98てぇてぇ『海外だってぇ、結局人間は人間なんだってぇ』

「お気持ち、配信……? いやあ、ちょっとそれはご遠慮いただきたいかな~。ガチヘラありうるし」


 ヤミが顔をひくつかせながらこっちを見ているが、無視する。


「はーい、じゃあ、はじめま~す」

「おい! コミュニケーションって知ってるか!? 双方向なんだぞ!」

「まあ、確かに。だから、気に入らなかったらブロックして良い。止められたらやめる」

「それなら……まあ。でも、あまりにもお気持ち過ぎたら本気でブロックするかんな!」

「はいはい」


 俺はヤミの席を奪い、ゲームを始める。


「あ、死んだら〇すからね」

「死んだら〇すとはこれいかに。ま、心配するな。お前の作ったお城を見せてもらうだけだから」


 そう言って俺はキャラクターを動かし始める。

 にしても、本当に良く作ったな。こんなの。


「で、何よ? お気持ちって。ほんと、ひどいとガチヘラだぞ?」

「分かった分かった。じゃあ、飴も忘れずにいくわ。まず、死ぬとか言うな。いや、本気でそう思って悩んでるなら仕方ないけど、言葉に囚われるぞ。人間は言葉に囚われる生き物なんだから。次に、お前は死んだ方が良い人間なんかじゃないぞ。少なくとも、俺は絶対悲しいし、ファンもみんなも悲しむ。それくらい大切な存在だ。次。愛情が欲しいならちゃんと自分と向き合って求めていくしかねえんじゃないの? 安全圏で得られる愛情だからもっと欲しくなって乾くんじゃないのか。次。愛情をお前は与えられておかしくないくらい頑張ってる。次」

「ちょちょちょちょ! 待って! ちょっと待って! なんだこれ!? 飴と鞭がノートラップでワンツーかましてきすぎて、こっち反応できねーんだけど!」


 顔を真っ赤にしてヤミが怒ってくる。


「え? どういう感情?」

「いや、こっちの台詞なんだワ! アンタ、怒ってんの? 褒めてんの? どういう感情で言ってんの!?」


 ヤミがガンガンくる。


「いや、お気持ちだよ。お気持ち。俺の気持ち。俺は今、お前に対して、怒ってもいるし、元気になってもらいたいとも思ってる」

「はい?」


 俺はシンプルでこざっぱりとした黄色の部屋を出て緑の部屋に向かう。隣り合ってるからすぐに辿り着く。


「『見られたいって思って何が悪いの?』ってお前言ったよな? 悪くないよ。見られたいってのは誰しもがもっている感情だ。人と人との間が人間って言うのを誰かから聞いた事あるけどさ、本当にそうだと思う。誰かが俺を認識してくれるから俺がいるのであって、誰も認識してなけりゃ俺なんていないも同じだよな」

「なにそれ、哲学?」

「ある意味な」


 黄色の部屋は、華やかで明るい印象だ。だが、こちらもかなりすっきりした印象だな。次。


「見られたいと思うのは当然の感情。だけど、それで自分が死んだらどうする? 誰かに迷惑かけたらどうする? 世界ってのはな我慢しなきゃうまくいかねーんだよ。それをたった一人で我慢するかみんなで我慢するか。ま、それをうまいことコントロールするのが政治なんだろうけど、それは今めんどいからいい」


 青の部屋は楽器が大量に置かれていて、あと、美女の彫像がいっぱいある。


「お前の親の事全部知らないからなんとも言えねーけどさ、多分、我慢の方向を勘違いしてたかさせられてたかしてんだよ。……なんでも最初は愛情で、思い遣りで、コミュニケーションのはずなんだよ。だから、俺達は今、こんなに飢えてるんだよ。誰かの声に」


 そう、俺達は飢えている。誰かの感情に。


 俺は、いい家庭で育ったと思う。姉の奇行をスルーする両親ではあったがそれ以外は本当にいい両親だ。姉さんも奇行はあるが本当に俺を大切にしてくれていると思う。


 でも。それでも。もっと気持ちが貰えるんじゃないかと思って、周りを見回すと誰もが感情を求めて彷徨っているようだった。

 感情を、心を、声を探し続けていた。


 Vtuberはそんな彼らの拠り所でもあるんだと思う。

 現実よりも少し距離があって、画面とVの身体が間にあって、コミュニケーションを与えられなかった人間達にとって居心地のいい場所なんだと思う。


 でも、だからこそ、思う。


 ずっと其処にいられるわけじゃないだろ。


 俺達は生身の人間で、食べなきゃいけないし寝なきゃいけないしそのために働いて稼がなきゃいけない。現実は、ある。Vの怪我しない老いない身体があっても、魂は傷つくし、病気になるし、老いる。だから、


