105てぇてぇ『れもねーどってぇ、悔しい気持ちもあったんだってぇ』

初配信の日が迫り、アタシは今日までのことを思い出していた。


とにかく、天堂マネージャーは、ヤバかった。

ほんもののVtuber狂いだった。


お勧めのVがあったら教えてほしいと言うと、URL付のメッセージと、解説が大量に送られてきた。詳しすぎでキモかった。

だけど、それだけ本気で接してくれてるのはありがたかった。


ただ、心配性すぎるのがウザかったけど。

とにかく、体調のこととか、台本のこととか、色々口出してきてた。

しつこいからやめてほしいと言っても、言ってきたのがマジウザかった。


だけど、きっと今日でそれも落ち着くはず。

初配信、これで圧倒的な実力を分からせる。

そしたら、社長はオリ曲だって認めてくれるだろうし、ただの繋ぎとかいってたあの女社員を見返すことも出来るだろうし、天堂マネも余計なことは言って来ないだろう。


「あの、れもねーどさん、台本、本当にこれで大丈夫ですか?」


天堂マネは心配そうに台本を見ている。

台本は、フロンタニクスから渡されたテンプレに、要点だけ書き込んだ。

それで十分。あまり決め決めすぎると何も喋れなくなるし、アイドル時代は台本何かなかったし。


だけど、そうだな。


「あ、じゃあ、天堂マネージャーのあの熊の絵書いといて、それでテンション上がるから」

「わ、わかりました!」


そう言うと天堂マネージャーは目を輝かせて書き始める。

そんで、余計な事いっぱい書き始めたので止めた。


「では、頑張ってください! 僕も見てますので!」


そう言って天堂マネージャーも去って行く。

やっぱり、最後は一人だ。

勿論、天堂マネージャーは今まで会った人の中で一番協力的だったし感謝してる。

だけど、結局は、配信に向かうのは一人。

だけど、だから、アタシはここにきた。

あのグループの熱のない連中に足を引っ張られるみたいなことがないように。

人気を勝ち得てみせる。そして、またアイドルのステージに戻ってくるんだ。


「……あは」


手を見ると震えていた。

ガラにもなくアタシは緊張してんのかな。いや、武者震いってヤツだ。

だって、アイドルの初ステージでだって緊張しなかったじゃないか。

あんなに間近にファンがいる世界で。

なのに、こんな画面越しのファンに何を緊張することがあるんだ。


アタシは顔をぱんと叩き、配信の準備を始める。

さあ、いこう!


待機画面の間もSNSをチェックすると、やっぱり相当会社が金をかけているせいか注目度が高いっぽかった。

これなら、一気にファンを掴めば、トップになるなんてすぐかもしれない。笑みがこぼれてくる。いける、いけるぞ、アタシ。

待機画面から切り替え、配信を始める。


『みなさーん、こんれも~! 小村れもねーどだよ! みんな~、はじめましたよ~』

〈こんばんは~〉

〈こんれも~〉

〈ねねちゃーん〉


アイドル時代の名前を呼ぶなよなあ。

そんな事を思った瞬間だった。


〈こんれもー〉〈こんんれもー〉〈声かわいいですね〉〈はじめましたよーw〉〈よ!〉〈888888888〉〈待ちましたよ!〉〈こんれもー〉〈こんれもです!〉〈はじめまして、がるなっていいます!〉〈ねねちゃん!〉〈こんれもーです〉〈こんれも〉〈88888888〉〈ようやくやってきたか、勇者よ〉〈こんれも~〉〈こんれもー〉〈おんれも〉〈おい、魔王がおるぞw〉〈好きな食べ物は?〉〈声かわいい!〉〈好きです!〉〈こんれも~〉〈88888888〉〈こんれも~〉〈こんれも~〉〈こんれもこんれもこんれも!〉〈88888888〉


「え……?」


一気にコメントが流れてくる。

なんだ、何が何言った?


