103てぇてぇ『思い出ってぇ、唐突に思い出すものなんだってぇ』

 アイドルになりたかった。

 画面の向こうで笑顔で歌って踊ってしている彼女達が好きだった。

 それに、


「ねねちゃんならアイドルにもきっとなれるねえ」


 家族はそう言ってくれたし、スクールでも上位クラスだった。

 だから、アタシがアイドルになれると信じていた。

 アイドルになる。

 なるから、恋愛なんてしないし、遊びに行く時間もあまりない。

 出来るのはレッスン後のちょっとした時間でやるゲームとネット。


 そして、やっぱりアタシはアイドルになれた。


 大手を受けて最終で何回か落ちて、試しに受けてみた中堅くらいっぽい事務所のオーディションで一発合格。そして、Wセンターの一人に選ばれた。


 やっと始まるんだ! アタシのアイドル人生が!


 そう思ってたけどうまくはいかなかった。

 アイドルは星の数ほどいて、やっぱり大手が強いし、中々活躍の場がない。

 頑張っても頑張ってもなかなか売れず、バイトをしながらレッスンとライブの日々はキツかった。それでも、いつか見たテレビの向こうのアイドルになりたくて必死で頑張った。

 ブログ、SNS、配信、出来ることはなんでもやった。

 でも、メンバーも一人抜け、二人抜け、新加入すればするほど最初の方向性からは外れていき、ファンも減り、アタシもとうとうセンターから外され、そして、最後には解散となった。


 けれど。

 それでも。

 アタシにはアイドルしかなくて、しがみつきたくて、必死になって探した。

 アイドルになる方法を。


 一つのグループでしがみ付いていたアタシはもう若さをアピールに出来る程ではなかった。

 それでも、なんとか、アタシは!


 そして、見つけたのが『ヴァーチャルアイドル募集!』という情報だった。


 最近話題になり始めたヴァーチャルアイドル。

 正直胡散臭いし、出ては消えていくような業界だと思っていた。

 だけど。

 それでもアタシはアイドルになりたかったし、これで実績を作ればまた『リアルアイドル』になれるんじゃないか。そう思ってアタシは、【フロンタニクス】という会社のオーディションを受けた。結果は、あっさり合格だった。


 ほら、やっぱり大したことない。それとも、アタシにセンスがあるから?


 いずれにせよ、アタシは、またアイドルを目指せる。その可能性にワクワクしていた。

 【フロンタニクス】は新しくこの業界に入って来たらしく、色んなことが手探りって感じだった。


 不安も不満もあった。

 こんなことで本当にアイドルになれるのかという不安。

 そして、誰も厳しい業界を分かっていない不満。

 さらに、


「ヴァーチャルアイドルって、あんなにファンの声に一々こびないといけないの?!」


 アタシの思い描くアイドル像とあまりにもかけ離れていた。

 参考にと見せられた他のヴァーチャルアイドルの動画はよく分からなかった。

 歌って踊ってなんかできなくてほとんどがトークかゲーム、歌うとしても声が聞こえてくるだけ。


 とにかくずっとイライラしてた。

 そして、担当マネージャーが決まった時もイライラした。


「天堂累児です! よろしくお願いします!」

「よろしく……」


 男のマネージャーだった。

 ふざけんな! なんで男のマネージャーなの!?

 せめてサブでしょ! メインで女性つけないなんてどういうつもり!?

 そう社長に聞きに行こうとした時だった。


「……ねねちゃんねー、あの子さ、大分生意気だから社長に言ったのよ。目がなさそうだから新入社員の練習相手くらいの方が良いって。大体、元アイドルでそれなりに知名度があるからってとっただけでそこまで将来性は期待してないでしょ」


 アタシ達の指導をしていた女の声が聞こえた。

 それが、今のアタシの評価。

 それなりに知名度がある元アイドルで、将来性は期待されていない。


 アタシは、来た道を引き返しながら考えた。

 何が駄目だった?

 なんでアタシはアイドルになれない?

 どうして、どうして、どうして?


 でも、まだ諦めきれない! アタシの夢を。


「あの」


 マネージャーが追いかけてきてた。

 コイツがアタシのマネージャー。頼りなさそう。

 だったら、こんな頼りないマネージャーでも、アタシがやれるってトコロ見せてやろうじゃないの!


「マネージャー、アタシ、売れたいの、よろしくね」

「はい! 宜しくお願いします!」

「ちなみに、もう名前も決まってるの?」

「あ、はい! 最終的にこの名前になりました! 『小村れもねーど』」


 それはやっぱりアタシの選んだ名前じゃなくて。


「……分かったわ。小村れもねーどとして絶対に売れてやる!」

「頑張りましょう! あ、で、一応、僕なりにれもねーどさんのサンプルを聞いて面白くなりそうな企画を考えてきたんですけど……」

「ふーん、どんなの?」

「え……ここでですか?」


 マネージャーがそんな事を言う。トロいなあ。


「いいから見せて、ここじゃダメなの?」


 照れなんていらない。そんな時間無駄だ。アタシには時間がないんだから。


「あ、いえ、じゃあ、ちょっと多いとは思いますけど……」


 そう言ってマネージャーは、ファッション誌5冊分くらいの厚さの紙の束を取り出した。


「は?」

「あ、すみません……専属マネージャーになれると思ったら、テンション上がってアイディアが溢れてきてて……あの、やっぱり一度話をしてからピックアップという形にさせていただけないでしょうか? あ、勿論、データでもあるのでそっちでもお渡しできます」

「……そ、そうね。そうするわ」

「はい!」


 くしゃっとした笑顔で返事するソイツ、天堂累児。


 これは、アタシの物語。過去の忘れちゃいけない物語。

 観音寺寧々が小村れもねーどとして生きていった日々のお話。

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