタレントなんですから」
「遠方からリモートで参戦、さなぎちゃんのおばあちゃん」
『なんか元気ないんやって? がんばれ~! 応援しとーよ!』
「そして、諸々雑用、俺」
「多い多い多い! おおおおおおおおおおい!」
さなぎちゃんの叫びが響き渡る。うん、声が出ている。
「な、なんなんですかあ? これ?」
「さなぎちゃん、さなぎちゃんは全部は出来ないよ」
俺がそういうとさなぎちゃんはばっと俺の方を見る。その目は悲しそうで混乱に溢れている。だけど、俺は止まるつもりはない。
「だから、事務所があって、支える人がいて、君を助けるんだ」
Vtuberの一番の現場は、配信で、一人だ。
だから、孤独を感じることも多いだろう。
だけど、その度に、元マネージャーだった俺も孤独を感じていた。
俺も戦ってますよって、そばにいますよって伝えたかった。
フロンタニクスに居た頃は、上手く出来なかったことを、今度こそはしっかりやってみせる。
一人じゃないんだって彼女に伝える。
それが俺に出来る事。
「先輩でもいい、仲間でも友達でも、会社の人でも、家族でも、ファンでもいい。とにかく、忘れないで。俺達は君の敵じゃない。成功を願ってるし、力になりたい」
「るいじさん……はい……」
さなぎちゃんは、泣いていた。
だけど、その声には生気があって、前を向いていて。
「じゃあ、早速スケジュールを組みなおしたので一緒に確認していこうか」
「はい?」
すぐにでもいけそうだったので、俺は彼女の目の前でパソコンを広げた。
「え? あの、その、これは?」
「え? あー、ぶっちゃけ、さなぎちゃんの混乱で進行が若干遅れ気味です。なので、それを取り戻すプランを考えてきましたので、あとは、さなぎちゃんの意見を取り入れて今後に臨んでいきましょう」
後ろの黒川社長の圧がすごい。しかも、さなぎちゃんには気づかれないよう俺達にだけ圧をかけてきている。流石やり手社長……!
「わ、わかりました! がんばります! すごい……しっかりと、あ、休みの日もちゃんと」
「このスケジュールは、俺と配信の鬼マリネと社長と、もう一人」
「あ……」
「十三人目の仲間と、いや、違うな、一人目の仲間と作りました」
部屋に最後に入ってきたのは、さなぎちゃんと同じ位小柄な女の子。
奥内まどか。
さなぎちゃんのマネージャーさんだ。
社長がさなぎちゃんのマネージャーを担当させたのはさなぎちゃんと同じ位自信のなさそうな彼女だった。
理由は、
『だって、二人ともともだち少なそうだし。同じ視点で助け合える方が彼女達には合ってるかと思って』
奥内さんは、震えていた。
それでも、前に進んで、さなぎちゃんの元へ行く。
「私は、さなぎさんのマネージャーです」
「……はい」
「私は、私の大好きな素敵な歌を聞かせてくれる十川さなぎさんのマネージャーです」
「……うん」
「私は、誰よりもさなぎさんが初めてのライブで笑ってくれることをねがっています!」
「うん」
「私は、さなぎさんの力になりたいんです! だから、もっと頼って下さいよぉ……!」
「うんっ!」
同じ位の身長で同じ位大きな声で二人は泣いていた。
そして、同じ歩幅で前に歩き出した『彼女達』の初ライブは最高のライブで、社長に全国ツアーを即決させたライブになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます