97てぇてぇ『海外だってぇ、悩み多き乙女はいるんだってぇ』

「おい、ヤミよ。配信ごっこしようぜ~」

「ルイジ……」


 俺は、クリスさんに連れられて、ヤミの家に来ていた。正確にはまだ玄関。

 クリスさんが今から帰るってことは、事前に伝えられていたが、俺の事は予想していなかったのか、自分のラフな格好に気づき、顔を真っ赤にして部屋に戻っていく。


「ちょっ! ばか兄貴! ルイジ連れてくるんなら先言えし! ちょっと、準備するから待ってて!」


 別に化粧とかしなくても十分かわいいと思うが、やっぱり気になるものなんだろう。俺はクリスさんに連れられて、クリスさんの部屋に通される。


「おおおぉおお……!」


 所狭しと日本のアニメやゲームの色んなものが飾られ、勿論、ワルプルギスメンバーのもあって、思わず笑みがこぼれる。

 ただ、奥にあるパソコン周りは驚くほどに何もない。


「ああ、あそこで曲作るんだ。音楽作る時は一回リセットするんだ。全部一回水面下に置いて、欲しいものを取り出して置きやすいように」


 クリスさんの感覚の話なんだろうけど、なんとなくは分かる気がする。

 ごちゃごちゃしてると頭の中も色んな情報が入り過ぎてこんがらがることはよくある。だから、俺は関わっているVにはどんなに部屋を汚しても配信スペースだけは綺麗にするように徹底させている。まあ、しなけりゃ片付ける。


「お、おまたせ……」


 息を切らしながらやってきたヤミは、家風ということなんだろうか、ラフだけど新品っぽくてかわいいダボダボパーカーを着て、化粧も薄くしている。


「別に、そのままでもかわいかったのに」

「うるさいなあ! やなの!」


 ヤミが顔を真っ赤にしながら怒っている。

 やはり家だと緊張感が薄まるのか、俺に対してもカフェの時みたいな仮面を被ってる感が少ない。まあ、そう思ってやってきたんだけど。


「で、なに? 兄貴が連れてきたの?」

「ああ。せっかくだし、妹の話ももっと聞きたくて……だけど、ごめん。ちょっと緊急の案件が入って、すぐに終わらせるからリビングで二人で話しててくれないか?」


 クリスさんがそう言うと、ヤミは、じっと俺を見て諦めたように溜息を吐き、リビングへと案内してくれる。ムスクっぽい匂いがヤミの通った後からふわりと香る。


 リビングもまた、オタクカップルの部屋って感じのアニメ、ゲーム、Vtuber関係の物が並べられた空間だった。


「すげえな……」

「ふふ、アタシと兄貴の理想のリビングよ。どうヤバいでしょ?」


 そう言ってヤミは一瞬微笑むが、すぐに俯き、キッチンの方へ向かう。


「珈琲でいい?」

「ああ、悪いな」


 俺はリビングにあるソファーに腰を下ろし、ヤミの背中を見つめる。

 此処に来るまでに、ヤミは前世というか、本体での配信活動も行っていた。


 それ自体は、事務所も影響でない範囲であれば許可しているので問題はないのだけど、俺から見れば明らかにおかしい様子だった。ハイテンションで良く笑い過剰なまでのリアクションを見せてくれる彼女。だけど、痛々しさがどこかあって。


「はい、珈琲、ブラックでいいの?」


 真っ黒なコーヒーが目の前に置かれる。

 そこには、珈琲の黒さのせいか、化粧のせいかより白く見えるヤミが真剣な顔をしていた。


「アタシ……クビ?」


 困ったように笑いながらヤミがそう言ってくる。


「なんでだよ。そんなわけないだろ。ただ……」

「分かってる。自分でも分かってるよ。ごはんも食べなさい、ちゃんと寝なさい、ゆっくり休みなさい。でもね、それより『見てください』が勝つの。アタシ、迷惑かけてないよね? だったら」

「今後も体調を崩さないとは思えない。明らかに異常なペースだ」

「でも! 無理だよ。見てくれないと死ぬの! いや、死ぬより怖いのよ! もう、ほとんどドラッグみたいになってるのも分かる……でもね、じゃあ、どうしたらいいかは分からない」


