112てぇてぇ『れもねーどってぇ、気持ちを込めて歌ったんだってぇ』

歌のレコーディングもいよいよと近づいたある日の事。

事務所に慌てて飛び込み、ボイスの収録を終えて帰ろうとした時、


「あ、れもねーどさん、お疲れ様ですー」


お局が話しかけてきた。


「れもねーどさん、大丈夫? 体調崩していません? 無理はしないでね? ね? もちろん、売れてほしくて仕事をいっぱいとってきたんだけどね? 無理はね? しないほしいから、ね? 無理そうだったら言ってね? ね? 私が社長に直談判するから」


そう言って笑うお局。楽しそうだ。

だから、アタシは精いっぱいのアイドルスマイルをかましてやる。


「ありがとうございます! レコーディング前にもいっぱいお仕事入れて下さって。この通り体調も喉の調子も絶好調なので! それより、大丈夫ですか? アタシより肌が疲れているみたいですけど、アタシよりいっぱいお仕事されて大変なんですよね? 無理はしないでくださいねえ」


思いっきりチクチクしてやる。まあ、肌荒れひどいのはほんとだし。

アタシの絶好調の声は会社の色んな人に聞こえたかもしれない。

いやー、参ったな。声の調子が良すぎるな。


「な……!」


お局がパクパクしてる。ウケる。


アタシは、ぺこりと丁寧なお辞儀をし、他の社員さんからの、特に女性社員からの『よく言ってくれた』というキラキラした目を感じながら会社を後にする。

超元気な足取りで。


配信とレッスンとミーティングとオリ曲以外の収録。

とにかく事務所の誰よりもアタシはスケジュールが詰まっていた。


るい君は可能な範囲でアタシに付いてきて色んなサポートをしてくれた。

そして、生活面では、料理も掃除もやってくれた。今までも何度か掃除はしてもらったけど、女性スタッフが一緒に来ての大掃除だったから、こういう気持ちよく生活するための小さな掃除をしてくれるのはなんだか新婚感があって嬉しかった。まあ、終わったら隣に帰るけど。


料理は本当に美味しかった。すごく派手な料理ではないけど、アタシでも分かるくらい体によさそうな野菜のたっぷり入った、それでいて食べやすい料理を作ってくれた。

『ストレスで食べたくなった時用』って書かれたプリンと寒天を冷蔵庫で見つけた時にはしばこうかと思った。おいしかったけど。


それにるい君は、身体やのどをケアする方法も詳しくていっぱい教えてくれた。

本人曰くお姉さんの為らしい。その時、お姉さんのことを詳しく教えてもらって、ちょっとお姉さんには嫉妬した。


ラジオ局での声の出演の時も、その地元のことを調べてくれて、夕食のときとかに教えてくれた。向こうの人は、すごいそれに感動してくれて、配信でも『〇〇FMで聞いて』って人がいっぱいいて嬉しかった。


それに。

好きな人がずっとアタシを支えてくれるのだ。

そんなのテンション上がるに決まってる。

元気になれるに決まってる。

好きな人の前では一番かわいくいたいから肌とかも多分超がんばってくれてる。

めっちゃ調子がいい。

アタシが元気だとるい君も嬉しそうで、くしゃっと笑って、アタシもそれ見て幸せで。

もうずっとこんな時間が続けばいいと思っていて。


そして、迎えたレコーディングの日。



―♪ デンゲキテキナシゲキ &ゲキテキナキセキ ―


アタシの声は、絶好調で。


―♪ キミトアタシフタリデ ナラスビイトゲキリュウ  ―


ブースの向こうで見惚れているアイツが嬉しくて。


―♪ ダレモジャマハサセナイ スベテトカシアタシガ ―


二人ならなんだって出来る。だから、歌に込める。


―♪ クチウツシデノマセテ メザメサセテ ―


貴方にならアタシの全部。


―♪ アゲルワ ―


『オッケーです。最高でした!』




歌い終わり、ブースの向こうの一番届けたい人を探す。


……あは。泣いてんじゃん。ばーか。

アタシは泣き虫マネージャーが、V狂いのマネージャーが号泣しているのを見て最高の自分が見せられたことを確信した。


その日のレコーディングは、アイドル時代のどのレコーディングよりもみんながノリノリで、また一緒に仕事がしたいと笑いあえた。


最高の気分で家に帰る。るい君は、隣ではなく、家に帰った。

お祝いは、また後日で今日はゆっくり休むようにって。

ごはんは作り置きおいてるからって。

でも、豪勢にいきたかったら、別に食べなくていいって。


食べるに決まってるじゃん。それが一番のごちそうなんだから。

キッチンの冷蔵庫に入ったタッパーを取り出すと、


『よくがんばったな! すごい!』というメッセージとくまの絵。

そのタッパーとるい君特製ドリンクを抱えてニコニコしながらリビングに。


ニコニコだったはずなのに、アタシは壁のあるものを見て泣いてしまう。


「ばかぁあ、るい君のばかぁあ……」


それは、アタシだった。

でっかいアタシの、ポスター。

オリジナル曲の発売記念ポスター。


アタシがいない間にこっそり貼りやがったな。

そういや、今日忘れ物したって一回戻ってた。

やられた。

ポスター貼ってたのか。


ポスター。


グループアイドル時代ももらえなかったアタシだけの歌の、アタシだけが映ったポスター。

勿論、姿はれもねーどだけど。

それでも、アタシの、最高のマネージャー天堂累児君が担当していて、アタシが魂で、一緒になって生み出したアタシ達の夢、れもねーどの姿で笑っている。


『やったね!』


れもねーどがそう言ってくれてる気がした。


そんな最高に素敵なポスターのアタシのオリ曲は、世間の音楽トップテンとかそんなのには入ることはなかった。だけど、【フロンタニクス】内での予想をはるかに超えた売り上げを見せ、第二弾をと社長に言わせるほどみんなに受け入れられ、そして、アタシの夢へと近づき、遠ざかる大切な曲となった。


アタシは、るい君が大好きで大好きで仕方なくなったから。

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