「Vから現実と戦う為のエネルギーを貰ってんだろうな」

「え?」

「配信があるから今日も頑張れる。推しに貢ぎたいから仕事頑張れる。いっぱい幸せになりたいから不幸せにも耐える。それが、人の間で生きる。人間ってことだと俺は思うんだよ。Vは人間を支える存在で、お前はお前で人間なんだよ。だから、俺は俺なりに伝えるわ」


 赤の部屋には、四体の人形と、パソコンとマイクがあった。


「頑張って耐えて、自分と向き合えよ。ヤミ」


 多分、これがヤミのお城なんだ。四人の魔王が、いや、家族が一緒に暮らす場所。

 クリスさんとヤミの部屋で分かった。恐らく両親の部屋は、分かんないんだろう。

 何が好きで何が嫌いで何が趣味で何がしあわせで何がふしあわせでうれしくてかなしくて腹が立って、それらが分からないんだろう。


 知るという事は知りたくなかったことまで知ってしまうこともある。

 でも、闇の中で、想像と妄想と理想で生きるのは終わりがなくて苦しいはずだ。


「現実と戦ってこい」


 画面の向こうは画面の向こうだ。

 全てが偽物というつもりはないけれど、俺達にとってのがれられない現実は『こっち側』だ。


 不安な顔で俺を見るヤミ。


「大丈夫だ。少なくとも俺は応援してるし、お前を見てる。それに、お前には強い味方がいるだろう」

「みかた……?」


 そうヤミが呟くと、ドアが開かれる。そこにはクリスさんが。

 この人タイミングはかってたんじゃないかな。


「メアリ、行こうぜ。両親にぶちかましに」

「あにき……?」

「出来たんですか、曲」

「ああ、俺とコイツの寂しさや怒りや、あと、感謝を込めた一曲だ。届けてくるよ」


 クリスさんと相談し、一度、両親と向き合ってみるべきだと提案した。

 自分たちの思いを伝え、はっきりし、そして、これからどう向き合っていくべきかを考えるべきだと。


 クリスさんは、俺の提案を受け入れ、歌を作ることにした。本人曰く『歌にしないとちゃんと伝えられる気がしない』ということだった。


 流石天才作曲家。こんな短い時間で……いや、違うな。思いが作らせたんだ。


「ヤミ」


 びくりと跳ねる肩。震える背中。

 それでも、俺は彼女の背中を押す。

 それが、俺の彼女へ送る言葉だから。


「俺は、見てるから。お気持ちぶちかましてこい」


 伝える。それだけしか俺には出来ないから。


「……うん、アタシも伝えてくるよ」


 そう言って二人は扉を開けて、外へと出て行った。



 雰囲気台無しだけど、家主たちのいない家に一人はつらかった……。


 承認欲求は大なり小なり誰しもにある。そして、今のSNSの時代には、誰とでも繋がることが出来るし、誰とでも比べることが出来るようになってしまった。際限なく。

 簡単な解決方法はない。人間の根源的な欲求と現代社会の技術が歪に繋がって生まれた病だろうから。


 承認欲求に潰されて壊れていくVtuberもいた。

 『誰かの為に』が『誰かのせいで』に変わる事なんていくらでもある。


 だからこそ。



 1、2時間して二人は帰ってきた。

 帰ってきた二人の表情は明るいわけではなかった。

 でも、すっきりした顔をしてて、『これで前に進める気がする』と言ってくれた。


「伝えるって大事だね。『見てよ』って言ったら、『見ることは出来ない。すまない』って言われた。でも、思ったよりショックじゃなかった。想像の中の方がもっとこわかったよ」


 そう言って彼女は、眩しい笑顔を俺に向けてくれた。

 俺は先にクリスさんから許可をとって、料理を作らせてもらっていたので、ごはんにさせてもらった。


「あ、これ……」

「ヤミ、お前、ゴボウ嫌いだろ?」

「あー、うん……やっぱバレてた?」


 ヤミの手が止まったのは、きんぴらごぼうだ。

 弁当の時も、一瞬手が止まって呑みこむように食べていたように見えた。


「まあ、一口食べてみてくれよ」


 ヤミは、もう隠すことはないと思ったのか、小さく眉間に皺を寄せながら、口に運ぶ。

 流石に細く切ったものは呑みこめないのだろう。

 もしゃもしゃと噛みしめたヤミは……目を輝かせて食べ始めた。


「うそ! おいし! なんで?」

「切り方と味付けを変えたんだ。まあ、一回目でうまくいったのはラッキーかな。……例えばの話な。このきんぴらごぼうは俺がゴボウがどんなものか知っていて、どういう食べ方があるかを知っていたから、旨く食えたんだ。ゴボウはポテトチップスにはなれない。けどな、出来ることはいっぱいあるんだ」