呆気にとられる。

挨拶がほとんどのはず。だけど、その中にアタシのアイドル時代の名前を呼ぶやつとか関係ない事いうやつとかを見つけている内に色んなコメントが流れていって消えていく。


ヤバい。緊張してるのか。目で追えない。コメント早い!

頭が真っ白になりかける。頭くらくらする。

でも、ダメだ。こんな所で躓くわけには、アタシには夢が。


〈挨拶で終わりですか?汗汗〉


ぱっと飛び込んできたコメントにハッとする。

そうだ、進めなきゃ。


『ご、ごめんねー、初配信で緊張してるみたい! 小村れもねーどです! 今日は初配信という事でみんなにわたしの事いっぱい知ってもらえたら嬉しいな!』


そんな一言でまたスコールみたいなどどどっていうコメントが降り注ぐ。

え? いや、え?

追えない。え? みんなこんなの追ってるの?


いや、その前になんかしんどい。目が……。頭がくらくらする。

そうか、配信がこんな時間だからか。

癖で、肌に影響ないように早めに寝てたのとパソコンの見過ぎかな、とにかく、頭がくらくらする。

とにかく、進行しなきゃ。アイドル時代も周りがポンコツでもMCやってただろう。進行……。自己紹介。

自己紹介をしなきゃ……。


『小村れもねーど、好きなものは勿論れもん! あとは……あとは』


自己紹介でさえ詰まってしまう。余裕でいけると思ってたのに。

自分のとキャラ設定が入り混じって時折詰まる。

ええと、今の喋り方と声の出し方は小村れもねーどになれてるか!?


パニくり始めて、コメント見ても、台本見ても、文字が入ってこない。


〈あれ? 喋らなくなった?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫ですか?〉〈先行き不安だなw〉〈がんばれー!〉〈緊張しますよね、初配信〉〈だいじょうぶ?〉〈大丈夫?〉〈がんばれもん!〉〈がんばれもん!〉〈ねねちゃんファイト!〉〈大丈夫ですか?〉〈しっかりしてください〉〈こりゃだめだ〉〈がんばって〉〈大丈夫ですよ〉〈落ち着いてー〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉〈大丈夫?〉


途中からぐるぐるし始めて、ほんとのコメントかどうか分からなくなってきた。

ただただ、みんなの大丈夫って聞いてくるコメントが目に入って。


― 大丈夫? ―


そう。

そうだ。

みんな、聞くんだよ。大丈夫って?

でも、誰もそれ以上はしてこない。手を差し伸べることも。何も。ただ、大丈夫って聞いてセキニン果たしましたって感じで。


分かってる今見てくれてるファンのことじゃない。

アタシが勝手に作った敵たちの事だ。


だけど、その妄想がアタシの口を押えつけて、喋れなくさせる。


『あ……え……う……!』


嘘でしょ。

アタシこんなところで躓くわけには。

誰か……誰か……!


その時見えたのは……クマだった。


かわいいけどちょっとぶさいくなクマのイラスト。


そして、そこに書かれた、あの人の、天堂マネのメッセージ。


― 落ち着けば、れもねーどさんなら大丈夫! ―


落ち着けば、


れもねーどさんなら


大丈夫!