 ヤミの瞳は揺れていた。心の中で生まれてしまった歪みが彼女の感情の流れを彼女でコントロールできなくしてしまっている。

 俺が、そんな彼女に出来ることは、


「よーし、じゃあ、ヤミ。配信ごっこしようぜー」

「は?」


 俺の言葉にヤミは、一瞬目を見開き、そして、信じられないものを見るような目で見てくる。


「アタシの配信を止めに来たんじゃないの?」

「ごっこだよ、ごっこ。事務所相談役として、配信を指導することでうまくいくかもしれないだろ」

「そうは思えないけど。でも、うん……分かった。どしたらいい?」


 ヤミの揺れていた瞳がすっと落ち着きを取り戻す。だけど、それは諦めの色に見える。


「ゲームあるから、ゲーム配信風で行こうか。箱庭系で」

「おっけー」


 無気力な返事。だが、身体の習性かヤミは素早くゲームを準備し始める。


「とりあえず、裏で作ってた城を完成させてていい?」

「任せるよ」


 ヤミは、魔王城と言って、豪華で怪しい空気の城を建てていた。

 始めると言って数日で、おどろおどろしい外観が完成していて見ている人を驚かせていた。


 ザクザクという音を立てながら、ヤミは素材を集めていく。


「今、何してんの?」

「素材集めてるのよ。中に四人の魔王がいる設定だから、四色四大属性の部屋にしたいの」


 そう言いながら、ヤミは淡々と素材を集め始める。


「四人の魔王は喧嘩しないのか?」

「それはね、互いが互いの弱点を握ってるから『三すくみ』の状態になってるから下手に手が出せないのね。絶妙なパワーバランスの中で魔王たちは同じ城にいるのよ」


 ヤミは自分の中で作った設定を喜々として語ってくれる。


「ククク……ヤツは四天王最弱、はいないの?」

「それぞれの魔王の元に四天王がいて、四天王最弱は四人いる。それが最弱四天王と呼ばれていて、その最弱四天王最弱が、犬小屋に棲んでる」

「犬小屋かよ! 雑魚モンスターよりひどい環境じゃねえか!」

「ひひ」


 ヤミは喋り出すと止まらない。畳みかけるように絶妙な間と、豊富なボキャブラリーで聞かせてくる。


「こだわってんなあ」

「こだわるんですよ、アタシは」

「まあ、このリビングだってこだわりありそうだもんなあ」

「気付いた!? そして、センスいいでしょ?」

「完全なオタ部屋で、痛部屋だわ」

「んなことねーだろ! やめな、そんなこというの! ヤミちゃん、ヘラっちゃうぞ」

「どうぞ」

「はーい、もうヘラった~。ルイジの事無視してゲームしまーす」

「………………」

「無視しないで~! なんか喋って~!」

「この女めんどくさいんですけど!」

「はーい、もうヘラった~」

「めんどくせえ!」


 ヤミは話す方も返す方も出来る。多分、色んなパターンを想定して日々勉強しているんだろう。俺の今まで見てきたVtuberのうまいと思った返しなんかも入っていて、ちょっと嬉しくなったりした。


「で、どう? 最近」

「最近~」

「なんか、仕事先から上司っぽい冴えない男がやってきて、お前自身の承認欲求に殺されるぞとか言われてきたりしてない?」

「具体的すぎるだろwww まあ、言われたけどね、分かるんだよね~」


 ヤミの手はずっと城を作り続け、その眼は画面に向いたままだ。


「聞いたかもしれないけどアタシさ~、ひきこもってた時期があって、多分、両親がかまってくれなかったからなんだけど。心理学とかさ、病みがちな奴って好きじゃん? アタシってほんとそれで、分かってんだよね。両親に愛情向けてもらえなかったって思いこんでる残念なヤツが自分なんだって」


 ヤミは、黄色の床を敷き詰めながらそれでも話し続ける。


「愛情に飢えてるんだろうね。家族の愛情。恋人の愛情でさ、埋まるかと思ってたんだけどさ、全然で。なんだろ、やっぱ若いからさ。恋人になった人は性欲的なもんが強くて。でも、あーそうじゃないなってなっちゃうんだよね。あれ? これ、ライン越えてる?」

「今は配信外でアーカイブも残さないから自由にどうぞ」

「あは」


 黄色い部屋が出来たヤミは次の部屋へと向かう。


「性欲がさ悪いわけじゃないよ。それも愛だと思うしさ。でも、なんだ? サラダがいいのにステーキ出されてもみたいな。まず、サラダが欲しいってなってることに気付いちゃったんだよね」


 青い部屋の壁を真っ青に染めると、ヤミの目にも青い光がうつる。


「ファンのみんなはさ、好きだし、嬉しいよ。でも、だからかな、もっともっと見て、愛して、心配してってなっちゃんだよねえ……シュガーレスなのかな、飲んでも飲んでもメッチャ飲みたくなるの。甘いはずなのに」


 緑色の部屋の内装を整えながら、諦めたようにまた笑う。


「で、時に思うんだよね。あー、アタシってなんでこんだけ応援されて、愛情貰ってんのにこんな事考えるようなクソヤローなんだろって。ああ、死にたいなって」


 赤い部屋の足りなかった最後のブロックをはめ込んで、城は完成する。

 最強の魔王城が。

 それは彼女の最強の城で。


「ねえ、アタシ、死ねばいいかな?」


 そう笑う彼女に俺は……。


「うっるせぇえええええ! 死ぬとか言うな!」

「え、えええええええ!?」

「いいか! 今からは俺のお気持ち配信だ! 徹底的にお気持ちぶつけてやるからな! 覚悟しろよ!」


 俺は、全力でお気持ちすることにした。

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