「……あは、アタシがゴボウってことぉ?」

「ヤミ、もっと自分をちゃんと見てやれ。そして、自分を信じろ。お前は誰かの奴隷じゃない。お前だって自分の感じる好きなものを好きって言っていいんだよ。みんながちょっとずつ我慢して、みんなで幸せになるのが、最高だと俺は思ってる」


 溢れる承認欲求の解決方法なんてない。

 だけど、もっとみんなが自分を信じることが出来たなら、もう少しみんなの世界は良くなるはずだ。


 ヤミは、困ったように笑いながら口を開く。


「ルイジは、アタシのこと好き?」

「自分を大事にしてくれるVtuberヤミが俺は好きだよ。それが、一番の俺の気持ちだ」


 ヤミは笑っていた。その眼には光がさしていて、もう少し自分の事をちゃんと見られるんじゃないかと俺は勝手に信じていた。






 そして、数日後。

 イギリス滞在最後の日、俺たちは空港にいて、メイとヤミが見送りに来てくれた。


「じゃあね、二人とも。本当にありがとう。お世話になりました」

「うん! うてめ様! 今度はアタシ達が日本に行くことになったら遊んでね!」


 そういってヤミは姉さんに抱きついてぎゅーっとハグをして、笑って離れる。

 そのちょっとはにかんだ笑顔に涙が零れそうになる。


「メイも、ありがとう」

「いいいいいえ、うてめ様、ありがとうございました。またお越しください」


 姉さんとメイがふわりとハグをかわす。ちょっと腰がひけてるのがメイらしい。


「ルイジ」


 ヤミが手を差し出してくる。俺は笑って握手を交わす。

 その瞬間だった。ぐいっと引っ張られる感触のあと、ぱっと手が離れたかと思うと、両手を広げたヤミの姿が視界に入り、


「じゃあね、ルイジ」


 そういってヤミは俺にハグをしてきた。

 流石ヤミ。スキンシップが過剰……って!


「いてぇええ!」


 ヤミが俺の首に噛みついてきた。なんだよ、ヴァンパイアかよ!

 そして、離れたかと思うと、そっと優しく噛んだ首筋に。


 ちゅ


 キスしてきやがった。


「……へへー。ヤミのおまじない。これでルイジはアタシの事しか考えられなくなる」


 明るく笑うヤミには、嘘の影が見えなくて。


「……いや、普通に他のVの事も考えるから」

「いや、そこは『ば、ばかなこと、言ってんじゃねーよ!』でしょ!?」

「悪いな、俺そういうラブコメ系主人公じゃねーんだワ」

「ふふ……! でも、見ててね。アタシのこと」

「おう、配信楽しみにしてる」


 本当にそう思ってる。これからのヤミが楽しみでもっともっと配信が、しあわせそうに話してくれるヤミが見たいと思ってる。


「ルイジ、さん……」


 気付けば、メイが俺の袖を引っ張っている。

 そして、何事かと膝を折り曲げるとメイも抱きついてきて。

 逆側の首筋にキスされた。


 …………え? なにこれ? 海外で流行ってるの?


「あ、あ、あの……ヤミがしてたから。噛むのは出来ないけど。キキキキキスくらいなら。あああー! ごめんなさい! こんなのが調子こいてごめんなさい!」


 自己完結乙。

 じゃなかった。

 これが、このネガティブコミュ障さがメイのいいところの一つだ。

 だから、これはなんだ、コミュ障故のコミュニケーションミスに違いない。

 違うよね? 俺は、ただ本当にVtuberを応援したいだけなんだが。


 そう思ってたら姉さんが俺の正面に立ち


「じゃあ、間をとって。私はルイジの唇を頂くわ」


 おい。


「いやいやいや! うてめ様でもそれはやめなー!」

「エチチチ! それは流石にえちちちち! ライン越えです! 許しません!」


 空港の片隅で顔を押さえ合う姉弟と、間に入ろうとする二人の女の子を周りの人たちは不思議そうに眺めていた。


 人間我慢だって必要だ。だけど、こういうんじゃないと思う。

 その後なんとか交渉で、キスを止めてもらう代わりに、飛行機の中でずっと手を繋いでいた。


 一番我慢を覚えてほしいのは、実の姉なのかもしれない。


 長いフライト時間を終えてイギリスとの距離を、世界の広さを実感する。

 でも、いつでも会える。画面の向こうで。生きてる限り。

 だから、今、現実と戦うんだ。

 まずは……


「えーと、なんでみんなそんなぎらついた目で俺を見てるの」

「「「「「「お、か、え、り」」」」」」


 ワルハウスのこの状況と戦おうか、はは。

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