145てぇてぇ『禁止ってぇ、やりようなんだってぇ』

ルカさんとツノさんの熱くてぇてぇ瞬間が終わり、鼻水ぐっちょぐっちょの俺が二人に飲み物を運ぶ。勿論、鼻水も涙も入れてない。

俺がテーブルに二人の分の飲み物をコースターの上に置くと、ルカさんがじっとこっちを見ている。

ん?


「なかまになりたそうに」

「そういうんじゃありません」


おお、阿吽の呼吸でツノさんのボケにすかさずツッコむルカさん。

そして、それでも俺から視線を外さないんだが……あの……鼻水まみれですみません。

何か気になることが……。


「気になる事あるんなら聞けばぁ?」


ツノさんが頬杖ついて笑ってルカさんにそう言う。

それにルカさんは頷くと、カップに入った飲み物を見て、俺を見て……。


「いつもこんな風にそれぞれに、飲み物を用意しているんですか?」


そう尋ねてきた。なんだそんなことか。


「そうですね、その日のその時の気分や状態によって、飲み物やカップ、ある程度の温度、出すタイミングとか置くコースターとか考えています」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?」


間が長い。


じゃなくて。


ん?


なんだ? おかしなこと言ったか?


「え?」

「え?」

「え?」

「え?」


ルカさんが戸惑う。それに俺が戸惑う?


え? 俺なんかしました?


「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」


俺とルカさんで首を傾けたりいう言葉を探している内にえの応酬になってしまう。


「やかましいわー! えの無限増殖やめろ!」


そして、ツッコむツノさん。助かります。

ツノさんのツッコミにより落ち着いた俺だが、結局何が言いたかったんだ、ルカさんは。

戸惑いの表情で俺がツノさんを見ると、ツノさんは小さく溜息を吐く。

俺なんかしましたぁああ!?


「いい? ルカ、この男をね、ただの人間だと思っちゃいけないのよ、モンスター」


モンスターじゃない! ヒューマン! 人間!

某モンスター芸人の真似を脳内で繰り広げながらも俺には理解が出来ない。どいうこと?


「ルイジはね、配信で感じた体調やこれまでの配信を含めた生活の様子、そういった諸々を考えて、どの子に何を出すべきか考えてるのよ、ね。ルイジ?」

「あ、はい」

「…………!」


俺はツノさんの言う事に頷くが、ルカさんが池の鯉。パクパクしてる。


だって、それはそうじゃないだろうか。


「え? だって、そうですよね。例えば、サラリーマンだって、その日は冷えたビールいきたいとかあっつい緑茶でほっと一息入れたいとか、水でいいとか甘いので脳をとかしたいとか色々あるじゃないですか。飲み物も好き嫌いだってあるし、普通に数名生活が乱れて、健康的じゃないですから。だから、野菜ジュースなり生姜湯なりを飲ませる必要もあります。ああ、あと酒に溺れるタイプには休肝日作って、ノンアル出すって日もあります。カフェインも気を使うようにはしてます」


あと、姉さんは俺のオリジナルドリンクしかほぼ飲んでくれない。


「温度だって重要ですよね。猫舌なノエさんには熱いのは出せないし、ガガはあっついのをぐいっといってストレス解消したりするし、あとは、防音部屋の空調と機材の状況によっては本人の身体を少し冷やす必要があったり逆に温める必要もあると思うんです」


あと、姉さんに湯気が出る飲み物を出すと俺がふーふーさせられるからあまり出さないようにしたい。


「カップも重要だと勝手に思ってます。イライラした日には赤系を避けるとか、落ち込んでる日に青は出さないとか。それも飽くまで基本的なもので、それぞれの好きな色やメンカラーもありますし、キャラクターやデザイン、あとは、似たものの方が落ち着くのか毎日違う方がテンション上がるのかとか。ある程度水は飲ませたいので飲みたくなる、飲めそうと思う量のグラスを用意するとか。コースターもデザインとか色々ですね」


姉さんは俺が修学旅行かなんかで作ったマグでしか基本飲まない。


「それに、やっぱりVは喉が、声が命ですから。そのケアの為に、避けた方がいいものとか、逆に飲ませた方がいいものとか。配信も全部見られるわけではないので限られたことしか出来ないですけど」

「あ、そう、ですか……」


池の鯉が、違う。ルカさんがパクパクさせながらそれだけをいう。

ん?


