111てぇてぇ『れもねーどってぇ、挑戦的なんだってぇ』

「どうだ?」

「……最高」


アタシは、事務所が手配してくれたオリジナル曲が届いたという事で事務所に飛んでいき、聞かせてもらった。隣にいたるい君がドヤってる。いや、アンタが作ったわけじゃないけどね。


『A.C.I.D』


その曲は、アタシの見た目やれもねーどってかわいい名前から想像つかないほどロックな曲だった。ぶっちゃけ、似合ってはない。だけど……アタシの歌いたい曲だった。


「なんで……?」


事務所がこういう方向でオッケーを出したとは思えない。アタシも歌枠ではイメージを守るために、かわいい系を中心に歌ってる。だから、首をかしげていたら、るい君が笑って言った。


「なんでって、お前が言ってただろう? こういう曲が好きで、いつか歌いたいって」


こともなげにるい君が言う。

だけど、ということは、るい君はアタシの話をちゃんと覚えててくれて、事務所とも話をつけてくれてて……。


「こういう曲を小村れもねーどがファーストナンバーとして歌う。ファンもびっくりするし、一般の人もこういう感じなら聞いてくれるかもしれないだろ? って、れもねーど?」


アタシはヘッドホンをすぐつけてもう一度曲に耳を澄ませる。

そんな大切な曲、しっかり覚えて理解して広げなきゃだし、それに……今、顔見られたらヤバい。耳も絶対赤い。アタシは、るい君に『そろそろ……』と言われるまで、結局4回リピートして聞き続けた。


オリ曲の準備も始まって、多少忙しくなったけど特に問題はなかった。

この程度のスケジュールであれば、アイドル時代の方がしんどかったし、何よりるい君のサポートがあったから。それにるい君が同行する仕事が増えれば、ごはんの心配がない。最高だ。

登録者数も増えている。オリ曲の発表や色んな事がうまくいっていることと、同じ事務所の引田ピカタが急激に人気が出始めて【フロンタニクス】全体のタレントの登録者数が伸びているらしい。すべてが順調、のはずだった。だけど。


「ど、どういうことですか?!」

「どういう事も何も? え? もしかして、仕事が増えて文句言ってるの? ね?」


部屋の中でお局さんがるい君に向かってあの「ね?」を言っている。腹立つ。

めったに怒らないるい君がお局に詰め寄っているのは、レコーディングのスケジュールが近づいているからだった。

それ自体は問題ない。だけど、それ以外が問題だった。


「なんで、こんなにレコーディング前にスケジュール詰まってるんですか?」


そう、レコーディングは、当然歌う。ライブではないからその日の声が永遠に歌として残り続ける。だから、喉の調子は最高の状態にしておきたい。

だけど、その最高の状態にしておきたい喉をあまりにも酷使させるスケジュールだったのだ。

るい君のせいではない。るい君は、アタシの喉を考慮した完璧な心と体に余裕あるスケジュールを立ててくれていた。

なのに、その余裕に会社が公式の動画やら、あとは、小さなラジオ局のゲストなんかを詰め込んできたのだ。普通にVtuberのことが分かっていたらこんなことはしないだろう。

多分、あのお局がやった。声の感じで分かる。


「ね? もしかして、天堂君さ、コミュニティFMとかそういう小さなラジオ局の、私がとってきた仕事に不満? ね? 小さいラジオ局とか馬鹿にしてる? ね?」


ね? がウザい。


「馬鹿にはしていません。ありがたいです。ですが! れもねーど、さんの喉の事を考えれば」

「はあ? そんな簡単に壊れるような喉してないわよ、れもねーどさんは。もっと自分のタレントを信用してあげたらあ?」


アタシの配信見た事ないだろうしスケジュールも把握してないだろうにそんなことを偉そうにお局は言う。


「あの」

「はーい、これでこの話はおしまい。どうしても文句言いたいんなら社長に直談判したら? ね? 旧知の仲の私とちょっと担当が調子よくて気が大きくなっている君のどっちの言葉を選ぶかは知らないけど。ね?」


ね? がウザい。

ウザい。

ふざけるな。

夢をつぶす気か。

夢を。


部屋の外で待っていると、るい君が、ぴしゃりと自分の頬を叩いていたアタシの方を見て頭を下げようと……。


「れもねーど、すま……」

「謝らないで。……やってやろうじゃないの」

「は?」


るい君が驚いた表情を見せる。かわいい。じゃなくて!

