106てぇてぇ『れもねーどってぇ、恋する乙女だったんだってぇ』

同期の中で一番出遅れている。元アイドルで地盤があるくせに。

それが、アタシ、小村れもねーどのスタートして暫くの評価だった。

あの【フロンタニクス】のムカつく社員の女も分かりやすくアタシをいじめてきた。


だけど、マネージャーであるるいじ君と決めていた。

最初は、数が伸びないかもしれない、けど、実力を身につければ絶対に売れる。

夢の為に、今は地力をつけていこうって。


「ねえ、るいじ君、台本ってこんな感じで良いの?」

「そうですね、うん、いいと思います。飽くまで台本はパニくった時とかに修正かける為のものと、あとは、精神安定剤ですね。ここまで準備したって自信が支えてくれます」

「なるほど」


台本も書いた。っていうか、割とるいじ君がベース作ってくれた。

色んなVtuberの喋りを参考にアタシに合うようにしてくれた。


「そっか、やっぱ配信、夜の方が良いよね」

「そうですね、ですが、れもねーどさんは以前自己管理をしっかりした上で体内時計をしっかり作っていたのであまり無理はしない方がいいと思います。急に生活リズムが変わると一気に身体に来ますから。体調チェックしながら徐々にでよいかと、以前がそれだけリズムつくれるってのは相当自制心が強い証拠ですから。絶対に出来ますよ」

「ふふん、もちろん」


生活リズムや配信スケジュールも相談した。

るいじ君は健康管理とかも詳しいし、配信スケジュールも色んな人がいるんだとわざわざ表にして持ってきてくれた。


「『みなさーん、おつかれもん☆ 疲れたアナタにれもねーど。小村れもねーどです☆』って、これ、ちょっとわたしにしては可愛すぎない?」

「いや、かわいいです! 最高にかわいいです! これ、いいと思います!」

「ん……まあ、るい君がそういうならやってみるかあ」

「はい!」


そう言って、くしゃっと笑う。

るいじ君はくしゃっと笑う。不細工なくらいくしゃっと。それが本気で笑ってるなあと思ってこっちも笑ってしまう。

アタシは、るいじ君をくしゃっと笑わせることを目標に色んな企画やアイディアを考え続けた。どんどんどんどん出てくるアイディアが楽しかった。

毎晩のように連絡を取り合い、アイディアを出したり、配信の話をした。


そして、漸く数の伸びが他の同期を追い越し始めた頃、事件は起こった。


陰湿なファンが、アイドル時代を持ち出してずっと叩いてくるのだ。

気にしなければいいとるいじ君は言うけど、その人のデカい声、主語の大きなコメントのせいでファンをやめようかなとかいう人もSNSで見たりしてずっとソイツに苛立っていた。


『うるっさいなあ』


思わず出た声だった。

誰に言ったかなんて分かるはずないし、分かったところで、アタシのガラが悪いのは変わらない。テンパってフォロー入れようとすればするほど泥沼だった。

その日の配信は最悪でアタシは荒れに荒れた。

るいじ君から連絡あったけど、無視した。


やらかした。

ネットでのやらかしはヤバい。

ずっと残ってしまう。

笑われる。

叩かれる。

馬鹿にされる。


それが一生枷になるって分かってたのに。

るいじ君にテンパったら台本見てくださいって言われたのに。


あの女から全体にアタシの失敗を例に注意喚起のメッセージがきた。

ふざけんな! そんなに嫌いかよ! 元アイドルが!