「ふ、ふふん? 分かった、ルカ。これがルイジよ」


そういってツノさんが俺の隣に来る。なんかちょっと顔が赤い。


「え? ツノさん、もしかして風邪気味です? 水とか」

「分かって言ってんのかてめー。……そこまでとは思わなかったのよ」


後半ぼそりというが俺の耳は普通だ。ちゃんと聞こえた。

だが、そこまでとは?

もっともっとVのケアの為に出来る事はあるはずだけど……。


「とにかく! 分かったな、ルカぁ!?」

「はい! 累児さんに負けぬよう頑張れという事ですね!」

「え、ちげー」

「ぶふ!」


違うらしい。

ツノさんの絶妙な間合いの、微妙な温度の返しに俺は吹いてしまう。

流石やで。


「大事なのは、ルイジもVに対してはアンタ以上にクソ真面目で、酒も甘い飲み物も炭酸もここでは制限される。はっきりいってたまに鬼よ!」


あれ? 褒められてる? 貶されてる?


「だけどね。そういうことを制限されてると気づかせないよういっぱい工夫してくれてるの。アルコールが低くても美味しく感じられるものだったり、アルコール入ってるっぽく騙してきたり、褒めたり話題変えたりしてトークで騙してきたり、噂の新商品だからこっち飲んでみて欲しいとか言ってきたり」


あれ? 結構バレてた? まあ、でも、ツノさんは気づくだろうなとは思っていた。そういう人だ。好き勝手振舞うように見せて場をコントロールして良い空気になるように回したりギャグで茶を濁したりしてくれている。そういう意味では俺達は似た者同士なのかもしれない。


「いい!? アタシやアンタみたいなタイプのVは喋ってなんぼでしょ? 特にアンタは、色んなことを教えたい、導きたいんでしょ。なら、技術は必要よ。どういう流れに持っていきたいのか、今、どういう流れなのか、どういうコメが流れてきたら理想の流れに持っていけるか、そのコメントを引きずり出すにはどいう話題などういうフレーズを使えばいいのか。死ぬほど喋ってミスって学んで活用しなさい。それに、同じクソ真面目なんだからルイジに学びなさい。Vの事になったら、普通の人間が10考える所を53万考えるこの男に!」


●リーザじゃねえのよ。

それに、


「煽りとか、スベリのテク、あとは、フレーズの使い方や抑揚、視線の使い方とか身体の見せ方は是非ツノさんに学んでください。俺が知る中で最もそういうのがうまいVですから、ツノさんは」


マジでツノさんは凄い。相手や視聴者の心を読むのがうまい。そして、読めすぎるから、優しすぎるから疲れやすくてヘラが入りやすいのだと思う。

だけど、だから、ツノさんは凄い。

弟大好きの一本で我が道を行く姉さんとは真逆。とにかく視聴者のコメントの雰囲気や数、流れを読んで最適解を生み出す。

ちょっと照れた様子のツノさんと目が合うと、横から噴き出す音が。


「ぶ、は、あはは……すみません、その、だって……お二人って仲が良いんだなあと思って」


そう言ってルカさんは笑っていた。

だったら、俺達は……。

ツノさんと俺は目が合いふと笑うと、


「「仲が良いのよー(んです)」」


そう言って声を揃えてルカさんに向かってドヤァな感じで言う。

多分この言い方がベスト。そして、ルカさんはまた笑い、俺達も笑う。


このあと、ツノさんが畳みかけるようにルカさんを笑わせにかかるだろう。

そして、ポジティブな気持ちにさせて、彼女を前向きにさせて色んな計画を二人で提案し始めるだろう。


だから、俺は一旦のどを潤す、気持ち冷たい水と、ミルク多めのコーヒーを二つ用意しよう。長めになりそうだし、クッキーも多めに入れておこう。ツノさん最近ジャンク多めだから野菜クッキーを多めにと、ツノさんの為にダイジェスティブビスケット、ルカさんに抹茶クッキーを用意しよう。


彼女達が楽しそうに遅くまで企画を立てて、俺がやんわり注意することになるかもしれないな。

そんなことを考えて笑いながら俺はキッチンへと足を向ける。


そこには……。


「累児……姉さん……全部の提出物、終わらせたわ……褒めて……褒めて……褒め倒して……」


俺の最も予測不可能で、ツノさんのライバルで、あの二人にも負けないほどの頑張り屋の姉さんが、ゾンビのような顔でこっちを見ていた。


……頑張ったし、オリジナルドリンクを俺の手作りマグカップに入れてふーふーしてあげよう!

前を向いて笑って欲しいから。

『ダメ』で止めるんじゃなくて、出来るだけ『イイネ』で背中を押してあげようと思う。

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