いつもアタシが驚いてばっかだからいい気味だ。


「いや、あんなスケジュール無理に……」

「無理じゃないもん」

「は?」


二回目の驚き顔。ふふ。

アタシは、るい君の鼻先を指でつっついてやる。


「るい君とアタシなら無理じゃない。それにこれはチャンスでしょ。このスケジュールは確かに詰め込みすぎだし、効率は悪いかもしれないけれど、色んな人に小村れもねーどを知ってもらうチャンス」


そう、少なくとも仕事だ。そして、聞いてくれる人、知ってくれる人は確実に増える。

だけど、


「だけど……」


喉はかなりいじめることになるだろう。レコーディングは後悔なく迎えたい。

そのために、スケジュールを完璧にこなし、体調管理、特に喉のケアをしっかりやらなければならない。

それは、音ゲーでパーフェクトを出し続けるような難易度で。

でも、


「あれ? できないの? すっぱい顔して」


アタシは、るい君に対して挑発的に笑う。

これは、るい君に教えてもらった『煽り』だ。盛り上げるための、空気を沸かせるための煽り。ゲーム配信とかでこれで煽って成功させる。その時は馬鹿みたいに盛り上がって、最高の快感がアタシを襲う。


「やっ……ってやろうじゃないか! お前だって、出来るんだろうな」


るい君がぐっと胸をはってこちらを見る。顔はひくついている。そうだよね、怖いよね。

自分の判断で担当のVが壊れたらって。

でもね。

そんな風に思えるほど『思って』くれてるのはうれしいんだよ。

アタシはるい君より胸を張る。

るい君の視線が一瞬張ったところにいく。すけべ。でも、うれしい。るい君も男の子だから。

アタシは笑う。るい君を見て。だって、るい君がいるから。できないわけない。


「やれるわよ。アタシを誰だと思ってるの?」


るい君は絶対こう言ってくれる。


「お前は、小村れもねーど。俺の担当する最高のVtuberだ」


あは。

この言葉だけでなんだって出来そうな気がする。

そう、なんだって出来る。勇気が、わいてくる。

アタシは、お局とるい君の会話を聞きながら握りしめたアレをるい君に渡す。


「……! お、おい、お前これって」


それは鍵。アタシの……部屋の合鍵。


「ち、違うわよ! 一緒に住もうってことじゃないわよ! その! 今、ちょうどうちの隣が空いてるはずなのよ! あんた、そこに一か月でいいから住みなさいよ! 金は出すから! そんで、アタシのお世話をしなさい! アタシの部屋入って良いから!」


自分でめっちゃ早口になってるのが分かる。配信でこうだったら絶対るい君にノートに『聞き取りづらかった』って書かれるレベルの早口。だけど、心拍数のテンポが早すぎてつられてしまう。


「いや、だけど……流石にそれは……!」


るい君はためらっている。そりゃそうだ。普通はしないし、させない。

でも、るい君なら、それに……。


「アタシの……夢なのよ……この曲は、アタシの曲は……。だから、支えてよ……お願い」


最高のものにしたいから。アタシは全部振り絞るし、賭ける。

アタシの目を見たるい君は、息を詰まらせ、目を閉じて大きく息を吐く。

そして、顔を上げて、ぴしゃりと自分のほほを叩く。


「分かった。絶対にお前を、お前の歌を、最高のものにしよう。お前の『マネージャー』として、俺は絶対にやりきってみせる」


律儀だよ。るい君。わざわざそんなこと言うなんて。


でも、だから、好きだよ。


アタシの全部を守ろうとしてくれる貴方が。

アタシは手を伸ばす。アタシの、マネージャーに、最高のマネージャーに向かって。


「料理掃除洗濯よろし……ごめん、洗濯は自分でするから、それ以外よろしく……」

「……おう、おう! あーもう! やってやろうじゃないか! 小村れもねーどとそのマネージャーの力見せつけてやろうぜ!」


るい君と一緒に。

るい君とずっと一緒なんてどきどきするに決まってる。

だけど。

そのどきどきは気持ちの高まりは全部やる気にぶち込む。

越えない。

それがアタシのプロとしての意地だ。

絶対にるい君を裏切らない。


そうして、最高に忙しいアタシとるい君の日々が始まった。

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