ぐっちゃぐちゃになった部屋でアタシは更に暴れ疲れ果てて寝た。


次の日、るいじ君から連絡があった。会いたいと。

ああ、昨日の事の説教かなーと思ったら、ノートを渡された。

かわいいキャラクターのノート。

そこにはおっきな字で。


「……【Vtuberれもねーどの戦いの記録!】? は、なにこれ?」

「なんかあったら、このノートに書いて一旦気持ちを置いといてください。で、伝えたくなったら俺にそのまま渡してください。もし、どうでもいいことだったり、寝たらすっきりしてることだと思ったら、塗りつぶしちゃってください。俺なりに考えてお返事させていただきますから」

「ふーん……あ、そ。分かった。じゃあ、書いて渡すわ」


その時のアタシはもう色々どうでもいいやーってなってて滅茶苦茶な内容を書いた。

ファンにも、会社にも、自分にもぐっちゃぐちゃに書いた。

ライン越え連発あははって感じの内容。

書き殴るって言葉がこれほど似合う文章があるかってくらいぐっちゃぐちゃに。

なのに、翌日、会社でるいじ君に渡すときに、急に汗がぶわああって流れた。

うわ、絶対嫌われるって。

でも、もう出しちゃってて、るいじ君は受け取っちゃってて。


「ありがとうございます。読ませていただきます」


そう言って真剣な目でアタシに言った。

アタシは……そんな真剣にあのノート書いただろうか。

そして、一通り目を通すとるいじ君は、


「……なるほど。じゃあ、一つずつ俺が解決策や対処法を考えてみるんでちょっと時間下さい」


そう言った。真剣な顔で言うるいじ君にアタシは何も言えなくなっていた。

翌日、るいじ君から連絡がきた。


『ノートを出来るだけ早くお返ししたいのですが、郵送してもよいでしょうか?』と。


その連絡を見た時もめっちゃ汗が出た。

なんの汗かは分からない。とにかくめっちゃ噴き出してきてた。


なんか早く受け取りたくて、他の人に万が一でも見られたらヤバいしで、直接受け取ることにした。

るいじ君は、仕事終わりだったみたいだ。いつもより疲れた顔だ。今日は大変だったんだろうか。もしかしたら、あの女に説教くらったのかもしれない。アタシのせいで。


「これ、よろしくお願いします。出来れば、明日の配信までに少しだけでも目を通していただけるとありがたいです」


そう言って渡されたそのノートには、一つ一つアタシが感情のままに書き殴った内容を、理解しようとし、考え、そして、るいじ君自身の意見が書かれていた。ひとつひとつに。

泣きそうになった。

アタシは、やっぱりるいじ君ほどちゃんと向きあえてないじゃないかと。

こんなくだらない内容であんなに本気な人に時間を使わせるなと。

でも、でも……うれしかった。

るいじ君の言葉は、フォローだけじゃない。説教臭い事や注意もあった。

でも、どれも一生懸命考えて本気だって分かって、うれしかった。


翌日朝一で連絡とったアタシはノートをるいじ君に渡す。

色々反省と改善点、そして、『ありがとう、いっぱい考えてくれてうれしかった』という言葉。るいじ君は笑ってくれた。くしゃっとしたあの笑顔で。


「いえ、れもねーどさんの力になれたのなら何よりです」

「……うん、あのさ、今日の配信の台本、これなんだけど」

「え? れもねーどさん全部自分で?」


るいじ君がショックを受けた顔をしてた。その顔がもうほんと絶望顔で笑ってしまった。

どんだけれもねーどに関わりたいんだ、コイツは。


「……す、素晴らしいと思います。完璧です」


悔しそうに言った。それがすっごく嬉しかった。でも。


「あのさ、それで、あの、よかったらさ、初配信の時みたいにさ、一言書いてくれない? あの、客観的な、そう! 客観的な言葉って凄く力になると思うんだよね」


アタシがそう言うと、ほんと子供みたいに顔を輝かせて、


「はい!」


くしゃって笑って、


「書けました!」


くしゃっと笑って渡してくれる。

そこには、


―れもねーどさんなら絶対絶対大丈夫!―


とか書かれてて、アタシはそれをぎゅっと握り、


「ありがと、るい君! わたし、絶対がんばるから!」


そう言った。るい君に。


「え?」


アタシはそれだけ伝えると駆け出した。早く配信がしたくて仕方なかった。

るい君に本気のアタシを見てもらいたかった。


多分、この時もうアタシは、れもねーどは、観音寺寧々は、天堂累児、るい君に恋し始めていたんだと思う。

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