だいじょうぶ


だいじょうぶ


その『大丈夫』は大丈夫で。


アタシはのけぞり倒れ、自分の顔を両手で叩く。


〈ん?〉

〈なんか音したな〉

〈え? 倒れた?〉


大丈夫。顔叩いた音は抑えたし、わざとマイクから離れたからみんなの耳は痛くないはず。

大丈夫。まだ、大丈夫。アタシの夢はまだ大丈夫。

アタシは起き上がって、また、ゆっくりと話始める。


『……ごめんねー、みんなの勢いが凄すぎてびっくりひっくりかえっちゃったんだけど! ……えーと、なんのお話してたっけ? みんなー、おしえてー』

〈おしえてって笑〉

〈勢いよすぎてすんません〉

〈教える教える〉


流れ来るコメントには、悪意あるのもあったけど、ほとんどがアタシを応援してくれるメッセージで、落ち着いてみればそうだっただけで。


『アタシのスリーサイズの話? いや、絶対それ嘘じゃん。あはは、えーと、ああ、そっか。じゃあ、続きお話しするね』


アタシは、ゆっくり台本を見ながら、コメントを見ながら、配信を再開させた。


『みんな今日はありがとー! 楽しかった! また来てくれるとうれしいな! おつかれもん!』

〈おつかれもん!〉

〈おつかれもんです!〉

〈おつかれもーん〉

〈88888888〉


その後アタシはそつなくやれたし、盛り上げることが出来たと思う。


配信を見てた社長も褒めてくれたし、あの嫌味な女社員も絶賛のようなお世辞を伝えてきてた。アイツの一押しはこけてたみたいだし。

だけど、


「お疲れ様でした」


配信を終えて、天堂マネと顔を合わせる。


「……どうだった? ぶっちゃけ」


アタシがそう言うと天堂マネは、じっとアタシの目を見て口を開く。


「初配信としてはとても良かったと思います」


そう言った。アタシがじっと見つめ返すと、アイツも目を逸らさずに。


「だけど、僕の知っている小村れもねーどさんなら、もっとやれたと思います」


そう、言いやがった。

コイツは、アタシの可能性を、スペックを信じてくれている。

アタシは、アタシの夢をかなえるスペックがあると。


「どうしたらいいと思う?」

「今、流行ってるゲームやネタをやっても勿論いいと思いますが、ひとまず、配信になれた方が良いと思います。ひたすら、繰り返すしかないかと。コメントを見ながらトークを回す方法、そして、それからコメント・ゲーム・トークを並行でやれる感覚を……って、これだと、数字は伸びないかもですけど」

「いいわ。信じる」

「え?」


フツメンな天堂マネージャーが間抜けな顔でこっちを見てる。

それが、かわ……じゃなくて、腹が立って。


「信じるっつってんの! アンタのV狂いっぷりはもう十分に理解したの! だから! その知識と経験をアタシに全部よこしなさい! 暫く数字が伸びない!? 上等よ! アタシがどんだけアイドル時代に少ない観衆の前で最高のパフォーマンスし続けたと思ってんの!? 耐えるのは慣れてるのよ!」


そうだ。アタシはやれる。やらなきゃ。本気で!

馬鹿はアタシだった。

天堂マネージャーが見せてくれたVtuber達は凄かった。コメント拾いながらうまい返しを反射的に出して、それでいてゲームとかやってんだ。

ようやくアタシはその凄さを理解した。

本気じゃなかったのは、アタシだった。天堂マネージャーはずっと本気だった。

アイツら一緒なのはアタシだった。


「絶対のしあがってやる! だから、しっかり力貸してよね!」

「はい! マネージャーとして天堂累児! 一生懸命サポートさせて頂きます!」


そう、コイツは真っ直ぐ目で言ってくる。本気だ。ヤバいくらい。目がいってるもん。ふふ。

ヤバい奴だ。ヤバいくらいVtuberに本気な人。この人となら。


「よーし! じゃあ、今後のスケジュールを一緒に立てるわよ! るいじ君!」

「え?」

「はあ!? な、なんか悪い!? 天堂マネって言いにくいのよ! だから、るいじ君、別にいいでしょ!」

「あ、はい! あの、なんか、仲間って感じで嬉しいです!」


仲間。

そう、仲間だ。

同じ目標に向かって走る仲間。


それが今、アタシの隣にいるんだ。

やばい、ちょっと泣きそうだ。

だけど、泣くもんか。

アタシの涙は安くない。もっともっと価値を高めて、泣いてやる。

最高の景色を見ながら、るいじ君と見ながら泣くんだ。


その後、アタシは、同期には差をつけられ、社長には呆れられ、あの嫌味なおばさんには見下される日々が続く。暫くの間。


だけど、平気だった。

アタシの隣には仲間がいたから。

同じ目標を見据えながら一緒になって耐えてくれる。

痛みも喜びも分かちあえる仲間がいるから。

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